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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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愚か者の戦争、その12~惨劇をもたらす美女~


***


「武器庫を押さえろ!」

「こちらは占拠した!」

「南からさらに100名ほどが接近!」

「二個中隊を回せ!」


 城内は戦いの喧騒に包まれていた。だがそれは本来のものとは程遠い。

 戦いはほぼ一方的だった。レイファン達の軍勢も最初こそ意気込んだものの、敵の手ごたえがあまりにも無い事を悟ると、今度は徐々にその気勢もそがれていった。


「こりゃどうなってんだ?」


 ヴリルの疑問も尤もである。敵にはやる気、いや精気が感じられなかったのだ。


「まるで死体の軍団とでも戦っているみてぇだな」

「・・・だな」


 だが相槌を打ったラインは、別の事を考えていた。それに嫌な予感がぬぐえない。


「(何か、いる。ここにはとんでもない奴が)」


 ラインの本能が警告を告げていた。数多の戦場をくぐった彼の直感が、ここにはとんでもない敵がいる事を教えてくる。


「(以前アルフィリースと出会った遺跡の化け物より・・・もっとやばい。いったいどんな奴が?)」

「ライン、アレを見ろ」


 傍にいたヴリルが指さしたのは、戦場の中を悠然と歩いてくるドレスの女性。決して華美ではないが、それなり以上の身分を示す女の装飾。そしてなにより、女は美しかった。

 そんな女が無防備で戦場を歩いてくる様を、周囲の兵士達まで呆気にとられて見つめてしまった。その女が、近くにいた兵士の前でドレスの裾をつまんで丁寧にお辞儀をする。


「こんにちは」

「・・・婦人、ここは戦場だ。下がるがよろしかろう」


 兵士は真面目な男なのだろう。少し女に見惚れつつも、戦場でありながら丁寧に対応した。そんな男にしなだれかかる女。


「あら、素敵なひと。こんなに丁寧に対応されると・・・」

「こ、こら! 何をする?」

「私、困りますの。だって、あまりに素敵すぎて」


 女が指でつつ、と男の胸をなぞる。


「殺しちゃいたくなるから」


 その瞬間、男の胸には大きな穴が開いていた。その瞬間、ラインは反射的に頭をかがめていた。すると、ラインの後ろで兵士の頭が吹き飛んだのだ。兵士の胸を抉って飛んで来た物体が、後ろの兵士の頭を吹き飛ばしたのである。ラインだからこそかわせたのだが、結果として、それがまずかった。


「あら? あらあら。私の攻撃を見切れる人がいるのかしら?」


 なぜならば、ラインは女に興味を持たれてしまったから。


「素敵だわ。普通の人間は、自分が何をされたかもわからずにその生を終えるのに。どうやら格の違う剣士の様ね、貴方」


 女が楽しそうに笑う。


「いけないわ、久しぶりの戦いすぎて楽しくなってきちゃった。もう少し楽しんでもいいかしら、私」

「ライン、来るぞ!」

「!?」


 傍にいたヴリルの声を聞くまでもなく、ラインの全身が警鐘を鳴らしていた。この城に来てからの緊張感の原因はこいつだ、この女だと。

 そしてその事に気がついた瞬間には、女の顔が目の前にあった。


「さあ、私を愉しませて。坊や」


 女の掌がラインに向けられる。だがラインもさるもの。女の掌から打ち出された何かを、剣で横に弾き飛ばしたのだ。弾かれた何かは勢い余って庭園のアーチを壊して飛んでいった。その様子を見て女が実に楽しそうに微笑んだ。


「すごい、すごいわ! かわせる距離じゃないし、受けても剣ごとえぐるはずなのに! どちらも無理と悟るや、あの速度を横から薙いで弾くなんて! ここ100年辺りではピカイチの剣士よ、貴方!」

「そいつはどう、もっ!」


 ラインが横払いをしたが既に女は飛びのいていた。だが、すぐさまヴリルが追撃に入る。


「逃がすか!」

「あらあら、女は捕まえようとすると逃げるのよ?」

「やめろ、ヴリル!」


 ラインは嫌な予感を感じて、ヴリルを止めた。だが自分の腕に覚えのあるヴリルは、ラインと同じように女の懐に飛び込もうとする。差し出された女の腕が、先ほどと逆な事にも気が付かないで。


「『直線にしか飛ばないならかわせる』。そう思ったでしょう?」

「?」


 ヴリルが恐怖を抱いた時にはもう全てが遅かった。ヴリルが最後に聞いたのは、ラインが何かを叫ぶ言葉。そして地べたに転げた彼の眼が見たのは、一瞬で穴だらけにされた自分の体だった。

 ヴリルの体が一瞬で穴だらけにされた瞬間、ラインは弾けるように前に出た。知己の死を見て激昂したからではない。長期戦になればなるほど不利だと悟ったからである。

 はたして、ラインの勘は当たっていた。女はヴリルを手強しと見て、多少の隙が出来るのを覚悟で一瞬で葬ったのだ。その隙をラインが突く形になる。手加減なしのラインの疾風の様な剣撃が女を追い詰めるが、女は体勢を崩しながらもひらひらとかわし続け、どうしても決め手がない。こうなると、先に息を切らせた方が負けになる。


「(根競べだ!)」

「『根競べ』。そう思ったでしょう?」

「!?」


 その言葉の直後、女が何かを呟くと地面から槍と化した木の枝がラインに迫る。不可避のタイミングと思われ、周囲も女も串刺しになったラインの姿を想像した瞬間、彼をその場の全員が一瞬見失ったのだ。


「はっ!?」

「甘い!」


 一瞬で懐に飛び込んだラインが切り上げる剣を、ありえない反応速度で躱す女。だがそれでも完全にかわしきれるものではなく、女の腹は下から斜めに切り上げられた。女の白い肌に鮮血が飛び散る。そして女は優雅なドレス姿には似つかわしくないほどの速度と、あたかもベルベトエイプの様な身のこなしで飛びずさった。

 その一瞬の攻防に思わず周囲からは歓声が漏れ、女は初めて余裕のない真剣な表情でラインを見た。


「なるほど、本物の強者ね。さっきまでは速度を制限していたとは」

「そういうことだ」


 対して余裕があるように答えたラインだが、腹の中は先ほどの一撃で首を刎ねることができなかった事を後悔していた。この強敵相手に、二度同じやり方は通用すまい。

 そして女が意味深に微笑む。


「確かに100年ぶりの獲物ね、あるいはもっとかしら? もちろん、『人間にしては』の話だけど」

「何を訳のわからんことを」

「ふふ、感慨深くもなるわよ。だって、多少つまみ食いしたら消えるつもりだったのに、私に火が付いてしまったのだから」


 女が足元の死体となった兵士が持っていた剣を、蹴りあげる。剣は宙で何回転かすると、女の差し出された手にぴたりと収まった。


「実に惜しい、惜しいわぁ。これほどの剣士を殺してしまうのは。でもどう料理しようかしら? 手から? 足から? それともアソコからイっちゃう?」

「その汚い口を閉じろ、クソアマ」

「あらあら、自分は傭兵のくせして。口の汚さは同じくらいでしょ?」

「そうじゃねぇ。口を閉じるのは別の理由だ」

「?」


 女が意表を突かれたとばかりに首をひねる。


「あら? それはどういう・・・」

「さっき近づいて分かったんだが、口が臭ぇんだよ、お前。胸糞悪くて吐きそうだ」


 ラインがとびきりの悪態と共に地面に唾を吐いたので、周囲の空気も凍りついた。この状況で、ラインはなおかつ相手を挑発したのだ。女の顔から、すっと引き潮の様に笑いが消える。


「・・・決めたわ。お前は生きたまま虫に喰わせてやる」

「はんっ、その程度がお前の最悪の発想か? だとしたら貧相な思考だな、そんな事で俺がビビると思ってんのか!」

「生きたままゆっくりと虫に喰われてみるといいわ。どんな屈強な生物でも悲鳴を上げて、糞尿を垂れ流しながら許しを乞うから」


 女が今度は不吉な笑いで口の端を釣り上げる。その不吉さにラインはまたしても背筋に冷たいものを感じながらも、剣を女に向けるのだった



続く


次回投稿は、8/13(土)18:00です。

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