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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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天駆ける乙女達、その3~語られる中原の情勢、そして~

「でもさ、なんでそんなこと気にするわけ? 中原の話なんて関係なくない? これから東に行くんでしょ?」

「そうはいっても大きな戦争だったみたいだし、アタシ達は片田舎でずっと仕事を請け負ってたんだ、世情に疎いんだよ。貧乏くじは引きたくないだろ、傭兵ならさ」


 傭兵にとって情報は命である。戦場では安全に稼ぐにこしたことはない。よほど金が必要な場合を覗き、勝ちそうな側につくのが賢い傭兵のやり口と言える。戦場でイモを引く事はすなわち、自分の死を意味するのだ。

 ミランダの言葉は的を得ていたので、女性は少し何かひっかかるのを感じながらも、渋々と話し始めた。


「語りたくないってわけじゃないけどさ、結構ひどい有様だったみたいだよ。結論から言うと、中原の戦火はなんとか収まったみたい」

「少し前に聞いた話じゃ、クルムスとザムウェドの戦いじゃ収まらなくて、トラガスロンやグルーザルドまで巻き込んだんだろ? しかもトラガスロンを攻め落としたのは、クルムスだったっていう話じゃないか。主義主張のない無茶苦茶な戦争があったもんだって、傭兵達ですら軽蔑したもんさ。誰がどうやって収めたんだ?」


 ロゼッタもまた神妙な面持ちで尋ねていた。生粋の傭兵であるロゼッタにとっても、中原の情勢は気になるらしい。

 女傭兵は語る。


「クルムスでは王の死去が発表された。そして事実上第三王子が独裁しており、その結果が今回の戦争だと声明文を発表したのさ。その王子を討ち取って首を晒したうえでね」

「だからって、それだけじゃ上手くいかないだろ? 確かクルムスは王子が3人だ。他に王位継承権は・・・」

「それがいたのよ。女の子が1人。名前はええと・・・レイ・・・なんとか」

「そこが肝心だろうよ」


 ロゼッタが呆れたが、思い出せないものはどうしようもない。ミランダが話をつなぐ。


「でもあれだけクルムスは徹底的にやったんだ。どうやって諸国を、特にグルーザルドを説得したんだ?」

「それがね、この王女様は噂ではまだ少女なんだけど随分と肝っ玉の据わった人物みたい。護衛を一人ともなっただけでグルーザルドに乗り込んで、自らドライアン国王を説得したみたいだよ。もちろん政治的な駆け引きも忘れちゃいない。ザムウェドの統治権は放置し、事実上グルーザルドに委譲する形になった。そしてトラガスロンは自国の領土を回復した上でザムウェドの領土を一部奪い、そこをグルーザルドと分割したみたいよ」

「なるほど。それならグルーザルドにとって感情論はおさておき、結果だけ見れば旨い話だ。それにトラガスロンと国境を接することで、直接睨みを効かせられる。グルーザルドをトラガスロンの見張り役にしたのか」

「それだけじゃないでしょう。トラガスロンの遠征軍は事実上ザムウェド領内で壊滅的な打撃を受けているし、当分遠征はできないことも見越している。新しい領土が手に入ったなら、なおさら内政が優先されるだろう。

 同様に、荒れたザムウェドをクルムスが移譲することで、グルーザルドは内政に力を注がざるを得ない。

 さらにグルーザルドと国境を接したのもうまい。他国がクルムスを滅ぼせば、今度はその国がグルーザルドと国境を接することになる。誰がそんな損な役回りを受けたがると?」


 女傭兵の話に、ミランダとロゼッタは考え込んだ。確かにそれなりに理屈は通っているし、あり得ない話ではない。だが大草原に入ってからの短期間で、ここまで世情が動いているとはさすがにミランダも思っていなかった。


「(なんだか色々と話が急展開過ぎるわ。アルネリア教会はどのくらい状況を掴んでいるのかしら?)」


 ミランダはすぐにでも突きとめたい欲求にかられたが、今はどうしようもない。それに急かずとも、もうすぐアルネリアには到着するのだ。


「私が知っているのはこのくらいよ。どう、納得した?」

「・・・んー、まあだいたい」

「これ以上を知りたかったら、ミーシアにでも行くのね。あそこを通らない情報はないでしょうから」


 そこでまた話は変わり、今度はロゼッタとその女傭兵で別の話題で盛り上がり始めた。だがミランダはどうしても思索に耽らざるを得なかった。そんな折女傭兵が何かを見つけたのか、いっぺんに酔いが醒めたように真っ青な顔になった。


「なんだ、吐くなら他所でやれよな」

「そ、そうするわ。とりあえずこれがお勘定ね。じゃあ、縁があったらまた会いましょう!」

「お、おい!」


 女傭兵がお金をその場に投げてすたこらと出て行ったので、引きとめる暇もなく残された二人。そして女傭兵が残して行った金を見るが。


「全然足りないぞ、畜生め」

「・・・今度出会ったらきっちり請求しないとね」


 2人がため息をつくと同時に、先ほどの女傭兵が出て行ったのとは別の出入り口の方向から小さな影が現れたのが、2人の目に留まる。


「あら」

「おいおい」


 2人の目にとまった人物は少女だった。リサよりはさらに頭一つ近く小さいだろうか。体の凹凸にも欠けるし、少女もいいところの背丈だった。そんな少女が赤茶色の髪を波打たせながら酒場にすたすたと入ってくるのだから、いやがおうにも注目を集める事となった。


「よう、お嬢ちゃん。パパのおちゅかいでちゅか~?」


 酔っ払いの一人が冗談交じりに少女にからもうとしたが、少女はするりと男の手を抜けて、酒場の主人の方へと歩み寄った。


「聞きたいことがあるのだが」


 少女の声は姿に見合わず威厳に満ちていた。だが酒場の主人も変わった客には慣れているのか、冷静に対応する。


「なんだ、嬢ちゃん」

「人を探している」

「俺は情報屋じゃねぇ。聞きたいことがあるなら酒を頼みな。それが酒場での礼儀ってもんだ」


 酒場の主人にすれば当然のことだが、子どもに対して意地の悪い言葉に周囲がニヤニヤとする。だが少女は自分の肩にも近い高さの椅子に飛び乗ると、懐から50ペント硬貨を取り出し、手近にあった酒瓶のコルクを引きぬくと一息に煽る。

 その光景に酒場の男達があんぐりと口を空ける中、少女は酒瓶が空になったのを示すように、酒瓶を逆さにして振って見せる。酒瓶からは一滴の酒もこぼれなかった。


「これでいいか?」

「あ、ああ」


 酒場の主人もやや呆気に取られながら、なんとか頷いてみせた。


「さっきの金貨は情報代込みだ。正直に答えて欲しい」

「・・・いいだろう、何が聞きたいんだ?」

「最近、手の甲に蛇をかたどった紋章を入れた男達を見なかったか?」


 主人は首をかしげる。


「その形はもっと詳しくわかるか?」

「確か、槍に蛇が巻き付いたような紋章だと聞いている」

「さあ、どうだったかな・・・」


 主人は曖昧に返事をしたが、目は酒場の一画を向いていた。何かあった時のために、わざと言葉にはしなかったのだろう。

 少女も事情を察したのか、椅子から無言で飛びのき主人が示した方に歩き出した。その方向には、3人の男がくだを巻いていた。

 その一画に少女はやおら近づくと、一人の男の肩を叩いた。


「尋ねたいことがあるのだが」

「んあ? なんだぁ?」


 男達はかなり深酒をしているのか、少女が酒場に入って来たことにも全く気が付いていなかったようだ。返事もうろんげで、気だるそうである。だが、確かに手の甲には槍に巻き付く蛇が象られていた。


「最近、私達の仲間が消息を絶った」

「お子様は帰って寝る時間だろ?」

「そうだそうだ~」


 少女の質問を無視し、酔っ払った男達はさらに酒を飲みながら口々に勝手な事を言っている。そんな言葉を少女は無視し、さらに質問を続けた。


「消息を絶つ前に、共に仕事をした仲間の中に『槍に絡む蛇』の傭兵隊がいたとの情報があった。それはお前達の事か?」

「そうだぞ~。この紋章が印さぁ」


 男達はそれぞれが手の甲にある紋章を少女に見せる。

 傭兵隊は、ブラックホークの様に恰好を統一することで自分達の主張や象徴とすることもあるが、この男達の様に刺青を彫る事もある。男達はそれぞれが利き腕に刺青をしているのだった。

 少女はその刺青を見ると、無表情にさらに質問をつなげる。


「なるほど、確かに情報通りだ。次の質問だが」

「おいおい、嬢ちゃんよ。質問はまだまだ続くのか? 俺達はもう眠いんだけどな~」

「心配するな、聞きたい事は残り一つだ」


 少女が息を少し大きめに吸う。少し緊張しているのだろうか。


「・・・最近、天馬騎士の女をお前達は襲ったか?」

「あぁん? それは犯したかどうかってことか?」

「そんなことあったっけ?」

「ああ、この前の女だよ。ほら、途中で気が狂った奴」


 男が別の男を指さす。指さされた男は、手を一つ叩いて納得したような仕草を見せた。


「あーあー、そんなのいたなぁ。俺がヤッた時はもう死んでたから印象に薄いんだよな」

「生きてる時はそれなりにイイ声で泣いたんだがな」

「まったく根性のねぇ女だったよな。たかだか50人でまわしたくれぇで死んじまってよ。それでも傭兵かっての。俺が突っ込んだ時にはもう反応がなくてよぉ。どいつもこいつも遠慮なく出しやがるもんだから、臭くてしょうがねぇし」

「俺みたいにさっさと突っ込んどきゃよかったんだよ。真っ先に行ったバタラが言ってたんだがよ、どうやら初物だったらしいぜ?」

「マジかよ。そいつはもったいねぇな」

「バタラの野郎も後の人間の事を考えろよな。あんなグロいもので相手したら、後が相手出来ねぇだろうが」

「てめぇのが粗末なだけだろが」

「うるせえ!」


 男達はやおら下品な話で盛り上がり始めた。酒場は少女に注目したせいで静かになっていたわけだが、男達の会話の内容に、さしもの酒場のお世辞にも上品とは言えない連中も辟易したのか、3人の男以外は誰もが話を止めて男達を睨んでいた。

 そしていかに自分がその女を犯したかをさも楽しそうに話す男達の傍で、じっと沈黙する少女。その様子をミランダとロゼッタは見ていた。


「なんだあいつら? クソ野郎にも程があるよ」

「『槍に絡むスカースネイク』っていうゲスの集まりで有名な傭兵団さ。あいつらは女だったら敵だろうが味方だろうがおかまいなし。死体でも犯して切り刻むような連中だ。アタイですら関わり合いにはなりたくない奴らだよ。だけどどんな汚れ仕事も引き受けるから、結構戦場では重宝されてるんだけどね」


 ロゼッタも唾を床に吐き捨てながら嫌悪感を露わにした。ロゼッタの態度に、余程の下衆な連中なのだろうとミランダも納得する。そして少女が俯いたまま、重たい口を開く。



続く


次回投稿は7/29(金)です。

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