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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
278/2685

愚か者の戦争、その5~探索~


***


 そのしばらく前。誰もいない王城を歩く影が一つ。


「いかん、いかん・・・段々と自由に動ける時間が短くなっている」


 影は焦っていた。いつ意識が途切れるかわからない。そうなればまた不幸が誰かの元に訪れる。


「今のうちにできることを・・・これは?」


 影が見つけたのは、ヘカトンケイルの細切れの死体。それを見て最初は立ちすくんだ影も、しばらくして良い事を思いついたようだった。


「なるほど、これは面白い。上手くすれば・・・」


 影はさら足を速め、今度は自分の私室へと歩き始めるのだった。


***


 ラインと別れたダンススレイブは、城の記録保管庫に赴いて資料を探していた。


「全く、簡単に言ってくれるが・・・この膨大な資料からどうやって探すんだ?」


 ダンススレイブの前には無数の記録がうずたかく積まれていた。城の記録は何も戦争に限ったものだけではない。雇用、収入支出、物資の移動の記録、来賓の記録などなど。重要な物からそうでもないものまで様々である。何がどこにあるのかすらも分からないほどの書物の量。誰にも見つからなかったのは幸いだが、これでは目的の資料に辿り着くだけでも数日を要しそうだった。


「くそ、ラインめ。面倒臭い方を我に押しつけたな?」


 ダンススレイブがそう思うのも無理はない。それでもなんとか探そうと彼女は試みるのだが、最初に手に取った書簡が、乱痴気騒ぎの支出記録だったのでやる気がめっきり失せてしまった。


「・・・くだらな過ぎる。やってられるか」

「どうされましたかな?」


 突如としてダンススレイブは背後から老人に声をかけられたのでびっくりした。思わぬ事態に、彼女もしどろもどろになる。


「こ、これはだな・・・ムスター王子に頼まれて記録を探しにだな」

「ほっほほ、嘘はいいでしょう。ムスター王子が誰かをここによこす事はあり得ません。昔も今もです」

「・・・」


 ダンススレイブの目の前の老人からは、敵意は微塵も感じられなかった。その事にダンススレイブも警戒心を少し解いた。


「御老人、貴方はどなたです」

「私はしがないここの保管庫の番人ですじゃ。貴方には何者かなど聞かない方がいいのでしょうな」

「・・・我はあの王子を止めたいと思っている者とだけ言っておこう」

「なるほど、まだあの王子にもそう思ってくれる者がいるのですね」


 老人はそっと目がしらを押さえた。その様子に違和感を覚えるダンススレイブ。


「御老人、貴方はムスター王子を憎くは思っていないのですか?」

「ええ、あの方は不憫な境遇の持ち主ですから。もっとも私が知っているあの方は、ここに通っていた10歳程度の事までですが・・・」

「どういうことだ?」


 ダンススレイブが訝しんで尋ねる。


「あの方は小さい頃からこの記録保管庫に入り浸りでした。そこであの方はこの国についてとてもよく勉強しておいででした。私の様な者にも、この国をどう良くしていきたいかを話してくれました。ムスター王子の出す案はどれも素晴らしく、なおかつ現実的なものでした」

「こう言っては何だが、彼は非常な愚か者と聞いていたが?」

「とんでもない! むしろ彼らの兄達を上回る程の優秀な王子であったでしょう。そのような噂は私も知っておりますが、どうしてそう呼ばれるようになったのかは私もよくわからず・・・年中この保管庫にこもりきりな私では詳しい事情もわからず、いつしか王子もここを訪れなくなりました。ですが、かの王子が上奏した記録はここにいまだに残っております」


 老人が棚の一端を指さす。ダンススレイブはその書物を手に取ってみた。そこにはこの国の農作物の生産状況が事細かく書かれており、その数値が実際に王に報告されるものとどのように異なっているかがつぶさに書かれていた。


「これは・・・賄賂の記録になるな」

「左様で。そしてこの報告書はどうやら王の元には届いていなかったようです。誰かが握りつぶして・・・恐れ多いことですが、おそらくは二人の兄上、もしくは宰相が握りつぶしたのでしょう」

「なるほど・・・これは?」


 そこには鉱山でとれる資源が書かれていた。次の資料には各国との輸出、輸入の状況とその問題点が、次の資料には自国の軍備の問題点が書かれていた。また地方ごとの歳入・歳出の決算が合わないことから、賄賂を取っている可能性のある領主・貴族、あるいは逆に忠実に報告をなしている可能性が高い者達が列挙されていた。

 さらには今後のこの国の取るべき方針が、数カ月単位、数年単位、あるいはもっと長期的な単位で書かれていたのだ。


「・・・天才だ。我にでもわかるぞ、この上奏書の素晴らしさは。これを10歳に満たぬ少年が書いたと?」

「左様です。私はこの方が王となれば、あるいは宰相となればきっとこの国は豊かになると思っておりました。ですが・・・」

「いつの間にか王子はおかしくなったと」


 ダンススレイブは唸った。そうなると、王子の今の像とは合わない。考えられることはいくつかあるが、これはラインに相談するのが一番いいとダンススレイブは考えた。


「御老人、参考になった。それで、さらに見せていただきたいものがあるのだが」

「私でわかる物でしたら。こちらへどうぞ」

「よいのか、我を信頼して?」

「この保管庫しか世界を持たぬ私にできる事は、これくらしかありませんから」


 ダンススレイブは老人に案内されてさらに保管庫の奥へと進むのだった。


***


 そしてラインはムスターの私室に侵入していた。やはり見張りらしい見張りもおらず、彼は拍子抜けするほど簡単に彼の私室に潜入していた。


「逆に不気味だな・・・さて、何かないかな、と」


 ラインはとりあえずムスターの執務机らしきものから探るが、そこには既にこれから取るべき行動を示した書物が山のように積まれていた。


「どれどれ・・・これは・・・トラガスロンに攻め入る計画だと? その後はクライアと同盟を結ぶふりをして皇太子を暗殺? フルグンドへの宣戦布告書? なんだこりゃあ? 無茶苦茶にも程がある!」


 ラインが思わず叫んだのもしょうがない。その命令書の内容は無茶苦茶だった。まるで世界中に戦争を仕掛けるような内容の命令書。しかもそこに走り書きのような形であるのは、さらにその後どういった順番で戦争を仕掛けて行くのかという模式図。狂気の発想としか思えない様な構想だった。


「普通に考えればただの妄想だが・・・」


 ラインは先にクルムスが使用したヘカトンケイルの強さを見ている。そして先ほど体感もした。さらには得体のしれない何かをクルムスは持っていると彼は感じている。そして悪い予感は、さらにメモ書きを見た時に寒気へと変わった。


「ヘカトンケイルを・・・3000体増量だと?」


 ラインが青ざめる。そんなものが一斉に押し寄せたら、何の備えもない城は防ぎきれないだろう。この部屋で練られている妄想が、現実のものとなってしまう。


「だが武器は・・・あの鎧はどこから輸入するんだ?」

「その計画はそこにはないぞ、青年よ」


 ラインは背後から声をかけられて、思わずびくりとする。そこには遠眼鏡でちらりと見た、あのハゲでチビで太った中年のムスターが立っていた。だが、不思議とその目は澄んで見える。

 二人の間に、緊張感が立ち上る。だが、ムスターの方はなぜか上機嫌そうだった。


「貴様がヘカトンケイルをやったのか?」

「・・・だったらどうだってんだ」

「大したものだ。人間業とは思えんがな。貴様は妖魅の類いか?」

「生憎と、人間さ。俺はな」

「まあどちらでもいいことだ。今となってはな」


 ムスターは満足そうに頷くと、部屋の隅へと歩き出した。部屋の隅の壁にかけてある絵を斜めにし、となりの棚の花瓶の場所を入れ替えると、壁の一部が開いて中から書物と箱が取り出される。


「持って行け」

「おおう?」


 突然それらを放り投げられて、ラインは驚いて思わず受け取ってしまった。そしてさらにムスターはラインに問いかける。


「レイファンの居場所を知っているか?」

「知らんな」

「誰のことだ、とは言わないのだな」


 その言葉に、ラインはしまったと思う。レイファンはその存在を公にされていない。普通の者が知るはずがないのだ。焦るラインに、ムスターはふっ、と笑みをこぼした。その様子を見てラインは腹が立ったのか、思わず荒い口調になる。


「だったらどうだってんだ?」

「別にどうも。ただ守るなら末長く守ってくれ」

「どういう風の吹きまわしだ? レイファンを殺すつもりなんじゃないのか?」

「詳しく話す時間はない、全てはその書物に書いてある。それよりも・・・」


 ムスターが不意に斬りかかって来たので、ラインは剣を抜いて防いだ。その飛び込みの速さに、ラインは生きた心地がしない。軋む剣を挟んで、二人が対峙する。


「ぐ、くっ!」

「なるほど、確かに腕が立つ」

「いきなり何だ!」

「ワシの妹をよろしく頼む」


 そう言うと、ムスターは回し蹴りでラインを入口まで蹴り飛ばした。すぐに彼は体勢を立て直すが、その顔には先ほどの書物と箱が投げつけられる。


「いてっ!」

「もう行け。この城にいるヘカトンケイルはあれだけではない。アレはワシの護衛であると同時に監視でもある。直にここに来るだろう」

「それはどういう・・・」

「所詮ワシなど人形だ。次に会う時は遠慮するな、躊躇なくワシを斬れ。それがお前の役目となるだろう」


 それだけラインが聞いたところで、鎧がかちゃかちゃと合わさる音が聞こえてきた。ヘカトンケイルの接近する音に、ラインはその場を一目散に後にする。ふと去る時にムスターの方をちらりと見たが、なぜか彼の背中が寂しそうに見えたのは、ラインの気のせいだったのか。



続く


次回投稿は、8/6(土)16:00です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これはもしや、ただの暗愚ではないと? [気になる点] あのムスターがマトモそうだって? HAHAHA!冗談はおよしなさい いくらこれが成長物語がだからといってそんなそんな…… [一言] も…
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