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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
288/2685

愚か者の戦争、その15~戦いの間に~


***


 そして再びブロッサムガーデン。予想外の敵の出現に動揺の見られた反乱軍だったが、カラミティが去ったことで兵士達は落ち着きを取り戻し、ラスティを筆頭に既に部隊の再編は終えていた。むしろラインがカラミティを追い払ったことで反乱軍の士気は上がり、王城を守っていた軍隊は戦わずして意気消沈してしまった事も大きい。カラミティに操られていなかったとはいえ、なんと、ほとんどの兵士が自発的に投降したのである。元々彼らは士気も低かったので、いたしかたないと言えばその通りであったかもしれない。

 結果として、反乱軍はその被害を最小限にとどめることができた。レイファン達が思い描く理想に近い形となったのである。もちろん再編が早いのは、ラスティの手際の良さも忘れてはなるまい。ラインはまだ壊れていない庭園の噴水で水を飲んで顔を洗いながら、しばしの休憩を取っていた。彼としても非常に疲れる戦いであったのだ。頭を冷たい水に冷やすと、彼の中にしたたかな冷静さが戻ってくる。ラインは決して学問ができる人間ではないが、戦闘に置いてだけは非常に頭脳明晰である。彼は予定していた流れと実際に起きた事実を比較し、以後の予定を頭の中で組み直していた。

 そんな彼に、ラスティが歩み寄る。


「ライン、少しいいか」

「ああ、それはいいが。もう部隊は整えたのか?」

「直だ。後少しで再び進撃開始できるだろう」

「見事なもんだ。指揮能力は本当に高いよ、お前。戦場では会いたくないな」

「私もそうだ。お前がいると、こちらの作戦やら戦術やらが台無しになりそうだからな。だがそれよりも聞いておきたいことがある」

「んだよ、かしこまりやがって」


 ラインが自分の剣の血糊を拭きながら、いつもの軽い調子で答える。


「ライン、お前の剣の使い方を見たことがある」


 その瞬間、ラインの剣を整備する手がピタリと止まる。


「お前の剣の守備の型、あれは統一武術大会で見たことがある。当時、いや今もだが、大陸一だと言われている騎士剣の型だ。それにあの抜剣術は・・・」

「やめな」


 ラインがラスティに背を向けたまま、怒気を孕んだ声でラスティの発言を遮る。


「それ以上言うな」

「なぜだ? お前の剣は素晴らしかった。あの時私が見たあの国、アレクサンドリアのどの騎士の剣よりも、お前の剣は素晴らしい。アレクサンドリアの剣技に私は感動して、彼らに教えを乞いに行ったものだ。その時彼らが自慢気に話していたことがある。彼らは私とほとんど同じ年頃だったが、自分達の同世代に凄い奴がいると話していた。平民上がりだが、いずれは一つの軍団を任されるだろうと。その話を聞いて、私はずっと会ってみたいと思っていたのだ。その時彼らが口にした名前は確か・・・」

「やめろ!」


 ラインが今度は強い口調でラスティの言葉を遮った。そして続けて出た言葉は、あまりにも弱々しかった。


「俺はもう騎士じゃない。頼むからやめてくれ・・・」

「・・・済まなかった、私は多少興奮していたようだ。許せ」


 ラスティは自分の無遠慮な言葉がラインの心の隙間をついてしまった事に気が付き、素直に詫びた。だがラスティにも思うところはある。


「ライン、無礼ついでだ。一ついいだろうか?」

「・・・なんだ?」

「お前は確かに今は騎士ではなく、傭兵なのかもしれない。だが騎士であった過去までは捨てられない。何よりお前は騎士に未練がある」

「どこにだよ!?」

「剣を振るっている事自体がその証拠だ。本当に騎士であった事を捨てたいなら、剣も捨てるべきだ」


 ラスティはきっぱりと言いきった。その強い口調に、今度はラインが少し面喰う。


「んなっ・・・」

「だが私は、お前ほどの剣の腕前を野に埋もれさせる手はないと思う。だから・・・もしよかったらその力を、レイファン様のためにこれからも役立てる事を真剣に考えてはくれないだろうか?」

「へえ?」

「返事は気長に待つとする。頼んだぞ」


 それだけ言うとラスティは照れているのか、さっさと自分の仕事に戻って行った。後には面喰ったままのラインが残された。


「何だってんだよ、まったく・・・」

「いいではないか、それだけお前が評価されているということだ」

「どいつもこいつも見る目がねぇな。俺なんかのどこが良いってんだ」

「(そう思っているのは案外お前だけかもな・・・)」


 ラインの背中に収まっているダンススレイブは、その言葉をそっと胸に秘めた。口にすればきっと噴水に放り投げられると思ったからだ。そしてしばしの間をおいて再びラインは立ち上がり、戦列に戻るのだった。


***


「ほとんど抵抗がねぇな」

「ああ、主要な場所はこれであらかた押さえたが」


 ラインとラスティは、手分けして城内の拠点となりそうな場所を押さえていった。だが抵抗らしき抵抗もあまりなく、かなり速やかに進んだと言ってもよい。驚いたのは、投稿する兵士に中にはこちらに協力したいと申し出る者までいたのだった。それだけムスターが支配者でいることに我慢ならない者が多かったということでもある。


「なんだかな・・・ここまで敵の士気が低いとは予想していなかった」

「だが予定よりだいぶ早い。これなら夜になる前に、完全に城内を把握できるかもしれん」

「ならいいけどな」


 ラインが空を見上げたが、既に陽は傾きつつあった。早朝から戦い通しである。そろそろ兵士達も疲れて判断が鈍り始めるころだ。


「(もし伏兵がいるなら、俺ならこのタイミングで使うな・・・といっても、既に兵士を伏せるような場所もないか)」

「何を考えている、ライン?」

「いや、上手くいきすぎな気がする」

「それはそうだが・・・」


 ラスティがラインの言葉に一瞬難しい顔をしたが、すぐに彼はその不安を振り払ったようだ。


「ラインの言う事は尤もだが、それでも俺達は・・・」

「わかっている。進むしかないから、怖いんだ」


 ラインの言葉にラスティが再び難しい顔になるも、今度は伝令によって中断させられた。


「申し上げます! 城内の占拠、あらかた終わりました!」

「そうか、御苦労だった。後はどこが残っている?」

「はい、王族の住居となっている区画だけです。ですが、いまだ敵の指揮官も捕まっていません!」

「だがそれにしては抵抗が少ないが・・・まあいい。行くぞ、指揮官を捕えればこの戦いは終結だ!」


 興奮気味に伝える伝令の騎士を尻目に、ラスティはあくまで冷静に気を取り直して精鋭を引き連れ奥に進む。そして彼らはレイファンを護るように進軍するのだが、ラインは一抹の不安を拭えない。


「(くそっ、なんでこんなに嫌な予感がするんだ?)」


 進めば進むほど、ラインには嫌な予感が止まらない。それはレイファンが自分の父の死に面と向かうことになるからからとも思ったのだが、レイファンはラインが思うよりはるかに鋭い人物だった。


「少し、止まっていただけますか」


 レイファンは一行の進軍を止める。彼女の目には、王族のみが立ち入りを許された庭園が目に入っていた。じっと庭園を懐かしむかのように見続けるレイファン。その背後からそっとラスティが声をかける。


「レイファン様、いかがなされました?」

「・・・いえ、少し昔を懐かしんでいました。それよりも話があります。ラスティ、ライン。こちらに」

「いいのかよ、俺が入っても?」


 ラインがさすがに遠慮気味に問いかけたが、レイファンは彼の言葉を気にせず庭園の中に入って行った。後には少し戸惑うようにラインとラスティが続く。そうして三人は少し庭園を分け入って行く。庭園は背の高く、剪定された草花で覆われており、一見迷路のようでもあった。既に手入れをする者がいなくなって久しいのか、刈り込まれたはずの枝は伸び放題で、レイファンは歩くのに邪魔な枝を避けながら歩いていた。



続く


次回投稿は、8/16(火)20:00です。

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