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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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愚か者の戦争、その10~出陣前~


「作戦を確認する」


 ラスティが城の見取り図を卓の上に広げ、全員がそれを見下ろす。


「私達は東側の門から城内に侵入する」

「どうやって? この城は確かに戦争向きじゃないが、だからといってたかが500人で攻め落とせるほど甘くもないだろ?」

「古来より城攻めには防衛の5倍の人数が必要とかいうよな」


 傭兵達が口々に叫ぶのをラスティが制する。


「そのあたりは心配いらない。既に東門の守備隊の隊長格と話しを付けてある。だから合図一つで中の連中が呼応して、門が開くように手伝ってくれる」

「そんなに上手くいくかね」


 傭兵の一人が呟くのを、ラスティはあえて無視した。さらにラスティは続ける。


「私の信頼できる部下も何人か潜り込んでいる。それは心配いらない。それに王城でも厭戦気分は高まっている。ムスターのために我々と戦おうとする者など、ほとんどいないさ」

「そこは上手くいくとして、次は? 誰がムスター不在の王城を守る指揮官なんだ?」

「オードン候爵のはずなんだが、彼は元々戦争向きの性格でない。彼を倒す必要はないし、縛りあげれば終わるだろう」

「そいつが指揮官じゃないかもしれんがな」

「どういうことだ?」


 ラインの発言に今度は騎士達の方から声があがる。


「いや、言い方が悪いか。指揮官はそのオードンとかいう奴でも、ヘカトンケイルがそいつの言う事を聞くかどうかは別問題だと思ってな」

「根拠は?」

「奴らの戦い方だ」


 ラインは冷静に発言する。


「人を人とも思わん戦い方、間違いなくまともじゃない。そんな奴らが指揮官の言うことに素直に従うかって問題さ」

「馬鹿な。では何のために戦っている? 傭兵は報酬のために戦うものだろう?」

「普通はな・・・」


 ラインはそれ以上の言葉を発しなかった。ヘカトンケイルが人間ではないとは誰にも伝えていないのだ。伝えてどうなるものでもないし、やることに変わりはない。下手な事を伝えて、皆が及び腰になるのだけは避けたかったのだ。

 またラインも、先ほどの騎士の言葉はずっと考えているのだ。


「(何のために、か・・・それはずっと思っているんだがな)」

「どうした?」

「いや、なんでもない。続けてくれ」


 ラインはかぶりを振って話しを促した。それを見てラスティが次々と押さえるべき要所を説明していく。武器庫、食料庫、宝物庫、兵士の詰め所。ラインはそれらを耳では聞きつつも、頭ではずっと先ほどの疑問を考えていた。既に作戦はラスティと何度も練ったので、全て頭の中に入っているのである。

 それにしてもラインはラスティの説明に感心していた。話がわかりやすいし、ここまで人をまとめる能力にしても中々素晴らしい。彼は武人としてはそこそこ程度だとラインは思っているが、文官としてはこれから力を発揮する種類の人間だとラインは思い始めていた。現に傭兵達もいつの間にかラスティの話を真剣に聞いている。これは自分には無い才能だとラインは素直に認めていた。ラスティがこういう人物でなければ、今回もここまで上手く段取りはできなかったであろう。


「以上だ。何か質問はあるだろうか?」


 ラスティの言葉に、誰も意義を唱えなかった。それを見て、ラスティはレイファンを促す。


「公女、出陣前にお言葉を賜りとうございます」

「わかりました」


 レイファンが促されて全員から見える位置に立つ。彼女はゆっくりと全員を見回すと、声を発する。もはや先ほどラインの前でべそをかいた少女はどこにもない。


「ここに集まった皆さんに、まずはお礼の言葉を」


 レイファンの言葉は高らかに澄み渡る。


「私はレイファン=クルムス=ランカスター。ご存知の通り、このクルムス公国の第一公女です。今回は私の戦いに力を貸して下さってありがとうございます。ですが、今回の戦いは正直な所私が望むところのものではありません」


 レイファンが放つ言葉に、一同が少しざわつく。それをレイファンはまるで慣れているかのように片手で制した。


「静粛に、まだ話は終わっていません。今回の戦いの最終的な標的は我が兄、ムスターです。彼は残された唯一の肉親であり、いかほど愚鈍といえど私がこれからやろうとしていることは兄を討ち、実権を奪回することです。そこにいかほどの正義があるとは私には判じかねます。

 ですが私はやらなければならない。ムスターに任せておけば、確実にこの国は滅ぶでしょう。彼は父王を無視し無謀な戦争を繰り返し、いたずらに国を疲弊させる。いかに我が兄といえど、このような暴挙を見過ごせません。私は国と、そこに住む民のために今回の戦いを決断しました」

「おい、ライン。レイファンに父王の死は・・・」

「ああ、伝えてない」


 ひそひそ声で話しかけるダンススレイブに、ラインがやはり小さな声で答える。


「なぜだ?」

「お前は言えるのか? 何事にも心の準備は必要だ。レイファンには病気が重く、もはや王としての任務は勤まらないだろうと告げてある。だからレイファンはもう自分が指導者になる覚悟はできているが、まだ肉親の死を受け入れる覚悟はできていない。この二つが同時に振りかかれば、あの子はきっと潰れるだろう。なら、まず一つ決断させるのが情ってもんじゃないか?」

「・・・たまにはその心遣いを我にも向けて欲しいがな」

「はっ、冗談抜かせ」


 そんなやりとりを二人が誰にも聞こえぬようにかわすうち、どこからともなく叫ぶ者がいる。


「お話の最中悪いが公女様。あんたの発言、矛盾しているぜ」


 傭兵の一人がレイファンの話を遮った。皆がそちらを一斉に向く。だが今度は別の傭兵が話す。


「そうだな、確かに矛盾している」

「どのような点が、でしょうか?」

「民のためにと言いながら、あんた方が戦争で手足として使う兵士はほとんどが民衆だ。戦争をすれば多くの兵士が死ぬ。それはどうする?」

「ほかにもあるな。確かに今回の事態を放っておけば、明らかに戦争をするより多くの人間が苦しむ事は俺達でもわかる。だけどな、もし人数勘定だけで今回の戦いを起こそうってんのなら、いかにラインの頼みといえど俺達は降りるぜ?」

「おい、お前ら?」


 ラインが思わず傭兵達に喰ってかかろうとするのを、またしてもレイファンが制した。


「よいのです、ライン」

「だけどよ」

「兄は、私がこの手で首を討ちます」


 レイファンのその言葉に、ラインを含めたその場の全員が息を飲んだ。


「公女、それは!」

「構いません。この戦いを決意した時より、そのつもりでしたから」


 レイファンは威厳に満ちた声ではっきりと言い放った。その姿には、一見迷いは見受けられなかった。


「私に戦う力はありません。ですが、皆さんだけの手を汚させるつもりもありません。だから私は自分の手で兄を討ちます。皆さんが手にかける者達の命の責も私が負いましょう。それが王族たる者の務め。

 そして私が皆さんに頼めることは一つだけ。皆さん、生きて帰ってきてください。それだけが、戦う力を直接持たぬ私ができる願いです」


 そう言い終えると、レイファンは全員を再び見回した。もはや、誰もレイファンに喰ってかかる者はいなかった。それどころか、彼女を見る目に尊敬の眼差しを向ける者すらいる。騎士達の中には、自然と平伏する者までいたのだった。

 その事を確認すると、レイファンは最後の声を発する。


「では参りましょう。いざ、戦いへ!」



続く


次回投稿は8/11(木)18:00です。

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