天駆ける乙女達、その4~報復部隊はその役割を実行し~
「なるほど・・・ようやく見つけましたよ、イーラ」
「なんだ、嬢ちゃんのお姉ちゃんとか何かか? 心配しなくても、大きくなったらおじさん達が相手してやるからよ」
「今すぐでもおじさんはいいでちゅよ~」
「げ、お前そういう趣味か」
「馬鹿言え、これくらいが食べごろなんだよ」
男達がぎゃあぎゃあと騒ぐ中、ロゼッタは注意深く少女の手元を見ていた。少女が両手の指を、ゴキゴキと鳴らしているのをロゼッタは見ていたのだ。
「なるほど、では相手をしてもらおうか」
「お? まさか向うからそう言われるとは・・・」
男が今まで無視していた少女の方を振り向こうとした瞬間、少女が男の肩と頭を鷲掴みにして、そのまま首をへし折ったのだ。骨の折れる嫌な音が、静まり返った酒場に響く。
そして、何が起こったかわからず立ちつくす片方の男の手を取ると、少女はまるで玩具のように男を空中に振り上げ、地面に力任せに叩きつける。木造りの床が砕ける音と共に男が大量に血を頭から流すが、少女は容赦なく男を巻き散る血と共に何回も床に叩きつけた。やがて痙攣する男が抵抗する気力も無くした事を確認すると、少女は男を肩に担ぎ、そのまま力任せに背骨をへし折った。そして全身の骨を砕かれた男が、力なく床に崩れ落ち息絶える。
「て、てめぇ!」
「危ない!」
その音で最後の男も我に返ったのか、腰の剣を抜いて背後から少女に斬りかかった。ミランダが思わず声をかけるが、丸腰の少女はその剣を振り向きざまに指二本ではさんで止めたのだった。
「は、はぁ?」
「終わりか?」
少女は涼しい顔でその剣を掴んでいるが、男は必死だった。顔が真っ赤になる程力を込めても、剣はピクリとも動かなかった。
「こ、このガキ!」
「・・・死ね」
少女が剣を指先で引っ張ると、男が体勢を崩して少女の方に倒れ込む。そして、男は自分の体を貫通する少女の腕によって、その体を支えられた。
「・・・・・・え?」
男は何が起こったのか理解できていなようだった。また、傍目にもそれは理解しがたい光景だった。事もあろうに、男の体から突き出た少女の手には男の心臓が握られていたのだ。そして、その手を力いっぱい少女が握りこむと、酒場の中には容易に朱に染まった。
「うわぁ!」
「ひいい!」
「げ、げえぇ」
その凄惨な光景に、荒くれ者であろう酒場の男達が吐いていた。少女は至近距離で男の血を浴びたにも関わらず、微動だにせず、その場に佇んでいた。そして、周囲でめいめい勝手に吐く男達の中で、一人だけ違う動きをする男がいる。
「ば、化け物だ!」
逃げた男は、この男達の仲間であった。一人だけ厠に行っていたことで事なきを得ていたのである。逃げる男を少女は追おうとはしなかったが、逃げる先の扉がきいと開く。
その扉から入ってきた人物と男が交差すると、男の動きがピタリと止まる。直後、男の首と胴は離れ、血が新たに噴き出していた。入って来た女の傭兵らしき人物が、凄惨な光景とは場違いな軽薄な言葉を発する。
「ヴェルフラたーいちょ~。すみませぇん、遅れましたぁ!」
「遅いぞ、マルグリッテ」
ヴェルフラ隊長と呼ばれた少女は男から手を引きぬくと、男の死体をぽいと放り投げた。その簡単に放り投げられたはずの男の死体は、きりもみ状に宙を舞い、血を降らせながら酒場の壁に叩きつけられた。それだけの事をしてももはや酒場に悲鳴は上がらず、皆が黙して事の成り行きを見守っていた。その中でミランダとロゼッタがひそひそ話をする。
「(なんだあいつらは?)」
「(アタイの予想が当たっていれば・・・アイツらはフリーデリンデの天馬騎士団、部隊アテナの隊長と副隊長だ)」
「(えーと、通称『報復部隊』だっけ)」
「(そうだ、アタイも初めて見たけどね)」
ロゼッタがそこまで喋ると、ふとヴェルフラがロゼッタとミランダの方を見た。その冷たくもまっすぐな視線に、どきりとする2人。
「(げ、なんかやばい雰囲気?)」
「(悪い事は何もしてない・・・はずだけど)」
「(そこでしてないと言いきれないアタイ達が悲しいね)」
ひそひそと囁く2人を尻目に、ヴェルフラは視線をマルグリッテに戻す。
「マルグリッテ、遅れた言い訳はあるか?」
「そーれーが~、部隊ラスワティもこの町に来ているんですよぉ。それで隊長さんと出くわして事情を聞くうちに、こんなことにぃ」
「なるほど。だが貴様は私に素手で戦わせる気だったのか?」
「たいちょーなら問題ないっしょ?」
けらけらと笑うマルグリッテにため息をヴェルフラはつくと、指を鳴らす。するとマルグリッテの後ろからさらに女傭兵が現れ、彼女は両手に大きなハンマーのような武器を抱えていた。女性はロゼッタにも負けないほどの体躯をもっていたが、ハンマーは相当の重量があるのかその女性をもってしてもよろめく始末だったが、ヴェルフラはそれを片手で難なく持ちあげるとあっさりと担ぐ。そしてその後ろではマルグリッテが剣を抜き放っていた。
「マルグリッテ、フェルミナの方は予定通りか?」
「あいあい、ちゃんと外で蛇の残りを狩ってますよ。後はこっちだけです」
「そうか、ならばいい」
ヴェルフラはそのまま酒場の二階に目を向けると、階段にずかずかと歩いていく。その後からマルグリッテが続くが、通りすがりに酒場の主人に懐の袋を投げやった。
主人が半ば反射的にその袋を開くと、中には100ペント硬貨が大量に入っているのだった。意味もわからずマルグリッテの方を見る主人。
「迷惑料だよ~。とっといて?」
「え? なんの・・・」
「これから二階は惨劇の場だから~。建物立て替えた方が早いかもよぅ?」
楽しそうにマルグリッテが笑い、そのまま2人は姿を階上へと消した。その後しばらくして聞こえてくる大量の悲鳴。壁が破られる音、戸が打ち壊される音、そして幾ばくかの剣戟の音。そして一度静かになったかと思うと、二階の床を突き破って男の死体が頭を出し、階下の連中の悲鳴を最後に全ての騒ぎは止んだ。その後、二階からは血まみれのヴェルフラとマルグリッテが降りて来るのだった。
「あ~、これで意趣返しは出来ましたかねぇ?」
「どうかな? 隊長らしき男はいなかった。他にも分散しているのかもしれない」
「えぇえ? めんどくさい~、蛇は頭を叩かないといけないのにぃ」
血まみれの2人が悠然と酒場を出て行こうとすると、再びヴェルフラがロゼッタとミランダの方を見て、今度は静かに語りかけた。とても凄惨な戦いの後とは思えないほど穏やかな声である。
「そこの2人」
「・・・なんだよ」
ロゼッタが「まさかやる気か?」といった風に身構えたが、一方でヴェルフラは悠然と立っていた。
「さっきそこで一緒に飲んでいた女の傭兵がいたろう?」
「・・・いたけど。それが何さ」
「仲が良いなら伝えてやれ、お前の姉はカンカンだと。謝るなら今の内がいい。これ以上怒らせると、手に負えなくなるぞ? とな」
そして少し意地悪そうにヴェルフラが笑うと、彼女は血まみれの顔でなぜか愛想を振りまくマルグリッテを伴い酒場を出て行った。後には戦いの跡が、きっちりと赤い血だまりとなって酒場に残っている。
***
その頃、アルフィリースの方も町で出会った女傭兵達と意気投合し、夕食を共にしていた。こちらはミランダ達とは違い、少し上品な店ではある。といっても、大衆食堂のように喧騒と煩雑さが支配する場所ではあったが。
「じゃあエマージュは、妹を探して?」
「そうなのです。あの子ったら、勝手に隊を離れたものだから皆が迷惑して・・・戻ってきたら、きつくお仕置きしないと示しがつかないのです」
ぷりぷりと頬を膨らませて可愛らしく怒るのは、アルフィリースが知り合った女傭兵の隊長である。アルフィリースよりは年上だろうか、髪の一部を結い、みつあみにして冠の様に巻いており、また可愛らしい容姿とは別に落ち着いた印象を持つ女性だった。その割に酒がまるでざるのように入っていくのだから恐ろしい。
その傍らを固める4人の女性達は対照的に、いずれも精悍な女性達であった。特に精悍で厳しい目つきをした女性が副隊長なのだろう、アルフィリースほどもある背丈でまさに男装の令嬢といった感じの言葉が似合う女性だった。わきあいあいと皆が盛り上がる中でも、一人だけ酒を控えめにして、油断なく周囲を見回している彼女が、何かを目の端に止めエマージュに声をかける。
「隊長」
「あら、いたのね? やっぱりここに来たでしょう、ネスネム」
「はい、さすが隊長」
副隊長らしきネスネムが頷く間に、エマージュは指をパチンと鳴らしていた。すると、さきほどまで楽しく飲んでいた周囲の女性達が、あっという間に先ほど食堂に入って来た女性を取り囲む。
「やれやれ、さっきは危なかった・・・って、ええ!?」
「飛んで火にいるなんとやらだな」
「隊長から逃げられると思ったのか?」
女性達は口々に言いながら、入って来た女を捕まえた。その場所に悠然と進み出るエマージュ。
「やっと捕まえたわよ、ターシャ」
「お、お姉ちゃん」
3人の女性に取り押さえながら青ざめるのは、先ほどまでミランダ達と盛り上がっていた女傭兵だった。
続く
次回投稿は7/30(土)14:00です。