愚か者の戦争、その11~開戦~
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「大したもんだな、あの嬢ちゃん」
「そうだな」
ラインとヴリルが話している。既に彼らは王城に向けて、早朝の霧がやや立ちこめるセイムリッドの街並みを進軍していた。早朝であるからもちろん人通りが少ないのは当たり前なのだが、それにしても町には人っ子一人いなかった。それはもちろん、町の人間達は今日が戦いの日だと知っているからである。
それだけ多くの者が知る事実となっても、彼らを遮る者達がいないのはなぜか。それだけムスターから人心が離れているせいもあるが、予めそうなるように情報操作をラインが行っておいたのだ。民衆を敵に回して、決して反乱は成功しない。ラインはそういった事をよく知っている。こういった根回しにはさすがのラスティも気が回らないとラインは判断したのである。元より貴族にはそう言った発想自体が難しい。最悪反乱が失敗した時の逃走経路も確保してあるのだ。
その中を、具足の音を鳴らしながら静かに進軍するレイファン達。レイファンだけは馬に乗り、その手綱は騎士の一人が握っている。ラインとヴリルをはじめとする傭兵達は、騎士達の後に続くように進軍する。
「あれは良い統治者になりそうだなぁ」
「そうだな」
「ああいうのに仕えたかったよ、俺も」
「今からでも遅くはないだろう、ヴリル」
「よせよ。もう気ままな傭兵暮らしが染みついちまって、今さら宮仕えなんぞ無理さ」
ヴリルが冗談交じりに、だが少し残念そうに言った。そしてラインを彼にしては真面目な目で見る。
「でもよぉ、お前はどうなんだ?」
「何が」
「誤魔化すなよ。ずっと一緒にあの公女様といたんだろ? 粉くらいかけてねぇのか」
ヴリルの言葉に、ラインが彼を睨みつける。
「下衆の勘ぐりだな」
「そう言うなって。真面目な話、こいつはお前にとってチャンスだろう? ほんの100年ほど前までは、一介の傭兵から国を興すような話もありえた。だが大きな戦いも終わり、各領地はほとんどが色々な国の切り取るところとなり、そんな事は無理な世の中になっちまった。住みやすい世の中にはなったが、出世の機会は減ったよなぁ。
だがこいつは本物のチャンスだ。あの公女様はまだ幼く、人材も周りには少ない。公女さえ嫌がらなければ、傭兵でも彼女の側近に上り詰めることができるだろう。うまくすれば王になんて話も・・・」
「やめろ」
ラインの目に怒りの色が浮かんだので、おもわずヴリルも口を止めたが、今度は真面目な話をした。
「貴族なんていいもんじゃねぇ。俺はそんなものに興味が無い」
「だがよ。本当に真面目な話、お前は傭兵に向かないよ、ライン」
「んだと?」
「いかにぶっきらぼうに振舞っても、お前は正義感が強すぎる。俺達傭兵は、自分のためなら家族や恋人も捨てるような判断ができる奴じゃなきゃ勤まらん。だから俺は、お前に出世の下心があると思ってここに来た。だが、お前はまるで興味が無いと言う。それはそれで大問題だぞ? お前が騎士ならいい。だが傭兵としては致命的だ。その考えは、いつかお前の命を縮める」
「・・・忠告だけありがたくもらっておくよ」
ラインはそれきりヴリルと話さなかった。ヴリルにしてみたら彼なりの親切だったのだが、ラインが聞きいれるつもりがないとわかると、彼もまた何も言わなかった。
そうして多少のやりとりをはらみつつも進軍は続いたのだが、やがて彼らの人数が徐々に増えていく。それはラスティやラインが集めた人員が、各々別の場所に集合していたせいであり、一か所に人数を固めるほどの場所も少なければ、集めたことで一網打尽にされるのを防ぐためだった。
各所では伝令が行き交い、次々と部隊が合流していた。そして、ブロッサム・ガーデン東門に到着するころには、その人数は傭兵を含めて600人近くになっていたのだ。
その先頭にはラスティがいる。
「ラスティ様、集合完了しました」
「手筈通りだ。笛矢を射かけろ」
「はっ!」
兵士の一人が音の出る矢を空に向けて射かける。高い音の出る矢は、門を開けろという合図である。その様子を見守るラスティの傍に、ラインが歩み寄る。
「ここまでは順調だな」
「ああ、だが大切なのはこれからだろう」
「ここかららどうする?」
「打ち合わせ通りにいこう。10人を一組とし、その中にヘカトンケイル対策を考慮して魔術士を一人配置。魔術士のいない組はヘカトンケイルの相手をしないこと」
「そんなに上手くいけばいいけどな」
「だが現状ではそれしかあるまい」
そんな話をする中、門の動きは何も無かった。声一つ上がらない。
「妙だな」
「ああ。反乱が成功するにしろ失敗するにしろ、静か過ぎる」
「・・・ちなみにここを強行突破する事になると、王城の中にはどのくらいの兵士がいるんだ?」
「以前は常駐の兵士が2000だったが・・・・・・町の警備を合わせれば5000の兵士が常にセイムリッドにはいる。周辺の砦を合わせればさらにいるがな」
「2000でもきついな」
だがラインがそう言った瞬間、ギギギと重苦しい音を立てて東門が開いたのだった。だがそこからは・・・
「おいおい、どういうことだよ。予定と違うぞ?」
「私が知るか。問題なのはどうするかだ」
「どうするかって、やるしかねぇだろう」
東門から出てきたのは、クルムス王城に仕えている兵士達だった。もちろん完全武装であり。明らかな敵対の意志を示している。
だがその動きはおかしく、隊列を組むわけでもなくのろのろとこちらに歩いてくるだけだった。
「・・・これはどうなっている、ライン?」
「俺に聞くな。だがやるだろう?」
「もちろんだ。総員、戦闘準備!」
ラスティの一声に、ざわめいていた者達も一斉に戦闘準備を整える。
「弓隊、前へ!」
その一声で弓を装備した兵士達が一斉に前に出る。矢を限界まで引き絞り、やや空に向けて構える。
「撃て!」
同時に100本近い矢が空に放物線を描いた。矢はかつて味方であった者達の体を次々と射抜く。そして何人かが倒れた。
だが兵士達は全身を止めない。歓声を上げるわけでも、悲鳴を上げるわけでもない。その様子に不気味さを覚えるライン達。そして兵士の不安を拭うように、ラスティが声を張り上げる。
「第二射、撃て!」
再び矢が降り注ぐ。だがクルムスの兵士達は足を止める気配が無い。その様子を見て弓矢は効果が薄いと判断したか、ラスティが次の指令を出す。
「よし、突っ込むぞ!」
「しょうがないな!」
その一声でレイファンと命を共にする者達は、ブロッサム・ガーデンに向けて突っ込んで行った。その様子を高台から見守る者が一人。
「あらあら、思ったより多いわね~」
その声の主はカラミティであった。彼女は高台のへりに腰掛け、下で行われる戦いの様子を見ていた。戦いは圧倒的にレイファン達に優勢である。
「まっ、しょうがないわね。馴染ませる時間がなかったし、さしもの私もこれだけ大勢となるとねぇ。せいぜい低級なグールみたいな動きが精一杯かしら? まあいいんだけどね、それはどうでも。そ・れ・よ・り・も」
カラミティは楽しそうに足を中にふらふらとさせる。もちろん足元には何も無く、落ちれば即死の高さだ。
「戦いの喧騒も久しぶりね。楽しいわぁ・・・私も少しばかりつまみ食いしちゃおうかしら? でもお師匠様の言い付けに背くかしら? ・・・まあ、ちょっとくらいならいいわよね?」
カラミティはそうして一人舌舐めずりをすると、その身を躊躇い無く宙に踊らせるのだった。
続く
次回投稿は、8/12(金)18:00です。