愚か者の戦争、その4~異形の兵士~
ラインとダンスブレイブは城の中を進む。彼らは既に変装を解いていた。というより、変装をする必要がなかった。王城の中には気味が悪いほど誰もいなかったのだ。見張りはおろか、庭園の清掃をする庭師や、女官さえいない。
「おかしいな」
「ああ、確かに誰もいないな。最近の世の中はこんなものか?」
「んなわけあるか。王城ってのはもっとこう・・・」
「ほほう、まるで王城の中を知っているような口ぶりだな」
「・・・ちっ」
ダンススレイブの意地の悪い誘導に、ラインは舌打ちする。だがそれきりラインもダンススレイブも会話はしなかった。人気こそないが、城の中に渦巻く黒く重い雰囲気は彼らを黙らせるのに十分だったからだ。
「ダンサー、止まれ」
「なんだ? 誰もいな・・・」
「あの角の向うだ。すぐに歩いてくるぞ」
ラインがダンススレイブを制しながらこっそりと様子をうかがっていると、果たして廊下の向こうから全身鎧の兵士達が見回りに来る。それらは廊下の角まで来て周囲を見回すと、そのまま一寸たがわず元の道を歩き出すのだ。
「見張りか?」
「だな。さて、この先が王の寝室のはずだが・・・一本道なんだよな。どうするか」
「なら話は簡単だ。強行突破あるのみだろう」
「おいおい、大胆な提案だな」
「当然だ、我を誰と心得る? お前と我なら簡単に突破できるさ」
「もっともなことだがな、できれば穏便に行きたい。そこでだ・・・」
ラインが何かしらダンススレイブに耳打ちするのだった。
そしてほどなくして。
「ハァ~イ、そこの全身鎧づくめのお兄さん、我と遊ばない?」
そこには自慢の脚線美を露わにして鎧の兵士を誘惑するダンススレイブが立っていた。背後から声をかけられ、鎧の兵士が反応する。兵士が反応したことを認めると、ダンススレイブはあらん限り妖艶に微笑んで見せた。だが、その額には少し青筋が浮かんでいるように見えなくもない。
「(ラインめ・・・後で覚えていろよ!?)」
まさかこんなベタな手を命令されると思っていなかったダンススレイブはラインに腹を立てたが、マスターの命令とあれば従わざるを得ない。こんな命令に従わざるをえない自分の制約に腹を立てた彼女だが、後悔先に立たず。
そして鎧の男がダンススレイブに近づくが、悲しいやら上手く行ったやら、複雑な感情にダンススレイブが揺れた瞬間、彼女に突如として剣が振り下ろされた。
「なっ!?」
ダンススレイブは驚きながら思わず両手を交差して剣を防いだが、足が石畳の床にめり込んだのだ。それほどの重い一撃。
さらに横から追い打つように剣が払われる。
「ぐぅっ!」
金属音と共にダンススレイブが吹き飛ばされる。彼女に痛みはないものの、衝撃に動きが取れない。その彼女にさらに襲いかかろうとした鎧の兵士だが、兵士はダンススレイブの前でピタリと動きを止めていた。ラインが背後から兵士の鎧の隙間を縫って首を刺したのである。
「間一髪だったな」
「そうでもない。我を切り飛ばそうなど、並の者ができる事ではないからな。だが」
「だが?」
「まだ剣を受けた腕が震えている。余程重い一撃だったようだ。並の人間なら鎧ごと真っ二つだろうな」
「そうか」
そこまで聞いたラインが兵士から剣を引きぬこうとすると、突如兵士が動き、振り向きざまにラインを斬ろうとした。だがラインにも油断はない。地面を蹴って剣をかわすと同時に、兵士の首を斬り飛ばしたのだ。
さすがの兵士も、今度こそ動きを止めて地面に崩れ落ちる。
「何だこいつは?」
「・・・ザムウェドで遠目に見た、ヘカトンケイルとかいうのに似てるな」
「そう言う事は早く言え!」
ラインが文句を言いながらも兵士の面体を上げる。すると、そこには・・・
「・・・なんだこれは」
「少なくとも人間じゃないな」
兵士には顔がなかった。いや、あるにはあるが、目は片方に一つだけ。しかも瞼が異常に肥厚し、ほとんど見えてはいないのではないかと思われた。そして口は縦に裂け、口からは舌ではなく触手の様な者が何本もはみ出していた。
「ラインよ・・・お前はこんなものの相手を我にさせる気だったのか?」
「いやさすがにこれは・・・できるのか?」
「我にも好みくらいあるぞ?」
「だよな。俺が女なら御免こうむる」
などとやや悠長な会話を彼らが交わしていると、戦闘の音を聞きつけたのか今度は奥から鎧の兵士が次々と現れる。
「ち、厄介だな」
「だから言ったろう、強行突破あるのみだと」
「結果論だろうが! ダンサー、やるぞ!」
「承知した!」
そしてダンサーが剣の形態をとり、ラインはその刀身を手に握るのだった。
***
「くそっ、人の尻を散々もてあそんでくれよってからに」
「だから知るかっての! 俺だって好きで触ったんじゃない」
「なんだ、我の尻では不満か?」
「そんなことはないが・・・って何を言わせやがる!」
戦い終えたラインとダンススレイブがさらに奥へと進む。後には20体以上の細切れになったヘカトンケイルの死体があった。今度は鎧の隙間を通すというような真似はせず、真正面から鎧ごと細切れにしたのだった。壁や柱は粉砕され激しい戦闘の跡を物語るが、対するラインは返り血もろくに浴びていない。むしろ余裕すらみてとれた。
そして彼らはやがて、一つの豪奢な部屋が見える位置にまで来た。
「よし、もうすぐ王様の部屋だな」
「それにしても気配が無いな。王が一人で寝かされているわけでもないだろうに」
「それもそうだな。結構派手にやらかしたから、他にばれると思ったんだが、何も誰も出てこなかったしな・・・これは?」
ラインが王の寝所の手前で止まる。中からは嫌な虫の羽音と、強烈なまでの異臭が漂っていた。
「こいつは・・・」
「ライン、既に王は」
「ああ」
ラインが王のベッドの周囲にあるレースのカーテンを剣でそっとのける。そこには既に死語数カ月は経過したであろう王の死体が横たわっていた。既に蛆がわいたその死体は半ば白骨と化し、周囲には蝿が大量に湧いていた。異臭の原因もこれである。
「ムスターは既にこれを知っていて」
「ああ、当然だろうな。これではっきりした。ムスターにこの国をまともに運営するつもりはない」
「奴はこの国をどうする気だ?」
「それはわからんが・・・このままではクルムスは滅びるだろうな。いや、もう何をやっても手遅れかもしれんな」
ラインは悩む。既にザムウェドを滅ぼし、完全にグルーザルドを敵に回したクルムス。今はトラガスロンが戦っているが、ラインの見積もりではグルーザルドが本気になったらトラガスロンなど半年と持たないと思っているのだ。そうなれば確実に次はクルムスである。この戦争の大義名分は十分に立つ。そうでなくとも、周囲の国家が何かしらの圧力をかけてくるだろう。
「レイファンも大変な立場にいるな」
「いっそ、本当に攫ったらどうだ?」
「馬鹿言え。王女様だぞ? どうやって暮らすんだ?」
「お前が養えばいいだろう? そのくらいの器量はあるはずだ」
ダンススレイブの提案に反論しようとするラインだったが、ダンススレイブの表情は思いのほか真剣だった。
「この状況ではあの子の命運は風前の灯だ。それよりもいっそ名を変えて身分を偽り、平民として暮らして行く方がいくらかでも幸せだろう。そうは思わないか?」
「それは・・・しかし」
「あの子は良い子だ。娼館などに隠れて暮らしながらも明るさを失わないし、最近では裁縫や料理まで覚えようとしている。頭もいいし、立派に平民として、あるいはお前の仕事のパートナーとしても生きていけるだろう。もちろん人生の伴侶としてもな。美しく育つぞ、あの子は。造形を見ればわかる」
「・・・俺の方が釣り合わんよ、あんな良い子にはな」
ラインはそれきり何も言わなかったので、ダンススレイブもあえて何もいわなかった。言いたい事はまだまだあるのだが。
「では最後に一つだけ。そういった選択肢もあることを覚えておいてくれ。あるいはお前にとって一番良い選択肢なのかもしれんぞ?」
「・・・考えておく。だが今は他にやることがあるだろう」
ラインが同時に前を向く。
「お前はこの城の書庫に行ってくれないか? こうなったら何が何でも情報が欲しい」
「それはいいが、どんな事を探ればいい?」
「ここ最近の軍の動き、物資の動きだ。そうすればある程度ラスティが反乱軍と連絡をとれるだろう。それに、ムスターの今後の動きもわかるかもしれん」
「いいだろう。ラインは?」
「直接ムスターの私室に行く。一か八かだがな」
そのまま行こうとするラインの手を、思わずダンススレイブが引きとめる。
「危険だ。奴はさっきの連中より強いんだぞ?」
「心配するな、出会ったら逃げの一手に徹するさ。それに奴をここで倒すのは上手くない」
「?」
ラインの意図をダンススレイブが測りかねる。
「それはどういう・・・」
「また話してやるよ。それより動くぞ」
ラインはそのまま王の寝所を後にする。ダンススレイブも彼に続くのだった。
続く
次回投稿は8/5(金)16:00です。