天駆ける乙女達、その2~人知れず~
「楓、貴様の意見は求めていない」
「梔子・・・様」
楓が振り返ると、そこには口無しの長である梔子がいた。彼女がアルネリアを離れるのは非常に珍しいことだが、それだけ今回の事態はアルネリアに取って重く見られていることの証でもあった。
楓はいつも梔子の前に出ると、身がすくむ思いがする。それは格別梔子が楓に厳しいからでもあり、また梔子が持つ張りつめた雰囲気がいつも自分に敵意を抱いているようで、楓は梔子が苦手だった。
その梔子が楓の前に立つと、いきなり頬を張った。
「つっ」
「貴様の任務を復唱しろ、楓」
有無を言わせない梔子の言葉に、楓は頬を押さえながら回答する。拷問に耐える訓練もされた楓だが、なぜか梔子の張り手はいつも痛い。
「・・・私の任務はミランダ様の護衛を第一に、その仲間の護衛、または監視。必要があればミランダ様の身柄を最優先に、その他の障害、危険人物を排除する事」
「その通りだ。そしてルナティカなる人物は、十分に危険人物だと判断される。貴様はそう思わないのか?」
「それは・・・」
楓は返答に困った。確かに楓は後の事を考えるならば、ルナティカはいない方が良いと思っていた。十分すぎるほど彼女は危険なことを楓は承知している。だが、果たして自分があの凄腕を始末できるのか。またそれ以上に、仲間を売ったり手にかける事に最近の楓は強い抵抗を感じていた。
楓が戸惑うのを見て、梔子は無言で彼女を押しのける。
「あのような人物をアルネリアに入れるわけにはいかぬ。今からルナティカを狩るが、使えぬ者は必要ない。貴様は下がっていろ」
「梔子様! もう一度お考えなお・・・」
「私を狩る? それは無理」
全員が声の主の方を一斉に振り向く。そこには銀の髪を揺らしながら、暗がりから音もなく姿を現したルナティカが立っていた。
誰もその気配を察知していなかった事に驚き、全員が武器を構えようとするが、梔子がそれを制した。
「なるほど、既に失敗していたということか」
「お前はできる、唯一私と渡り合えそう。後はダメ」
「だろうな。もっとも私とて、果たしてどのくらい持つのか」
「それがわかるだけ大したもの」
ルナティカと、一歩前に出た梔子が無感情に言い合う。その様子を、固唾を飲んで見守る他の者達。先に口を開くのは梔子。
「2つ程聞いてもいいだろうか?」
「なんだ」
「私達を殺す気はあるか?」
「殺してもいいし、殺さなくてもいい。どの道お前達では私を殺すことは無理。それにそこの楓を殺せば、リサとの約束に違反する」
ルナティカが抑揚のない声で言い放つ。梓などは完全に馬鹿にされて悔しそうな顔をするが、それで実力差が覆るわけではない。
さらにルナティカは淡々と続ける。
「もう一つは何?」
「いつから私達の接近に気がついた?」
「お前達が丘を越えた時から」
ルナティカが言った丘とは、ここの森からさらに遠い場所。ちなみに町からは5kmはゆうにある距離だ。
「不可能だっ! そんな遠距離からなど、センサーですら聞いたことが無い!」
「それはそうだ、私以外の誰にもできないだろう。少なくとも、まだ私は出会ったことが無い」
梓が思わず口をついて出た言葉にも、ルナティカは冷静に返した。熱くなる梓の傍では、梔子が目を一度閉じ、数瞬の後すぐに開いた。
「なるほど、よくわかった。ここは我々が一度引くことにしましょう。それに、アルネリアにも来るといいでしょう」
「梔子様!?」
口無し達は驚いたが、梔子が手を空にかざすとざわめきもぴたりと止まる。
「撤収」
その一言で、風のように口無し達は消えた。残ったのは梔子と楓、それにルナティカだけである。
「楓」
「・・・はい」
楓はおずおずと答えた。
「任務は変更なく続行する事。期限はミランダ様がアルネリアに到着するまで、追って詳細は連絡する。復唱」
「楓は任務を続行いたします。期限はミランダ様がアルネリアに到着するまで」
「よろしい」
それだけ言うと、梔子もまた姿を消した。後には意気消沈した楓と、ルナティカだけが残る。
「私を笑ってください」
「なぜ」
楓がぽそりと呟いた言葉に、ルナティカが反応する。
「無様極りません。私は弱くなった」
「私にはわからん。ただリサは心配していた。楓の行く方向に近づく者が多数いるとリサに告げると、リサは楓を護るように私に言った。必要はなさそうだと言ったのだが、念のためと言われた。それだけだ」
ルナティカはそれだけ告げると、その場を後にした。後には複雑な感情から涙目になった楓がただ一人立ちつくすのであった。
***
そんな楓と対照的なのはこちら。
「あーはははははは! 面白いわね、貴女!」
「ククククク、全くだ」
「お褒めにあずかり恐縮だわ!」
賭場で散々儲けたミランダとロゼッタは酒場で盛大に飲んでいた。その際、酒場で景気よく隣で飲んでいる傭兵らしき女性と意気投合し、3人でさらに盛り上がっているのであった。
女性は標準的な茶色のショートカットだが、鮮やかな直毛が照明の光を反射させ、とても艶やかだ。身長はミランダくらいであり、簡単な皮の胸当てにパンツ姿のラフな格好だった。年の頃はエアリアルくらいだろうか。さっぱりとした活動的な女性で、前面にそのお転婆ぶりが出ているが、大人しくしていれば美人と言っても差支えないだろう。その割に旅慣れはしている雰囲気であり、世長けてもいそうだった。そして何より性格が明るい。
「でね、でね! その時のおっさんが傑作でさぁ」
「なんだ、またハゲの依頼主だったのか?」
「それが今度はハゲてはないけど、これがデブでね。頭にちょこんと小さい帽子を乗っけてんの! 正直ダサい事この上なかったんだけど、本人はおしゃれのつもりなんだろうし、雇い主に面と向かって『ダサいぞおっさん』とは言えないでしょう?」
「くっくくく、確かにな。それで?」
「でもどうしても今までの経験上、髪の毛が気になってしょうがないわけ。そこで『何か肩についてますよ?』って言って、近づいて偶然のふりしてその帽子を取っ払ったわけ。そしたら・・・」
「そしたら?」
「帽子の部分だけがハゲだったのよお!」
「「アッハハハハハハ!!」」
ロゼッタとミランダがテーブルを叩いて笑っている。酒の席でもなければそこまで面白い話ではないかもしれないが、しこたま飲んだ2人は、もはや箸が転げても面白い状態である。
「ぼ、帽子で蒸れたのかしら?」
「最初からそこだけ薄かったんじゃない? だって給仕いわく、段々帽子が大きくなっていったらしいから!」
「ギャハハハ! 全然隠せてねぇ、それ!」
爆笑するロゼッタがバランスを崩して後ろにひっくり返ったが、それでもロゼッタは笑っていた。
「それでね、やっぱり私も笑っちゃったわけ! だって、全ハゲ、円形ハゲ、蒸れハゲと一通り経験したわけじゃない? だけどそのデブハゲ、カンカンでさぁ」
「そりゃそうだ。んで?」
「報酬ももらえず、逆に追い回されているわ。仲間にもひとしきり怒られちゃって」
「んで、ばつが悪いから傭兵団から逃げてきたと。ヘタレだな、お前!」
「うるさいわねぇ!」
「アハハハハハ!」
酒の席は宴もたけなわである。テーブルの上には空になった酒が山と積まれ、店主が目を丸くしている。女性がここまで酒を飲むのは珍しい事なのだ。それだけ宴席が盛り上がっていたのである。
「ところで、さっきの中原の話に戻るけどさぁ」
「ああ、戦争の話ね。そんなの面白くも何ともないでしょうに」
女性がつまらない話しを思い出したとばかりに、カラカラとグラスを回す。ところが、そんな酒場の与太話と同時に語られる事実は、後に大きくアルフィリース達にも関係する事実となるのだった。
続く
次回投稿は7/28(木)14:00です。