愚か者の戦争、その9~待ち受ける脅威~
「まず騎士としての意見です。私達は仕える主君を選べない。平民から仕官して騎士となる者もいますが、血の盟約による貴族出身の騎士が圧倒的に多いのが現実。彼らは生まれながらにして、自分の主君となるべき者に命を捧げることが義務付けられる」
「・・・」
「彼らにとって最悪なのは、自分の仕えるべき者がどれほど暗愚だとしても、そのために命を捧げなければならない事。だからこそムスターのごとき、いえ、あえてそう呼ばせていただきますが。あれほどの愚物にあれだけの兵士が付き従う。ですが、我々は木石ではない。一人一人に意志があり、思いがあり、心がある。我々はいつも自分が仕えるに値する主君を求めている。
その中で。自分達一人一人の運命に思いを馳せてくれる主君のために命を捧げる事。これは何にもまさる騎士の名誉の一つ。その事をお忘れなきよう、公女。貴女の様な者のためにこそ、騎士は剣の捧げ甲斐がある」
その言葉でレイファンは泣きやんでいた。さらにラインは続ける。
「そしてこれは傭兵としての言葉。俺達は日和見主義者で、金が入ればどんな仕事でも請け負うものはいる。だが人間であることに変わりはない。同じ命を賭けるなら、意義ある物のために賭けたい。それはどんな傭兵でも同じだと思う。そして最後に」
ラインは一息にまくしたてる。
「いいか、一回しか言わねぇ。俺は女を見捨てる事は決してない。それだけは俺の自慢だ。だからお前の事も守ってやる。俺の命にかけてもな」
その言葉にレイファンは顔を赤くすると、反射的にラインに背を向けた。それは今の自分の心境を悟られたくなかったからであるが、それにしてもラインの言葉に、こんな時で在りながらレイファンは思わず顔が綻ぶのを止められなかった。自分の好きな男が、自分のために命を捧げると言ってくれた。それが男女の誓いでなくとも、レイファンにとってこれほど嬉しい事はなかった。さきほどまで心中にうずまく不安が嘘のように、レイファンの心は光に満たされていた。
そして気を取り直したレイファンが顔を上げた時には、その表情には微塵も不安はなく、再び威厳に満ちた公女としての彼女がそこにいた。
「わかりました、ラインよ。私にいかほどの事ができるかはわかりませんが、せめて貴方のその心意気に報いる事ができる者であるように努めましょう」
「それで十分です、公女」
ラインもまたレイファンに応えるように居住いを正した。そうして二人は皆の待つ場所へと向かう。
いくつかの裏口を通り、彼らが着いたのはこの周囲では一際大きい宿屋の酒場である。ここは大きいだけで普段は汚いし、こういった裏路地の一画には違いない。だが今日だけは、不思議なことに綺麗に片付けられていた。もちろん、娼館の主である老人が手をまわしたのだ。
そこにはラスティをはじめとしたレイファンのためには命を惜しまぬ騎士達10数名と、他にも戦う準備をした者が複数名いた。彼らは歴戦の猛者を思わせるような風貌だったが、お世辞にも柄が良いとは言えず、レイファンの騎士たちとも距離を置いて集まっていた。
そんな場所に現れたレイファンとラインに、彼らの目が一斉に向けられる。
「皆さん、本日はお役目ご苦労様です」
「レイファン様、もったいないお言葉にございます」
「気にすんなよ、公女様。こちとらラインの頼みで集まったんだ。もらえるもんさえもらえりゃ、文句はねぇ」
かしこまるラスティに対し、大剣によっかかるようにして立つ傭兵が横柄に発言する。その彼を騎士達が一斉に睨む。
「貴様! 無礼であろう!」
「礼儀なんざ知るかよ、こちとら傭兵だぜ? それとも力づくで従わせてみるかい?」
「何ィ!?」
小馬鹿にしたような男の態度に騎士達が色めき立つ中、ラスティとラインがそれぞれ止めに入る。
「やめんか」
「こっちもだ、ヴリル」
「しゃあねぇな」
ラインの言葉に男は素直に従ったが、その名前を聞いて今度は騎士達がどよめいた。
「ヴリル? ヴリルだと?」
「お? 騎士サマが俺の名前を知ってんのかい?」
「もちろんだ」
ラスティが答える。
「魔獣退治で名を馳せた戦士ヴリル。リュタカの山で一人、怪鳥を仕留めた武勇伝は私も聞いている。確かギルドでのランクはAだったはずだ」
「よせよ、照れるぜ。それにやったのは俺じゃねぇンだ」
ヴリルが多少気まり悪いのを強引に笑飛ばすように振舞う。
「どういうことだ?」
「実はあの時、このラインと一緒だったのさ」
ヴリルはラインの肩をぽんと叩く。ラインは面倒臭そうにしていたが。
「俺は情けねえことにあの時怪鳥の一撃を受けて気絶してたのさ。それで次に目が覚めると、もう怪鳥は息絶えてた。目の前には俺を手当てするこいつがいたよ。その時こいつに言われたのさ。『こいつは一つ貸しにしとくぜ。俺が払えって言ったら払ってもらうぞ?』ってな」
ヴリルは今度こそ豪快に笑い飛ばした。相変わらずラインの方は無表情であったが、これは普段のラインを知る者にとっては非常に珍しい光景だった。
「そんなこともあったか? なんか貸したのは覚えてんだけどな」
「またまた。そんなこと言ってよ、ここにいる奴ら全員Bランク以上の傭兵だぜ? よくもこれだけの奴らを集めたもんだ」
「ただの顔馴染みだよ」
ラインは面倒くさそうにそう言ったのだが、彼が連れてきたのは確かに凄腕の傭兵達10数名だった。しかもヘカトンケイルの対策も考え、魔術師が半数を占めている。さらに彼が雇い入れている人数はこれだけではなかった。他の集合場所に、およそ30名近くの魔術士を隠しているのだ。
こんなことができるのは傭兵の世界広しと言えど、ラインくらいのものであろう。彼がこなしてきた依頼の種類の豊富さのおかげであり、彼に関する噂のせいでもある。
『ラインと組むと依頼が必ず成功する』
そのような噂を持つ彼は、ランクの上下にかかわらず重宝された。結果として、彼は非常に顔の広い傭兵になったのである。
そして、
「最終的な作戦の確認をする」
ラスティが地図を広げた。ここにいるのは各隊を率いる隊長格の面々なのである。さしもの傭兵達も表情が引き締まり、彼らは最後の打ち合わせに入るのだった。
***
一方で、こちらはブロッサム・ガーデン。中では不吉な影がいくつか蠢いていた。
「報告が来たよ。彼らはじきにやって来るらしい」
「で、どうしますか?」
「もう正直な話、クルムスはどうでもいいんだけどね~」
アノーマリーがケタケタと笑う。
「ここの役目は終了だ。ドゥームの時間稼ぎも結局そこまで功を成さなかったし、そうなるとクルムスがこのまま滅ぶのはまずい」
「グルーザルドが中原に進出するのがまずいと?」
「ああ、ドライアンはただの獣人にしては頭がキレる。それに彼にはあの五賢者の一人が付いているからね。まだこちらの目的と、これから予定している動きを勘づかれたくはないんだよ」
アノーマリーは小石を手の中で弄びながら、サイレンスに話しかける。アノーマリーはその小石の一つをサイレンスの足元に投げた。
「では大人しく明け渡しますか?」
「それはうまくない。それに気になる奴がいる」
「ラインとかいう傭兵の事ですか?」
「ああ、アイツは気になるね。これからの情勢に色々関わるかもしれない男だ。ここらで見定めておくのも悪くない。何より・・・」
「何より?」
「誰も死なない戦いなんて、面白くないだろう?」
アノーマリーが手の小石でサイレンスの足元の石を弾いた。そこにさらに現れる人影。
「そういう話でしたら、私も参加してもいいかしら?」
「・・・カラミティか?」
「そうよ」
そこには美しい女が立っていた。豊かな茶色の髪をなびかせ、艶やかな唇からは天使のような声が漏れる。
「なるほど、噂通りの美人だね」
「あら、これは借り物でしてよ? 本来の私はこんなに醜くはないわ」
「ふ~ん。まあいいけど? で、何しに来たの?」
「私の方は順調すぎるほど順調で、最近退屈なの。それにここの情勢は私の現在の仕事にも関わるわ。私にも手を、いえ、虫を出させていただきましょう」
すると女の着ているドレスの裾から、キチキチと歯を鳴らす虫が山のように湧いて出た。お世辞にも可愛いとはいえないその醜悪な形の虫を、愛しそうに頬ずりするカラミティ。
「彼らには踊ってもらいましょう。全ては私達の掌の上という事を、教えなければいけないわ・・・ふふふ」
「なるほど。その意見には賛成ですね」
「ふ~ん、じゃあ仕込みは任せよう。こっちはこっちでやることがあるからね。東のクライアとの戦線でまだ投下してみたいバーサーカーがいるんだ。ここにいるヘカトンケイルは全部置いていくよ?」
「あら、随分と気前がいいのね」
「そりゃそうさ。もう新型が完成したから、旧式のヘカトンケイルは必要ない。もはやただの消耗品さ」
そう言うと、アノーマリーは姿を消した。本当に興味を失くしたのだろう。そしていつの間にかサイレンスも姿が見えない。誰もいない、もはや蛆の闊歩する部屋と化した王室に残されたのは、カラミティのみ。
「二人ともせっかちさんねぇ、これからが面白いのに。まあいいわ。多少物足りないけど、来るべきメインディッシュの前の前菜、いえ、おつまみくらいにはなるかしら? ふふふ・・・早く来なさい坊や達。この私が遊んであげる」
ブロッサムガーデンの美しい庭園を虫達が食い荒らす中、カラミティはその様子を見下ろしながら一人嗤いながら足元の虫達と戯れるのだった。
続く
次回投稿は、8/10(水)18:00です。