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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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愚か者の戦争、その6~捻じ曲げられた真実~

 その夜、ラインはダンススレイブと話しこんでいた。


「どう思う?」

「どうってな・・・今までの情報と違いすぎらぁ」


 ダンススレイブとラインは互いに顔を見合わせて唸っていた。彼らの集めた情報とはこうである。

 まずダンススレイブ。実はムスターは恐ろしく優秀な人間で、それをやっかんだ、あるいは恐れた誰かに彼は元々はめられていた可能性があること。さらにダンススレイブが集めた情報から、ラインが今回の軍の動きを軍団の配備や物資の流れから推測すると、間違いなく何日か後にはトラガスロンに攻め入る事。それが証拠に、既にムスターはトラガスロンに向けて出発したと、ラインが雇っている見張りから報告があった。もしレイファンとラスティが王都奪回のために決起するなら、このタイミングを置いて他にない。準備は俄然不足するだろうが、メリットもあるとラインは考える。


「いや・・・むしろ最高のタイミングかもしれん」

「どういうことだ?」

「考えても見ろ。現在ラスティが集めた手勢は1000にも満たん。普通ならこれで反乱をおこそうなど正気の沙汰じゃない。だが」

「今の王城には、ほとんど兵がいない」

「ああ、あのヘカトンケイルはいるだろうがな。それでも好機には違いない」


 ラインが頷く。加えて、


「戦後処理も楽チンだ」

「どういうことだ?」


 これにはダンススレイブが首をかしげた。そんな彼女にラインは冷静に説明する。


「いいか、たとえば大軍団を率いて国を奪回したとする。だがクルムスは大きな内乱や相次ぐ戦争で既に疲弊し、対外政策がとれない。さらに反乱軍が大きいと論功行賞で確実に揉める。年若いレイファンには、これは難儀な仕事だぜ。仮に完璧に恩賞を授けた所で、確実に文句を言う輩は出るだろうからな。後ろ盾や実績のないレイファンには、年上の有力者達を抑える事は困難だ」

「なるほど。ならばレイファン王女の手勢だけで奪還するのが最も良いわけだな」

「本当はな」


ダンススレイブは納得したようだったが、ラインは何か引っかかると言えば引っかかっていた。


「(出来過ぎな気もするがな・・・どうもすっきりしない)」


 全てが上手くいく時は、大抵は誰かの掌の上で踊らされているだけだとかつての上官の言葉をラインは思い出す。そういう時こそ気を付けろと。こういう時は必ずどこかに落とし穴があるのだ。


「だが恐れていても何も出来んがな」

「何か言ったか?」

「いや、こっちの話だ」


 ラインは娼婦に用意させた酒を飲みながら話を進める。不謹慎な行動だが、どうにも酒を飲みながらでもないと、このような事をやっている自分が馬鹿らしくてしょうがない。


「(こういうのに関わらないために傭兵になったのにな・・・何やってんだか、俺は)」

「大丈夫か、ラインよ」

「何が?」


 ラインは酒に酔ったように気だるそうな目をダンススレイブに向けるが、彼女の顔はいつになく真剣だった。その艶やかな唇から、彼を気遣う言葉が紡がれる。


「我のマスターはそなただ」

「ああ、そういう話だったな。だから?」

「だから我はラインの言うことに従うが、ラインがやりたくないことなら無理にやらなくてもいいんだ。ラインは傭兵だからな。基本的に自由なはずだ。お前に権力は関係ない。ここで逃走するのも手だぞ?」

「俺が無理してるように見えるってのか?」

「無理かどうかはわからんが・・・苦しそうではある」


 ダンススレイブは心底心配していたのだが、ラインの方はちらりとダンススレイブの方を見ただけで、返事もロクにしなかった。その事が、なぜかダンススレイブには悲しかった。


「(いつもと違うぞ、マスターよ・・・本当に大丈夫か?)」

「それより、こっちの情報も大変なものだぞ」


 ラインがムスター本人から受け取った書類を見る。そこには遥か昔にムスター本人が綴った日記と、近年綴られたであろう手記が混在していた。

 ダンススレイブは、ラインが放り投げるようにして渡した日記を読み始めた。


「ふむ・・・クルムス歴116年、今日はトリメドの治水について新しい方策を検討した。これでトリメドの水害は減るだろう」

「ちなみにその工事はクルムスの119年に実行に移されているものだ。ただし、第一王子の計画という事でな」

「は? ということは・・・」

「ああ、名君と謳われた第一王子、第二王子の献策は、実のところムスターが幼いころに考えたものがほとんどだったのさ。だがそんなことはいい。それよりも俺が角を折ってある頁を見てみろ」


 ダンススレイブは促されるまま、その頁を見る。見るにつけて、徐々にその手が震えていく。


「なんだこれは?」

「手記が高熱を出した後で途切れてるだろ? その日の晩、ムスターは兄達に招かれて夕食を共にした。だが、そんな記録は公式の記録には残っていないんだ。つまり、毒でも盛って秘密裏にムスターを消したかったのだろうな。優秀すぎるのも考えものだ、兄弟に妬まれるとはな」

「だが、彼は生き残ったぞ?」

「そこなんだ。最初から消したかったのなら話は簡単だが、やはり王子を消すのは一大作業だからな。そこで、ここは詳しい者に聞こうかと思ってな」


 その時戸を叩く者がおり、ラインが返事をすると扉の向うからは娼館長が入って来たのだった。


「おやライン、アタシがこんなところに来ても邪魔なだけじゃないのかい?」

「いやいや、二人まとめてでもいいんだぜ、俺は」

「あら、乗り気じゃないのさ。じゃあ今夜は久しぶりに複数で盛り上がるかい?」

「と、いきたいところだが先に聞いておきたいことがある。毒使いの専門家であるお前にな」

「!?」


 娼館長の顔がにわかに曇る。


「ライン・・・アタシはそっちの道からは足を洗ったんだ。もうその話はよしておくれよ」

「だが知識は錆びついてないだろ? 元々は暗殺者のお前が下手打ったところを助けたのは俺だ。忘れたとは言わさねぇ」

「・・・わかったよ。まあアタシも、あんたのそういうあくどい所が気に入っているんだけどね。で、何が聞きたい?」


 娼館長はため息をつきながら壁に身を預け、腕を組む。その顔にはいつもの少し皮肉屋の表情はなく、目は鋭くラインを見据えていた。


「もちろん毒についてだ。命に別状はなく、人間の知能や外見をだけ侵すような毒はあるか?」

「ものにもよるけど、あるにはあるさ。ただ配合が難しいし、命は無事でそういった障害を起こすようなものとなると、使える奴が限られる。実際にはほとんど運任せになるだろうね。そんな事を聞くなんてどういうことさ?」

「実はな」


 ラインはムスターの事を話す。娼館長は真剣にその話を聞いていたが、やがて納得がいったのか、彼女の方から話しを始めた。


「なるほど、脳を侵して、外見だけでなく骨にも異常をきたしているだろうね。そいつはウンブラの毒の後遺症だね。けどウンブラってのはちょっとでも量を間違えると死んじまう。普通は殺したい対象に用いるものさ」

「そうなると・・・命はなくてもよかったって事なのか? いや、それはそれで大騒ぎだろうし・・・まあそれはいいか。ところで、そういった毒を盛られた奴が何十年も経ってからの解毒ってのは可能なのか?」

「無理だね。ウンブラの恐ろしい所は解毒が効かない所さ、体の中から出て行かないんだよ。魔術なら早期であれば解毒が可能らしいけど、1日も経ってしまえばもう無理だ」

「なるほどな、じゃああのムスターは偶然の産物ってことか」


 ラインが腕組みをして考え始める。


「それならそれで疑問があるな」

「なんだい?」

「いや、こっちの話だ」


 ラインはふと思いついた疑問を娼館長に話すのはやめた。これはおいそれと話すことではないと思ったのだ。ラインの中で考えがまとまっていない事もあるが、それ以上にこれを話すと引っ込みがつかなくなる気がしたのだ。娼館長を巻きこみたくないとラインが考えた結果でもある。

 ラインは思いつくまま、話題を変えようとする。


「にしてもえげつないことしやがるな。実の弟に毒を盛るなんざ」

「貴族の権力争いなんてそんなものさ。アタシだって現役の時はいかほどそんな雇われ方をしたかわかったものじゃない」

「そういや聞いたことが無かったが、なんで現役を退いたんだ?」


 ラインが素直な疑問を娼館長にぶつける。彼女は嫌な顔をしながらも、正直に胸の内を吐露した。


「・・・アタシは通常、毒の調合だけで現場には出向かない類いの暗殺者だった。現場に行けば危険が伴うしね。でもその時は現場で調合するために、給仕のふりをして現場に乗り込んだんだ。そこでアタシの毒はさる初老の貴族の命を奪うはずだった。だけど・・・偶然、ほんの偶然さ。果汁に仕込んだその毒を、幼い孫が飲んでしまったんだよ」

「・・・」

「目の前で子どもがもがき苦しむ様をアタシは目にしちまった。それからさ、もうこんな仕事はできなくなったんだよ。結局のところ、アタシは命の重さなんてわかってなかったのさ。だからあんなことができた」

「・・・なるほどな、悪い事を聞いた」


 ラインが娼館長に謝ったが、彼女はかぶりをふった。


「いいんだよ。もうどんなに後悔しても変えられない事実なんだ。懺悔はとうの昔に済ませたよ」

「・・・懺悔はどんなにしても尽きることなんざねぇよ」

「何か言ったかい?」


 ラインの言葉は口の中で消えるようなものであったため、娼館長にはよく聞こえなかったようだった。自分の言葉にラインが反応しないのを見ると、娼館長もまたそれ以上の追及は諦め、部屋を出て行く。その折に一つだけ彼女はラインに言葉をかけた。


「ライン、あんたに一つだけいいかい?」

「なんだよ」

「アンタはずっと何かを後悔してる。それをアタシ達は皆心配してるのさ。吐き出せるものなら吐き出した方がいいよ?」

「余計な世話だ。気遣いには感謝するけどな」

「・・・いつかあんたにも全部を話せる人間ができるといいね」


 娼館長はそれだけ言い残すと、寂しそうに部屋を出て行った。彼女の少し強い香料の残り香が、部屋に漂う。

 部屋には無言のダンススレイブとラインが残っていたが、どちらが話すわけでもない。ダンススレイブも黙って瞑想に耽っている。ダンススレイブは元来無口な性格である。ラインが傍にいるから思わず色々な茶々を入れるが、普段は必要がなければ話すことはない。

 だから当然と言えば当然だが、沈黙にたまりかねたのかやがてラインが自分の疑問をぽつりと漏らした。


「戦争をおっぱじめたのは・・・誰なんだろうな?」

「ん?」

「いや・・・何でもない」


 なんでもなくはなかったのだが、ラインも今はその疑問を胸にしまった。ダンススレイブに問うても仕方のないことであるし、もう一つ重大な疑問はあった。だがそれらに対する方策を、今のラインは何も持ち合わせてはいなかったのだ。

 考えても仕方のない問題だが、忘れるべくもない疑問をラインは半刻ほども考えたか。彼はいつの間にか椅子で眠りについていた。その彼にそっとダンススレイブが毛布をかけるべく近寄るが、その手を眠っているはずのラインがつかむ。

 普通なら驚くべきその場面を、ダンススレイブはさらりと流し、ラインもまた当然のように毛布をひったくってそのまま椅子の上で丸くなった。いつ何時でも敵の襲来に備えることができるように鍛えられたラインの習慣である。ダンススレイブもそれを知っているから、驚きも何ともしない。

 そのままラインは椅子の上で睡眠に入ったが、元が剣であるダンススレイブは寝る必要すらなく、ラインの束の間の休息を邪魔せぬようにとそっと星空を窓際から見上げるのだった。



続く

次回投稿は、8/7(日)16:00です。

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