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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
280/2685

愚か者の戦争、その7~ラインの過去~

***


「――なあ、―――よ」

「なんだよ、神妙な顔してさ」


 ラインは夢を見ていた。昔、自分がまだ騎士として国に仕えていた頃の夢。自分が剣を振るうことに、何の躊躇いもなかった頃の、幸せな夢。

 ラインは草原に立っていた。彼の国は草原が多く、優しい風が体に当たりいつも心地よかった。その中で馬を駆けるのは格別で、彼はよく気心の知れた仲間と遠乗りをしていたものだった。だがさらに格別に心地が良いのは、今目の前にいる人物と話している時だった。


「お前はもし私が――だったら、どうする?」

「え、なんだって?」


 その人物の声は風に流され聞こえない。その人物は寂しそうに微笑むと、風のように姿を消した。いつも気丈で強気なその人物が始めて弱音を吐こうとしたその時、ラインは気がついていなかった。なぜこの時何も気が付かなかったのかと、ラインは今でも苛まされる。

 そしてその半年後、彼はあれほど望み、焦れ、自分の人生を賭けると決めた騎士を辞める事となった。


***


 それから事態は慌ただしく動き始めた。数日後、国境沿いに集結させた軍をムスターが指揮してトラガスロンに問答無用で攻め入ったのだ。さらにトラガスロンに悪いことには、東からクライアが同時に攻め入って来たのだった。もちろんムスターが仕組んだことである。

 主力が西に侵攻してグルーザルドと戦闘中であり、完全に虚をつかれたトラガスロンは必死の抵抗も虚しく、10日程度でその首都が陥落する事となった。トラガスロンの首都、リーンハルドがクルムス寄りの地形にあった事も災いしただろうが、戦闘の激しさにリーンハルドは三日三晩に渡って業火に晒されたという。

 さらに占領地の分割をするためにクライアの指揮官である王太子と会見をしたムスターだが、その場でクライアの王太子の首を刎ね、その勢いでクライア軍の主力を壊滅に追い込んだ。挙句クライアにまで攻め入り、その領地の1/5を奪ってきたのだ。クライアは国境を奪われたせいで、首都を東に移さざるをえなくなってしまったのだった。結果だけを見れば、まさに破竹の進撃と言える。戦争の規律や倫理観はさておき、だが。


 そして、同時にクルムス領内でも静かな動きが開始されていた。


「準備が整いました、レイファン様」

「いいでしょう、決行は予定通り明日とします」

「は。ではその通り皆に伝えます」


 ラスティが一礼をして下がっていく。ムスターがいない隙をついて、レイファン達は手勢のみでの首都セイムリッドの奪回を企てていた。ラスティは元々が身分の高い人間ではないが、彼の気真面目すぎる性格が幸いするのか、彼は若い騎士達に非常に信頼されている人間だった。そのせいか彼の元には徐々に人間が集まっており、今では500近い騎士がレイファンの手勢として仕えるようになっていた。

 だがレイファンの表情は硬く、気は重い。彼女はよろめくようにして部屋に帰ると、戸をのろのろと開いた。


「ふう・・・」

「部屋間違えてるぞ、お前」

「え?」


 レイファンは自分の部屋に帰ったつもりで、ラインの部屋に来ていたのだ。なぜそうなったのかはわからないが、それは無意識の行動だったのかもしれない。


「夜這いか?」

「なっ! 破廉恥な!!」

「その調子だ。その方がお前らしい」


 レイファンは手元の何かを投げつけようとしたが、ラインが自分を励まそうとしてくれている事に気がつくと、その手を下ろした。あまり褒められた励まし方ではないかもしれないが。

 ラインは剣や武具の手入れをしていた。その表情は真剣で、精悍な騎士そのものの顔だった。レイファンとていい加減気づいている。目の前のラインは、ただの傭兵ではないと。


「ライン・・・」

「ん? まだ何かあるのか?」

「あなたは騎士だったのですか?」

「・・・昔な」


 ラインは顔を上げずに答えた。普段なら曖昧にぼかす所だが、さすがに相手が公女ともなればさすがに嘘も付けない。なんだかんだで、ラインはそういう部分で真面目な性格だった。

 だがそこまでは察する事もできない幼いレイファンは、素直な疑問を彼にぶつけた。


「なぜ騎士を辞めたのですか?」

「騎士であることに意義を見いだせなくなった」

「それはどういう・・・」

「俺が剣を捧げた対象はクズだった。信じたものは幻だった。それだけさ。だから、俺は以後誰のためにも剣を振るわないことにした」

「ではなぜ今回は私に協力してくれるのですか?」


 レイファンの疑問は尤もである。ラインも考え込むように作業の手を止めた。窓際にいるダンススレイブも、ラインの方を見ている。


「・・・あまりにも青くさいガキが困っているからな。俺は正義の味方なんだよ」

「では私のために戦ってくれると?」

「そういう風に言うか?」


 ラインが迷惑そうにレイファンを見たが、レイファンは真剣そのものだった。その表情に、思わず気圧されるライン。

 その様子を見てダンススレイブが忍び笑いをこらえている。


「あのなぁ、誰がお前のために・・・」

「私は真面目に聞いています。なぜ私に手を貸してくれるのです?」

「それはだな・・・」


 ラインが助けを求めるようにダンススレイブを見たが、元より彼女がラインに助け船を出すはずもない。むしろ面白がっているような顔をして、ラインを眺めている。ラインも諦めたように視線をレイファンに戻すと、彼女の茶色の双眸がラインをまっすぐに捕えた。

 そしてラインの瞳からも普段の軽薄な様子が消えて行く。そのままどのくらい見つめあったろうか。瞳を逸らそうとしないレイファンに、ラインもまた観念したように答え始めた。


「・・・昔な、俺は自分の女を死なせたことがある」

「それは恋人、ということでしょうか?」

「そうだな。あるいはそれ以上だったかもしれん」


 ラインは天井を見上げた。流れるような茶色の髪と、引き締まった表情をした彼女が思い出される。


「俺は平民の出身だ。親はさる貴族の奉公人で、幼かった俺もまた当然のようにその家に務める事になった。その時、その家の令嬢だった、ちょっと年上のその女に出会った」

「・・・それで?」

「いや、令嬢と言うには程遠いな。その家は武家の家柄で、当主だった父親は非常に厳しかった。いつもその子はボロボロになるまで剣の稽古をさせられていてな。その傷の手当てをするのは俺の役目だったんだ」

「それがきっかけで愛し合うようになったのですか?」


 レイファンが素直な疑問をぶつけたが、ラインは何かがおかしかったのか、少し吹き出した。その様子にレイファンがむっとする。


「なぜ笑うのです!? 私は真面目に・・・」

「わかってる、わかってるって! だが『愛し合う』ってのはお前、傑作だぞ?」

「で、でも!」


 なおも反論しかけるレイファンの頭をラインは撫でながら、話を続けた。


「俺も当時庶民ながらも騎士になりたくてな、合間を見つけては剣を振るっていたんだ。それで剣の稽古の方法についてその子に尋ねてみたんだ。普通なら畏れ多くて聞けもしなかったろうが、俺もガキでな。畏れ多いなんて言葉は知らなかったんだよ」

「今でも知らないと思うがな」

「お前は黙ってろ!」


 ラインが茶々をいれたダンススレイブに酒瓶を放り、ダンススレイブはそれを受け取っておもむろに飲み始めた。

 なおもラインは話しを続ける。


「それからかな。その子と俺は少しずつ話すようになり、剣の腕を磨き始めた。俺はその子の口利きで、特別に騎士団の世話役や剣の面倒を見てもらえるようになった。まだ俺が6歳の時だ」

「・・・」

「俺が10歳で騎士見習いとして正式に入隊する頃、その子は士官候補生として軍に入って来た。まだ15歳だったが、既に普通の騎士では及びもつかないほど強かったよ。俺はどういった経緯からか、その子が指揮する小隊に配属され、少しずつ任務に就くようになった。そこで今度は色々な戦術や用兵を学び、13の時に小隊長、15で一つの部隊を任されるようになった」

「それは異例の出世なのではないでしょうか? クルムスにおいては早くても小隊指揮を任されるのは、士官候補生だとしても18くらいからです。13歳で、しかも平民出身でそれは異例中の異例ではないでしょうか?」

「だったみたいだな。だから結構大変だったよ、反発する人間を黙らせるのは」


 ラインは事もなげに言って見せたが、当然反発も多かった。だがラインは持ち前の機転をきかせ、時に柔軟に、時に強引にそれらの問題を解決した。それが彼の名声をより高め、彼の軍での地位を上げたのだ。そして、


「その頃からからかな、その子を女性として意識するようになったのは。ある日俺はダメ元で自分の気持ちを伝えたよ、振られると思ってな。だが答えはイエスだった。まさに天にも昇る心地ってやつだな。さらに、俺にはさらなる出世の話が舞い込んだ」

「どんな?」

「俺の国にはさる有名な騎士がいてな。辺境の土地を守るその騎士の元で鍛えられる事になったんだ。しかも運の良いことに、その子も同時に召集されていた。俺達は一も二もなくその話に飛び付いたよ。厳しい、実に厳しい訓練だった。俺はそこで徹底的に騎士としてのいろはを学んだ。矢のように2年の任期が終わり、俺達は首都に戻ることになったが俺は断った」

「なぜ? その人と一緒に戻れるなら・・・」

「そうだな。今から考えれば確かに間違いだったんだが、当時の俺には一つの決意があった」


 ラインが当時の自分を思い出す。その判断がやがて、全ての過ちの元になろうとはその時の彼は思いもしなかったのだ。



続く


次回投稿は、8/8(月)18:00です。

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