愚か者の戦争、その14~戦争を操る道化~
「はいは~い。そこまで~」
間の抜けた声と共に、醜い老人が突然目の前に出現したのだった。突然の出現に驚くライン。だがそんなラインを無視して、老人ことアノーマリーは話を続けるのだった。
「やり過ぎだよ、姫」
「何よ、いいじゃない別に。私にもたまには遊ばせなさいって事よ」
「いつも遊んでるくせに何を言っているんだか。僕達が知らないとでも思ってる?」
「あらあら、何の事かしら?」
とぼけるカラミティを見て、少し目を細めるアノーマリー。
「いい加減にしなよ。僕達もそりゃあ楽しんでいるけどさ、それでも殺しは自分の仕事のためにのみ行っているよ? でも君は何さ。ボク達に提供する献体よりも、自分の趣味で殺している方がはるかに多いじゃないか」
「あら、これでも最近は我慢しているのよ? 一日十人までにしているわ」
「最低が、だろ?」
さしものアノーマリーが苛立つようにカラミティを睨みつけたが、カラミティは楽しそうに笑うのみだった。だが彼女もオーランゼブルに逆らう気はない。不満を覚えつつも、ここは撤退する事を示すようにため息をついた。
「まあしょうがないわね。いずれメインディッシュは迎えるわけだし」
「そういうことさ。ここは我慢だよ、いずれくる御馳走をよりおいしくいただくためにはね」
「そうね、そうしましょう」
「じゃあ大人しく引いてもらうよ? 代わりと言っては何だけど、転移で僕がエスコートしよう」
「あら? 優しいのね」
そうした会話が、ラインがすでにいないかのごとく進められていく。彼らにとって、ラインは真の脅威足りえないとでもいうかのように。そうしてカラミティがアノーマリーの手をとる直前、彼女はラインの方を向いた。
「結果的に楽しかったわ、坊や。きちんと顔は覚えたから、今度こそ殺してあ・げ・る」
「・・・7歩」
ラインはカラミティの言葉を無視し、カラミティもまたラインの言葉を聞く気はなかった。そしてカラミティがアノーマリーの手をつないで、転移が発動するまでのほんの一瞬。彼女は完全にラインから意識をはずした。それで十分だった。
次の瞬間、ラインの剣がカラミティの頭を縦に真っ二つにしていたのだった。
***
「は、はあっ!?」
一番驚いたのはアノーマリーだった。転移を終えた瞬間、完全に頭が真っ二つにされたカラミティに後ろからのしかかられ、そのまま押し倒されたのだから。
「お、重い。重いって!」
「失礼ねっ!」
カラミティの死体の下でもがくアノーマリーを、死体を蹴り飛ばすことで助けたのは赤く短い髪の、これまた非常に美しい女だった。
「はー、助かった」
「演技臭いわよ、アノーマリー」
「そう言わないでよ、カラミティ」
アノーマリーは先ほどの死体をどけながら、新たに出現した女をカラミティと呼んだ。女の方も違和感なくその会話に参加する。
「まったく、私ともあろう者が油断したわ」
「本当にね。それほどあの男は強かったのかい?」
「・・・強いわ。かなりね」
カラミティは素直に認めた。この態度にアノーマリーが目を丸くする。
「へぇ・・・嫌に素直だね」
「ええ、正直私も驚いたもの。いくら分身とはいえ、この私を倒すとは。多少この大陸の人間を舐めていたかしら?」
「まあそうかもね。意外とやる連中が多いかもしれない」
「もっとも人間と戦う時に一番気を付けるべきなのは、その意外性だわ。さっきの人間も能力だけとればさほどではないにしても、戦い方・力の見せ方が非常に上手い。それにまだ彼は奥の手を何か隠してそうだったしね」
「確かにねぇ」
アノーマリーは自分がサイレンスと共に、ラインを観察した時の事を思いだす。彼らは気配を遮断してラインを観察していたはずだったのだが、どうもアノーマリーはラインがこちらに気付いていた節があると感じていた。
「(あの傭兵が本当に厄介なのは、その実力よりも勘の良さ、思考の柔軟性、運の良さだ。それに色んな所に人脈もあるみたいだし、貴重な逸材ではあるものの、同時に危険じゃないかな。それなら泳がせておく危険性が利益を上回る前に、いっそ・・・)」
「何を考えているのかしら、アノーマリー?」
アノーマリーが少し考えに没頭する間、いつの間にか彼の喉元にはカラミティの鎌が突きつけられていた。その鎌をゆっくりと手でどけようとするアノーマリーだが、カラミティは思ったよりも力を込めて抵抗した。その様子に、アノーマリーもやや目を細める。
「何すんのさ。危ないでしょう?」
「『あの男が邪魔』。そう思ったでしょう?」
「可能性の一つとして検討しただけさ。殺すとは言っていない。まあかなり優先順位が上がった事は否定しないけど」
「・・・そんな事はさせないわ」
カラミティが怨念と殺意のこもった声で話すのを聞いて、アノーマリーは面倒そうに聞き返した。
「殺すなら自分でやりたいとか言うわけ?」
「その通りよ。しかも私に手を上げたんですもの。普通の殺し方では飽き足らないわ。アノーマリー、『フレスイータ』って虫を知っているかしら? こいつらは変わった虫でねぇ、死肉よりも生肉を好むの。だから獲物の治療をしながらその肉をついばむ癖があってね。しかもご丁寧に、獲物が麻痺するような毒を注入しながら! それで傑作なのは、しばらくしたらこいつらは獲物に卵を産みつけて・・・」
「あー、はいはい。聞きたくない、聞きたくない」
アノーマリーが耳に手を当てて、イヤイヤをして見せた。仕草に愛嬌がある分、彼がやると余計に気持悪く見える。
「僕は痛い話や、気持悪い話は苦手なのっ」
「そんな気持ち悪い外見しておいて、よく言うわ」
「それは言わないお約束」
アノーマリーがカラミティを指さして自信満々に否定したが、カラミティにもどう返せばよいやら返事に困ってしまった。その間に、今度はアノーマリーの舌がよく回転する。
「僕がやってほしいのはねぇ。例えばティタニアに『踏んでください』ってお願いするでしょ? すると彼女は『まあ基本私は暇ですが、あなたの性癖に突き合うほど暇でもありません』とか言って、すごく冷たい目で僕を見下すわけさ。ああ、もうそれを想像しただけで興奮しちゃう~!!」
アノーマリーが想像の世界に入り込み、自分で自分をかき抱いて地面を転げ回り始めたので、さしものカラミティも呆れてしまった。
「・・・疲れたわ、帰る」
「あれ、もう帰っちゃうの?」
「誰のせいだと?」
「ボクしーらない」
アノーマリーがわざとらしく口笛を吹いたので、カラミティはいらつきつつも、もはや反論する気力も無くしていた。そして最後に彼に念だけ押しておくことにした。
「一応伝えておくけど、あの男を殺す時には必ず教えなさい? 私が出向いて殺すわ」
「あれ、カラミティにそんな時間と余力があるの?」
「それはなんとでもなるわ。10年熟成型の個体を斬られたのだもの。それでも、それなりの代償を払わせないと気が済まないの」
「はいはい、了解。まあ不慮の事故が起きない限り連絡するよ。さすがにボクは彼に引けを取らないだろうしね」
「まったく、とんだ男ね貴方。普段は道化のくせして」
それだけ言い残すとカラミティは姿を消した。後にはアノーマリーが残る。
「ボクが道化なら、君はせいぜい砂地獄に巣くう甲虫かな。全く、表舞台に出てこずに淡々と自分の仕事をこなしていればいいものを。表に出るのに向いていないんだよ、性格的にさ」
アノーマリーが辛辣な言葉を投げるも、聞き手は誰もいない。いや、一人だけいた。一人というか、三人というか、一匹というか迷うところだが。
「ア、アノーマリー様。お言いつけどおりやりましただ」
「んだんだ、きっちり種類の違うのを三体放ちましたべ」
「わんっ!」
「うん、御苦労様」
アノーマリーの前に現れたのはケルベロス。彼らの元はポチなので四足歩行のはずなのだが、なぜか今は二足歩行をしていた。
「しかしやればできるもんだねぇ。元がポチの体なのにさ。その体で二足歩行なんて」
「へぇ、これも訓練のたまものですだ」
「努力したら報われるって、本当の事なんだべ。オラもう感動して感動して・・・」
「グルル・・・」
「あいでっ! こらポチ、オラの首を噛むなっての!」
ポチは感動にむせび泣くドグラが鬱陶しかったのか、その首にしこたま噛みついた。体の主導権はポチが優位なので、ドグラは中々抵抗もままならない。
「いでえ、いでえって! アノーマリー様助けて、首がちぎれるぅ!」
「うん、別にちぎれてもいいかな」
「そんなぁ~」
そうやってそっぽを向いたアノーマリーの背中では、間の抜けた声に似合わぬ血みどろの光景が繰り広げられていたのだが、アノーマリーはそれらを一切無視した。彼には慣れた光景だし、元々最初より興味が無かった。これくらいで死ぬようなケルベロスでもないからだ。
そんな彼は一人ブロッサムガーデンに仕掛けた、自分の視覚代わりの使い魔を使って城内の様子を見ている。
「まあカラミティはいなくなったけど、面白いのはこれからさ。やっぱり戦いってのは盛り上げないとねぇ。カラミティじゃできないような演出はボクがやらないと・・・おや?」
城内の様子を盗み見ていたアノーマリーが、意外な物を発見する。
「これは・・・予想外だ。どうりで東の戦線が思うように機能してないと思ったら、こういうことか。やってくれるね、ボクの予想を裏切るとは。だが、これはこれで面白い」
アノーマリーが楽しそうに微笑む。
「さて、この一手がどうなりますか・・・たまにはこういう楽しみ方もいいね」
アノーマリーが楽しそうに笑う傍で、瀕死のドグラとダグラが転げまわっているのだった。
続く
次回投稿は8/15(月)20:00です。