愚か者の戦争、その13~ラインの実力~
ラインと女の戦いは激烈を極めた。周囲で行われていた戦いは既に終息していたが、だれしもがこの戦いから目を離せずにいた。
女――カラミティが直接虫を使って操っていた兵士達は既に倒れており、彼女が操りきれなかった兵士が他の守備地域から集まって来ていたが、彼らもまたこの二人の戦いを見るや否や、戦う意識はどこかへと飛んでしまっていたのだった。それほど、この二人の戦いは戦場でも滅多にお目にかかれないほど素晴らしいものだった。
掌から何かを打ち出すカラミティに対し、ラインが挑んだのは接近戦。それも、カラミティが手に取った剣から手を離す暇もない程、手数の多い攻撃だった。どんな体勢からでも切れ目なく攻撃できるラインの体捌きに、カラミティも防戦一方である。それでも剣を使ってラインの斬撃を防御しているのは大したものだと言わなければならないだろう。
「調子に・・・乗るな!」
「くっ」
カラミティが強引に剣を切り返し、今度はラインが防戦に回る。気分を良くしたカラミティはここぞとばかりにたたみかけようとするが、幾度か打ち込む中、違和感に気がつく。
「(この男・・・?)」
「あれは・・・」
ラインが防戦をする様を見て、ラスティが真っ先に気がついた。ラインの防御姿勢の剣捌きに見覚えがあったのだ。
ラインは攻撃動作以上に、防御に無駄が少なかった。最小の動きで確実に相手の攻撃を捌く技術。これは一日中戦闘を続けることもあるラインが所属した騎士団特有の剣技であり、戦場での体力回復の方法でもあった。と、同時に攻め込ませて相手の体力を削る技術でもある。
ラインが剣を正眼に構え、剣を左右に小さく振るだけでカラミティの剣はたやすくラインの体から逸れて行った。実際にはそうたやすくもないのだが、周囲には少なくともそう見えたのだ。一見攻められているように見えるラインに全く剣がかすりもしないことに気がついたのは、もちろんカラミティ。彼女は攻めているのではなく、攻めさせられているだけなのである。
「(私がもて遊ばれるだと?)」
「・・・だ」
「何?」
「幕だっ!」
ラインの動きがまたしても瞬間的に速くなる。その身の動きを、カラミティは今度はしっかりと捕えていた。金属音と共に、二人が剣を挟んで対峙する。
「ちっ」
「・・・【我が従僕なる友にして、朋なる刃。刺し、穿ち、贄として我に敵を供えよ】」
「!」
カラミティが呟いた言葉が詠唱だと気がついたラインは、すばやく距離を取ろうと後ずさる。
「遅いわねぇ。《串刺す樹木》」
カラミティが使役する何本もの木の槍が地面からラインに迫る。だがラインは全く焦ることなくそれらを見て、避けた。
「何っ!?」
今度はカラミティが本気で驚いた。魔術を魔術で防御したり、あるいは詠唱そのものを阻害する事はあっても、魔術を見て避けるなど、普通の人間には不可能である。常識ならば。
周囲に人間だけでなくカラミティすら驚いた表情をしたが、すぐに彼女は気を取り直した。そして優雅に髪をかき上げると、ラインに話しかける。
「素直に驚いたわ、貴方には。どうやら貴方には、余程魔法剣士との戦いの経験値があるようね?」
「ああ、昔血反吐を吐くほど鍛えられたからな。何度死ぬと思ったかわかりゃしねぇ」
ラインが少し自分の駆けだしのころを思い出して身震いする。確かにこれが鍛錬か、と思うほど厳しい修行をした時期が彼にはあった。させられたと言った方が正しいかもしれない。あの時の上官であった者を思い出すと、今でも寒気がする。確かに学ぶ事が多かったが、二度とやりたくないとも彼は思う。
そんな彼の心も知らず、カラミティが続ける。
「ふふふ、でもこれはどうかしら?」
「何しても一緒さ、さっきのでだいたいわかった」
「?」
「お前、かつての俺の上官よりも弱いよ」
「・・・とことんイラつく男だわ、お前。その言葉はこれを味わってからにするのね!」
カラミティが詠唱を始める。
【大地に封じられし命の源流よ、その枷を外して】
「させるかよっ!」
詠唱に割り込むようにラインがカラミティに斬りかかる。カラミティの詠唱を長いとみたのか、ラインの判断は早かった。詠唱を中断させる気でいたのだ。だが。
【自由なる手にて形作り、また壊し、うちひしぎて】
「くうっ!」
ラインの剣戟を、不敵な笑みをこぼしながら捌くカラミティ。そして詠唱が止まらないことに焦るライン。カラミティはラインの斬撃を避けながらも、詠唱が一向に乱れない。
またラインもカラミティが攻めきれなかった。ラインは見た目や言動に反し、攻撃よりも守備に優れた剣技の使い手である。カラミティが全力で防御に回れば、おいそれと攻め切れるものではないことを互いに悟ったのだ。だからこそ、カラミティは魔術戦を仕掛けた。
【我が敵を粉砕する幾条もの楔とならん】
《大樹海の破城槌》
「げっ、やべえっ!」
少し二人が離れた瞬間を狙い、放たれたカラミティの魔術。地面から隆起する大樹ともいうほどの太い木が、ラインの立っていた地面を抉り、さらには庭園の建造物を無造作に破壊して突き進む。そしてやっとのことで、城の内壁の一部を破壊して破城槌は止まったのだった。後にはちょっとした森が出現したかのように大樹が横たわっている。
この魔術は、本来ならば魔術士が数十人がかりで唱える規模の魔術である。詠唱名のごとく攻城戦で用いられることが多く、間違えても単体を相手にする時の魔術ではない。準備もそれなり以上に必要だし、その分見破られやすいのだ。カラミティがいかに得意とする土系統の魔術とはいえ、ここが土に親和性のある土地でなければ。あるいは余程ラインに腹を立てていなければ使わなかったであろう。
さしものカラミティも、少し肩で息をしながら自分の唱えた魔術の結果を確認する。
「さて・・・どのくらい潰れたかしら? 原形を探すのも大変かもね、ホホホホホ」
カラミティが得意げに笑いながら、自分の魔術で出現した大樹の横を歩き始めたその時である。カラミティの死角である、左後ろ頭上から迫る一つの影。その速度に、カラミティの反応が一瞬遅れた。
「何!?」
「遅え!」
カラミティが咄嗟に剣で防ごうとしたが、ラインが体重を乗せた剣は剣ごとカラミティの両腕を切断した。落ちるカラミティの両腕を挟んで、カラミティとラインの視線が交錯する。
「(はずしたかっ! 頭を叩き割るつもりだったのに・・・だが!)」
「フ、フフフ・・・」
ラインはとどめを刺すべく刃を起こしたのだが、カラミティの無気味な笑いにまたしてもその場を飛びずさった。その反応を見て、さらに笑うカラミティ。
「素敵。貴方本当に素敵だわ」
「・・・何者だ、お前。なぜ血がほとんど出ない?」
ラインは落ちたカラミティの両腕を冷静に見ていた。ラインが飛びずさったのはカラミティを恐れてのことではない。カラミティを切った時に、その手ごたえに違和感があったことが一番理由としては大きい。その理由とは?
「(生きてる人間を切った時の感覚じゃねえな・・・強いて言うなら、そう。グールなんかの死体を切った時の感覚に近い)」
ラインは先ほどの感触を確かめる。もし女が死体なら、首を刎ねても死ぬかどうかは怪しいのだ。ラインは勝てない戦いはしない主義だ。それに今回はこんな余計な相手に手間取る時間と体力が惜しい。ラインが逃げるかこのまま戦い続けるかの選択肢に迷ううち、先にカラミティが口火を切る。
「やっぱり苦手な獲物は使うものじゃないわねぇ」
「・・・何?」
「剣って苦手なのよ、私。やっぱり使うならこっちね」
カラミティのなくなった肘から先に、新たな手が生えてくる。否。それは手ではなく。それは、
「・・・何だそりゃ」
「あら、鎌よ。いけないかしら??」
「いけないっていうか、いけてねぇ」
「失礼しちゃうわ。どんな名刀でもすっぱり斬れるのよ、これ?」
カラミティの両手には鎌が生えていた。だがそれは普通の金属製の鎌ではなく、まるで甲虫の手にある鎌のようであった。
その無骨な鎌を舌なめずりしながら、愛しそうに頬ずりする様を見て。
「・・・ダンススレイブ、準備はいいか?」
「ここでやるのか?」
「ああ、こいつはここで斬った方がいい。こいつは害虫の類いだ、間違いなくな」
「何をぼそぼそと呟いているのかしら? 遺言は唱え終わったの?」
その言葉を最後に、カラミティがゆっくりとラインに歩み寄る。周囲の兵士達は目の前の状況に理解が追いつかず、その様子をただ眺めるのみだった。
その中で一人ラインだけが、カラミティに備えている。それはラインが今までくぐって来た修羅場の数を示していた。彼が兵士として訓練を積んだ辺境では、この程度で動揺していては勤まらないのだ。まして彼は一部隊を率いる立場にあった。彼が戦歴をすべてさらけ出してギルドに登録すれば、大陸に現存する傭兵の世界でも指折りの戦士なのは間違いない。
ラインがダンススレイブを手に取ろうとした、その時である。
続く
次回投稿は、8/14(日)18:00です。