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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
269/2685

天駆ける乙女達、その1~平和な旅路の影で~

***


 アルネリアで不穏な出来事が続く中、アルフィリース達の旅は順調であった。大陸東部の文明圏に入ってからというもの街道は整備されているし、今まで魔獣や得体のしれない原住民が闊歩する大草原や沼地を突っ切ったことを考えれば、アルフィリース達の旅は平凡そのものと言ってもよかった。

 特に急ぐ旅というわけでもないので、かつて中央街道を少し旅した時のようにアルフィリース達は街道警備隊や、あるいは旅の傭兵や商人から最近の情勢を聞きながらのんびりとした道のりを進んでいたのだった。もちろんアルフィリースの行動は新たな仲間の勧誘や、傭兵団の売り込みも兼ねているわけだが、仲間に加えてもよさそうな人物にはそうそう出会わなかった。


「少なくとも、エアリアルやロゼッタとはいい勝負ができないとね」

「そいつは難しいね。応募してくる奴も大変だ」


 ロゼッタがからからと笑う。実際に旅の最中にも参加したいと申し出た者はいたが、大半はアルフィリース達がほとんど女性だということに下心を抱く者で、すべからくそういった者達はエアリアルやロゼッタにひどい目にあわされて追い返された。


「でもアルフィ、傭兵団に必要なのはそれだけではないのですよ?」

「わかってるわ、リサ。団の運営や裏方をする人間、あるいは戦術家、魔術士も欲しいわ。他には偵察なんかが上手い人もいてもいいかしら」

「よく考えているじゃないか」


 ロゼッタが頷いている。


「アタイも実は傭兵団を作ったことがあるんだが」

「一昨日の夜出た話かしら? ちょっとだけ聞いたわね」

「その話の続きさ。作ったはいいが、1年と持たなかった。団を維持する上での金策ができなくてね。意外に金がかかるのさ。アタイはその辺の細かい事は苦手でさ」

「大雑把ですものね、デカ女二号は」


 リサが嫌みを言ったのでロゼッタはリサを小突こうとしたが、リサはいつものようにひょいとかわす。いつぞやのアルフィリースのようにロゼッタも苛立ちが募るばかりだが、負けじとロゼッタも言い返す。


「こう見えても老後はしっかり考えてるんだ、アタイは! ちゃんと貯蓄もしてるんだぞ?」

「ほほう、ではその金を傭兵団建設のために差しだしてもらいましょうか」

「冗談じゃない! そこまでする義理はないね。もっとも・・・」


 ロゼッタは吐き捨てるように入った直後、アルフィリースの方を見て意地の悪い笑い方をする。


「アルフィがアタイの面倒を全部見てくれるって言うのなら、話は別だけど?」

「どういうこと?」

「こういうことだよ」


 ロゼッタがアルフィリースの肩に腕をまわして、耳に息を吹きかける。アルフィリースは突然の出来事に、思わず「わひゃあ!」などと奇妙な声を上げてしまった。街道を通る人達が、何事かと彼女の方を振り向く。


「な、何するのよロゼッタ!」

「いやあ、アタイの事を愛人にでも何でもするのなら、金くらい差し出してもいいかなって思ったわけさ。実際アルフィリースには一度負けて、何でもするつもりでいたわけだしね。それにこう見えても、アタイは尽くすタイプなのさ」

「女同士じゃない!」

「関係ないさ。アタイは男でも女でもイケる口だ」


 ロゼッタがアルフィリースをからかっているわけだが、顔を真っ赤にするアルフィリースに、ロゼッタはさらに追い打ちをかけようとするが、背後から凄まじい殺気を感じる。


「ロゼッタ・・・」

「ラ、ラーナかい」

「愛人の座は簡単には譲りませんよ?」

「そうか、思わぬ強敵がいたね」

「そんな座は元々ないからっ!」


 アルフィリースが顔を真っ赤にしながら叫んだが、もはや2人は聞いていなかった。


「ふん。百戦錬磨のアタイに技術で勝てるつもりかい?」

「そちらこそ見くびらないことです。明るい場所、地上での取っ組み合いなら私に勝ち目はないでしょうが、夜、床の中で淫魔の血を引く私に勝てるとお思いで?」

「ざけんな、体の迫力ではアタイの方が上だ」

「大きければいいといいうものではありません。相手が威圧感を感じる場合もあるでしょう」

「そんな細っちい体で、体力が持たないんじゃないのかい? 相手が一晩中求めてきたら?」

「やりようはいくらでも。そんな体力任せのしとねなど、殿方が疲れるだけです」

「言うじゃないか! 今度白黒つけるかい?」

「私の勝ちは決定していますが、ロゼッタがその気なら受けて立ちましょう」


 馬の上で言い争う二人に、ミランダが割って入った。


「はい、そこまで~」

「なんだ、いいとこなのに」

「ここが街道のど真ん中ってことを忘れないように。皆こっちを見てるわよ?」


 ロゼッタが周りを見回すと、周囲が慌てて目をそらす。その光景を楽しそうに見回すロゼッタだが、リサが一つため息をついた。


「ヤレヤレ、これではアルネリアに着くころにはよからぬ噂が広まっているかもしれませんね・・・」


 リサが「処置なしだ」とでも言いたげに、首を横に振るのだった。


***


 アルフィリース達が宿を取ることにしたのは、ハドルという町だった。そこそこに人口も多く、旅支度には困らない大きさの町である。この調子なら、アルネリアまで10日もかからないであろう。

 町に着くと、全員が思い思いの場所に出掛けて行った。アルフィリースとリサはルナティカを伴い、大きな物品の買い出しのためエアリアルの馬を荷台代わりに連れて出て行ったし、ラーナはユーティとエメラルドとインパルス、エアリアルを連れて小物の買い出しと衣類や武具の修繕のために出て行った。

 楓は用事があるとかで別行動を取ったし、ミランダとロゼッタは情報収集を名目に飲みに出かけた。気の合う二人はきっと賭場にも行くのだろう。最初はシスターであるミランダが賭場になどと止めていたアルフィリースも、最近では諦めたようだ。頼むからそれ以上変な所には行かないでくれと願うばかりである。そしてグウェンドルフとイルマタル、ダロンは留守番である。


「ダロン、巨人族の最近の様子はどうなんだい?」


 グウェンドルフがダロンに話しかける。イルマタルはアルフィリースが寝かしつけてから出掛けたので、静かなものだ。普通は幼竜でもここまで睡眠は取らないのだが、急激な成長をしたイルマタルはまだ本来なら人型も取れないはずなのである。

 その反動なのか、彼女はかなりの時間を睡眠に費やしていた。それでも人型を解除する事はほとんどないのだから、もはや自分を半分以上人間だと思い込んでいるのかもしれない。これは正直言ってあまり良い傾向ではないとグウェンドルフは思いつつも、幼子の意志を自分が捻じ曲げるのもどうかと思い、好きにさせていた。また自分も、そういえば若い頃は好き勝手をしたものだと苦笑すらするのだ。

 そんな中で、ダロンは体に見合わぬ静かな声で答えていた。


「特に変化はございません。巨人やエルフは元来変化を嫌う種族ゆえ」

「そうか。もう1000年近く北の大地にも顔を出していないからね。クローゼスの言った事も知らなかったし。やはり私は良い真竜とは言えないようだ」

「俺にはなんとも言えません。真竜である貴方様の行動を判じるなど、恐れ多い事ですから」


 ダロンは恭しく頭を下げる。巨人やエルフは人間以上に真竜を敬う種族である。ダロンも表面には出さないものの、心中ではかなりの敬意をグウェンドルフに払っていた。グウェンドルフもそうと感じつつも、敬意を払われるのはどうにも苦手なため、どう接していいのかわからずにここまで過ごしてきたのだ。


「そうか、では北の大地は平穏かい?」

「とは言い切れないかと」

「それはどういった意味で?」


 意外な返事に、グウェンドルフが目を細める。ダロンは相変わらずゆっくりと答えるのだが。


「北の大地は魔物も含めた生物が、きちんと棲み分けをされた土地です。環境が厳しいゆえにどの生物も生きるのに必死。無駄な争いに力を割く余裕はりません。たまに集団からはぐれた生き物が他と接触する事はありますが、基本的にはそれだけ。我々の集落にも、年に一度来訪があればいい方でした。それが」

「それが?」

「俺が里を出る直前まで、色々な生物の襲撃が相次いでいました。多い時など、10日と空けず」


 グウェンドルフの顔が翳る。それは純粋な心配をすると同時に、自分の不明を恥じるようでもあった。


「原因はわかるかい?」

「わかりません。元々俺達のそのような事はどうでもいいし、俺達はただ自然と共に生き、滅びる。例え里が魔獣や魔物の襲撃により滅びようとも、それが自然の定めた意志によるものならば従う者が多いでしょう」

「だが君の妻の様に、それを良しとしない者もいる」

「その通りです」


 ダロンはその言葉で黙り込んだ。沈黙が部屋を包むが、あるいはどこかにいる彼の妻に思いを馳せているのかもしれない。

 しばしの沈黙の後、ダロンがゆっくりと口を開いた。


「これは俺の考えなのですが・・・」

「? 何だい?」

「里を襲撃した魔物や魔獣が自発的に動いたのではないとすれば・・・あるいは棲み処を追われたのかも」


 ダロンの言葉は根拠のあるものではなかった。だがそれが最も真実に近いものなのではないかと、不思議とグウェンドルフは確信めいた感情を抱くのだった。


***


 一人別行動を取った楓は、町から出て森の中を歩いていた。本来なら一度アルネリア本部に戻っても良かったのだが、ロゼッタやルナティカが仲間になったことを報告すると、「そのまま同行して監視を続けるように」との指示が来ていた。だがその指示を聞くたびに、どこか心の中で安心している楓がいるのだった。


「あまりにもあそこは居心地がいいから」


 楓はぽそりと呟く。命令とあれば友人ですら手にかけねばならぬ忍の者とはいえ、今「アルフィリース達を殺せ」と仮に命じられれば、躊躇い無く実行できるかは非常に疑問だった。このままでは自分は口無しとして駄目になると、楓は最近思うようになっていた。

 そんな事を考えていたからか、楓はいつの間にか背後を取られたことに気がつく。


「あっ」

「楓、たるんでいるのではないかしら?」


 後ろには上司である梓が立っていた。背後から喉に刃物を突き付けつつも、楓の肩に優しく手を置く。


「私が敵なら死んでいるわ」

「・・・申し訳ありません」


 楓がしょぼくれるのを見て、ふう、と一つ息をつく梓。


「一体どうしたのかしら。貴女がそこまで油断するなんて」

「言い訳はいたしません。ですが、梓姉さんが直にここに来るなんて、一体どういった風の吹きまわしですか?」

「報告にあった暗殺者の事が気になってね。必要があれば私達が処分するために来たのよ」


 楓が気がつけば、周囲にはさらに多数の気配があった。暗殺などを主に請け負う、口無しの実行部隊である。


「これは」

「アルネリアに得体のしれない者を入れるわけにはいかない。事前に手を打つのは当然でしょう?」

「ですが、そんな事をすれば皆が悲しみます!」


 楓は反論したが、その時自分を射抜くような殺気を楓は感じて身がすくんだ。後ろに、さらに大物がいる。



続く

次回投稿は、7/27(水)14:00です。

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