終戦、その69~発動と覚醒㊿~
神殿騎士団の仲間がいなければ、割って入っていたに違いないほどには凶暴だった。
統一武術大会でもそうだったが、危険な男だとダロンはアリストを警戒していた。大会の最中よりも戦場の方が生き生きとしている。そう感じるほど、アリストの目には力が宿っているように思えた。
本能が危険を訴える。この場でこの男の真意を確かめておいた方がよいのではないだろうか。戦士が問いかけるのならば、戦いがもっともよい。もちろんイェーガーに所属する自分が神殿騎士団につっかければそれなりに問題にはなるだろうが、今なら戦場の狂気として誤魔化すことができるかもしれない。解雇はないにしても、謹慎と減俸程度で済むのなら、今仕掛けるべきだとダロンが一歩踏み出したその瞬間、再度地面が爆音で揺れた。
それだけではない。不動の巨岩に例えられるダロンが、膝をついたのだ。見れば、足元が傾いてきていた。先ほどの爆音で、あるいはその下にある何かの活動で、この第三層の地面が傾いたのだ。
冷静で鳴らした神殿騎士団にも、動揺が走った。
「アリスト殿、猶予がありませんぞ!」
「そうですね、各員すぐに動きましょう。この第三層は放棄、すぐにでも撤退を開始します。要救助者は最小限に!」
「待て、そなたらは我々を援護に来たのではないのか?」
ダロンの言葉は、あるいはミリアザールやミランダに近しい者にしかわからない発言だったかもしれない。アルネリアがアルフィリースの援護を、あるいはイェーガーに対する庇護を行うなど、公にはされていないからだ。神殿騎士団といえど、どこまでそれが浸透されているのか。アルフィリースの懸念もまさにそれで、第三の門に押し寄せるアルネリアは本気なのかそうでもないのか、常に測りかねていた。
だがアリストほどの腕前と責任感ならば、それも知っているかと思われていたが、アリストはなんとも言えない無機質な視線でダロンを値踏み仕方と思うと、つぃと顔を背けた。
「・・・犠牲を払ってまで、とは思いませんね」
「そうか」
命令を知らないわけではないが、どこまでやるかは厳命されていない、ということかとダロンは受け取った。あのミランダが下すにしては中途半端な命令かとも思われたが、それともアリストが現場の指揮官としてそう解釈しているだけなのかは、なんとも判断できなかった。
ダロンはしばしその場を足早に去る神殿騎士団の背中を見送りながら、別の方向に歩き出した。当然ミレイユやグレイスは神殿騎士団と行動を共にしたが、ダロンの行動を不思議そうに目で追いながらも声をかけてはこなかった。ダロンとて本当ならば彼らと脱出したかったが、体がまだ言うことを聞かないことを悟られたくはなかった。
戦闘の隙を知られること、とくに奥の手の弱点を知られることは致命的である。ダロンは全力を出せばミレイユと互角に渡り合えると思わせただけでも成果はあったと考えていた。それに、まだこの第三層で戦う仲間を置いてはいけないとも考えていた。
そのダロンの元に、空から飛来音が聞こえてきた。顔を上げると、空から人間が落ちてくるではないか。このままでは首の骨を折って死ぬところだったが、ダロンがぎりぎり手の届く範囲で捕まえることができた。大剣を握りしめたままの女を怪我なく受け止めることができるのは、巨人のダロンをおいては他にいなかっただろう。
捕まえた女には見覚えがなかったが、精霊が囁くように心配する声が聞こえたような気がした。久しく里を離れてからはなかった感覚だ。全身が燃えたように焦げており、衣服すらぼろぼろで隠さなければいけない箇所も怪しいものだが、かろうじて息はあるようだった。
そういえばアルネリア側の援軍に、かつての炎の勇者を呼んだのではという話があった。アルフィリースと共に王宮で軟禁状態にあったダロンにはそれ以後の情報はなかったが、まさか彼女がそうだろうかと見当をつけた。
「そなた、精霊騎士――いや、それに連なるものか。炎髪姫シルメラで間違いないか?」
「だったらなんだ・・・そう言うテメェは、巨人族か。まさか、イェーガーか?」
「千人長の一人、ダロンだ」
「なら敵か――いや、この際誰でもいい。これだけ誰かに・・・できるならアルフィリースに伝えろ」
女が震える手でダロンの胸倉を掴んだ。腕が今にも千切れそうなくらいぼろぼろのわりに、思いのほかその力は強い。
「ヴラドは言った、カラミティを倒すだけではすむまいと。この戦いすら嘲笑っている奴がいる、そいつらを見つけ出せと。そいつらの尻尾を掴んだ」
「誰だ?」
「相手は――知らん。だがイークェスを問いただせばわかるはずだ。奴の主がきっと全ての元凶だ」
「わかった、と言いたいが、生憎と頭を使うのは苦手でな。できれば傷を治して正確にアルフィリースに伝えてくれ」
「じゃあまずは生き延びてみせろ・・・ここはじきに崩れるぞ」
「わかっている。少々荒く走り通すが、なんとか、持ちこたえろよ?」
ダロンはシルメラを抱えて走り始めた。走って逃げたのではもはや間に合うまい。間に合うとしたら、脱出路は限られている。ダロンは竜舎に向けて、全力で駆けだしていた。
続く
次回投稿は、5/23(木)12:00予定です。