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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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愚か者の戦争、その3~ドゥーム暗躍~

「ぬう?」

「うおお、なんじゃこら?」


 地面に撒き散らされたのは、何かの液体と肉の塊。それは原形をとどめておらず、一見何かがわからない。


「あ、間違えた。こっちだ」


 ドゥームがさらに放り投げた袋から撒き散らしたのは、今度は獣人達の首だった。無造作に地面に転がった首は、どれも無念と恐怖の目つきをしていた。

 その光景にさしもの獣人の精鋭達も吐き気をこらえるように口を押さえた。


「う、ぐっ」

「こいつ!」

「小僧!」


 一斉に獣人達が色めき立つが、少年はいたって冷静に説明を始める。


「いやいや、若そうな獣人を狙ってちょっとずつ消して行ったんだけどね。ただ殺すだけじゃ面白くないから、ちょっと拷問にかけてみたんだ。やっぱり獣人と人間じゃ痛みや恐怖の感じ方も違うのかと思ってね。ところがどっこい、全然同じように泣き叫ぶんだもの。『母さん』って言うのもいたけど、『ロッハ様』って泣く奴もいたな。上官を呼ぶ奴が多かったあたり、その辺が人間とちょっと違うかな? まあ大した違いじゃないけどね。

 ところがその頃の君ときたら、一生懸命軍議や指示を飛ばしていて、君の助けを求めて泣き叫んでる新兵なんかほったらかし。これってひどいよね~君達もこんな上官に従うのは辞めた方がいいんじゃない?」


 やや呆れ気味に話しながらもけらけらと笑う少年を見て、獣人達は一斉に飛びかかりかけたが、ロッハから噴き出る殺気に全員が怯えたように動きを止めた。


「貴様・・・」

「何? 怒っちゃったの? 低俗な脳みその獣人の分際で、怒るのだけは一人前だね~」


 腹を抱えて笑う少年を見て、ヴァーゴが思わず叫ぶ。


「やべぇ、全員逃げろ! ロッハがキレるぞ!!」

「死ね」


 ヴァーゴの叫びと、ロッハの沈んだ声はほぼ同時だった。だが、一斉に事情を知る者はその場を後にしたが、そうでない者も何かに吹き飛ばされて後退を余儀なくされたのだった。


「くそ、ロッハの奴がキレやがった。退避だ、退避!」


 ヴァーゴが先頭になって叫び、撤退を促す。だがその必要もないほど、周囲は竜巻の様な衝撃にさらされていた。そして戦闘に置いて撤退を最も嫌うヴァーゴだが、この場合だけは別だった。

 昔、ヴァーゴは本気で怒ったロッハと一度だけ戦ったことがある。その頃はまだ彼らはグルーザルドの将軍ですらなかったが、一方的に自分がぶちのめされたのをヴァーゴはいまだに覚えていた。めくらめっぽう打ちだした自分の拳がたまたまロッハの鳩尾をとらえたため結果的には自分が勝ったことになったが、完全に偶然でしかなかったのだ。ロッハの本気の動きは、獣人の目を持ってしても捕えられる速度ではない。だからこそ、『神速』のロッハと呼ばれる。

 かつてその神速に追いすがる速度をもった女の獣人がいたが、彼女はグルーザルドをやめてどこかで気ままに傭兵をしていると聞いた。ゆえに、グルーザルド内でもロッハの動きを捕えられる者は皆無である。

 そして、そのロッハが今まさにいかんなく自分の戦闘能力を解放しようとしていた。


「消え・・・ぷぎゃっ!」


 少年は突然顔面を殴られ吹き飛んだ。そのまま宙を後ろにのけぞろうとするも、今度は後ろから殴られ、無理矢理体を起こされる。


「防御が、間に合わ・・・」


 少年は倒れる事も許されず、その場で一方的に殴られ続けていた。あたかも踊っているかのように


「(悪霊より、思考よ、り・・・速い打、撃とはっ!)」


 少年の周囲には無数のロッハの残像があった。どれが本体とか理解する以前に、少年には反撃する余裕すらなかった。

 そしてロッハが少年にとどめをさすべく、もっとも得意な形に追い込もうとする。


「後悔はあの世でしろ!」

「!」


 ロッハが体重を乗せた一撃を少年に打ち込もうとした瞬間、ロッハは別の殺気を感じてその場を飛びのいた。すると、今までロッハがいた地面が一斉に何か大きなハンマーででも潰されたようにへこんだではないか。


「むう?」

「ドゥーム虐める、ダメ。やっていいのは私だけ」

「それもどうかと思うけどね」


 少年の前にはいつの間にか赤い服に身を包んだ少女が立っていた。その不吉な姿に、ロッハは唸るも飛びかかろうとはしない。


「(こいつは・・・ヤバい)」

「ドゥーム、行きましょう。そろそろ時間」

「あ、もうそんなになるのか。じゃあしょうがないね」


 少年は少女の手を取り、くるりと踵を返す。その姿を見て、他の獣人が吼える。


「逃げるのか!?」

「人聞きの悪い、戦略的撤退と言ってよ。それに君達にとってのメインディッシュはこれからだよ」

「何?」


 獣人が聞き返した瞬間、トラガスロンに最も近い陣から火の手と戦いの喧騒が上がった。そして一瞬気を取られた獣人達が少年達の方を振り返ると、もうそこに少年の姿はなかった。


「一体何が・・・」

「状況を報告しろ!」


 あっという間に冷静に戻ったロッハが、すばやく伝令を飛ばす。だが彼の指示と同時に、既に火の手の上がった陣からは伝令が来ていた。


「申し上げます! 敵襲です!」

「そんなことはわかっている! 数と状況だ!」

「は、はい!」


 普段より苛立つロッハに、伝令は少しびっくりしながらも答える。


「大型の魔獣、いえ魔物が多数。突如として現れました!」

「突如だと? そんな馬鹿な話があるか!」

「いえ、本当に突然として・・・人間が魔物に変形したのです!」

「何!? 詳しく言え! その報告に間違いはないのか!?」

「は、はい!」


 伝令は怯えるように、だが正確に話し始める。


「最初は馬にくくりつけられた人間がこちらに追い立てられてきたのです。何事かと思い我々は怪しみつつもとりあえずは打倒したのですが、捕えた人間達は様子がおかしく、急に苦しみ始めたかと思うと体が変形して・・・」

「魔物になったというのか?」

「はい、信じられないことですが」


 その言葉にロッハが悩む間にも、次の伝令が彼の元に飛び込んでくる。


「申し上げます!」

「今度はなんだ!?」

「トラガスロン軍が急襲! その数3万、三方より攻め立ててきます!」

「このタイミングでか!」

「こいつは・・・」


 さしものヴァーゴも難しい顔をした。それだけ良くない状況ということである。


「ロッハよ」

「わかってる! 俺はウーラル姫を守りながら後退する。おそらくは背後にも伏せ勢がいるだろう」

「だろうな。殿は俺がやる」

「頼むぞ」


 それだけ言い交わすと、ロッハとヴァーゴは互いに背を向けて指示を飛ばしに走る。その様子を空中から見守るドゥームとオシリア。


「仕込みは終わったんでしょ? オシリア」

「ええ、ぬかりない」

「ならいいよ。作戦通りだ」


 ドゥームは軽く笑う。


「これでしばらくは彼らも戦ってくれるかなぁ?」

「そうね。このままグルーザルドの勝ちでは面白くないもの」

「ザムウェドではあまりに簡単にいきすぎて、あの『バーサーカー』のデータ収集には向かなかったらしいし。でもこれでグルーザルド相手にも成果があがるようなら、一応バーサーカーも使用のめどはたつね」


 ドゥームは楽しそうに笑う。オシリアもまた口の端を軽く上げて彼に同意した。


「それにしてもアノーマリーも面白いものを思いつく。魔王生産はコストと手間がかかるからって、まさか人間をそのまま魔王に変身させる物質を作るなんてね」

「でも寿命が短い」

「そうだね、およそ一日しかもたないんだからね。でもその間に100人は殺すさ。それに死ねば崩れるから、証拠も残らない。もっとも寿命の問題なんて、彼ならいずれ解決しちゃうんだろうけど」

「そうなれば、この世界はもっと楽しくなるわ」

「ああ、早くその日が来ないかな・・・もっとも、それまでにこのボクが世界を面白くするかもしれないけどねぇ」


 ドゥームとオシリアは楽しそうに笑うと、オシリアがドゥームの後ろから首に手を回すようにして首を180度捻ると、そのままキスをしてその場を去るのだった。


***


 その頃、ラインはまんまとセイムリッドにあるクルムス王城に潜入していた。クルムスの王城は別名を『ブロッサム・ガーデン」と言われるほど景観に気を使った美しい王城である。外観からもわかるように見張り台にすら飾られた花は、厳めしいはずの王城でありながら、民衆の目を楽しませた。中には四季折々の庭園がつくられ、王族だけでなく、来賓や使用人までも楽しませる作りとなっている。噴水から流れる水は、張り巡らされた水路を使って城の至る所に届くようになっている。その美しい景観は王宮勤めの人員を募る事にも役立ち、対して戦力を持たないクルムスが中原の真ん中にあっていまだに滅びていないのは、こういう風に一般民衆にも慕われるような細かい配慮が理由でもあるだろう。

 だが、この美しい王城も今は少し荒れ果てている。ムスターが湯水のように軍備に金を投資するせいで、手入れが行き届かなくなっているのだ。城壁の花は枯れ、庭園には雑草が幅をきかせていた。また城壁にからまるツタは、花が咲き誇る時には彩りにもなったが、花が枯れた今では禍々しくも見える。まるで廃虚と化していく王城では、見張りもずさんなものとなっていた。ラインは念のため予め娼婦達に準備させていた王城の兵士の鎧を着て何気なく入って行ったのだが、なんの検閲もなく潜入出来てしまった。


「なんつーずさんな見張りだ。やる気がないとしか思えんな」

「まったくだ」


 ラインが声をかけたのは給仕の女――に変装したダンススレイブだった。彼女には珍しく、地味な色合いで丈の長い服に身を包んでいる。


「我にこんな変装をさせてまで潜入させたのにこれとはな。これなら正面突破でもよかったんじゃないか」

「まったくだ。どうやら城の精鋭は既に細かく分割されて、国境近くにそれぞれ配属されたらしいな。この王城にろくな戦力はいないらしい」

「そうなのか? なぜそんなことを」

「さぁな、反乱でも恐れたんじゃないか? それより、問題はここからだ。ムスター本人に鉢合わせは御免だからな」


 ラインが少しおどけたように肩をすくめる。


「だがこの城はかなり広いぞ? どこにいけば王様に会えるんだ?」

「それもラスティに聞いている。こっちだ」


 そうしてラインは、ラスティに無理矢理聞きだした部外秘であるはずの城の見取り図を頭に描きながら、ダンススレイブと共に王の元に向かうのだった。



続く


次回投稿は8/4(木)です。

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