終戦、その68~発動と覚醒㊾~
「な、なんだぁ!?」
「・・・あれは魔術か? それにしては規模が大きい」
ダロンが構えを解いて見上げるのも無理はなかった。その場にいた全員が衝撃に揺らされ、体勢を崩すほどの衝撃だったのだ。見えたのは、建物のはるか上に立ち上がる爆炎。少し離れた場所だったとして、貴族たちの館の倍はあるだろう高さにまで爆炎が到達していた。
思わず誰もがその爆炎を茫然と見上げ、嘆息してしまう。
「アルフィリース団長か? いや、違うな」
「なんでわかるのさ」
「あの爆炎の規模では、周囲も自分も巻き込むだろう。俺たちの団長は周囲を巻き込むような戦いはしない」
「ふーん、そうなの?」
「それにだ」
「うん?」
「あの爆発に耐えられるほど、団長は頑丈でもなかろう。というか、普通の人間は耐えられん。どこから放ったかは知らんが、あの規模なら術者もただではすむまい」
「なるほど」
ミレイユは納得した。この爆発の衝撃で、建物の窓は全て割れるほどの衝撃が走った。一部谷では雪崩が発生し、この足元も地盤が揺らぐほどの打撃を与えたことをミレイユは感じていた。
戦いを中断したくはない。だが、足元がなくなってまで戦うほど愚かでもなかった。それに、今はブラックホークの団員なのだ。その役割と、ベッツの言葉を忘れるほど愚かでもない。
「あー・・・仕掛けておいてなんだけど、ここいらで手打ちにしてもいいかなぁ?」
「納得はしがたいが、双方の手足がなくなってからよりはマシだろう」
「いつかまた、やってくれると嬉しいけど」
「尋常な勝負なら受けてたとう。妻の友人を傷つけるのは趣味ではない」
ダロンの冷静な言い方に、ミレイユは戦士としての格を感じた。経歴はともかく、格は相手の方が上だと感じたのだ。
「なぁ、あんた」
「ダロンだ」
「ダロン、どうやって己の中の獰猛さに折り合いをつけた?」
「折り合いなどつけてはいない。たまにこうして発散しないと、ひどいことになる」
「たまに?」
「巨人の性は暴虐だ。だが俺の団長はそれも含めて巨人族で、俺だと言った。だからこうして戦場を用意してもくれるし、鬱憤がたまると時に自ら相手してくれる時もある。だがそれだけではなく、建設的な依頼もこなすように指示される」
「建設的な依頼?」
「造園や、建築業。何かを造る依頼は、巨人族に優先的に回される。どんな種族、気性であれ、決して戦い一辺倒にはしないのが俺たちの団長だ」
ミレイユは首を傾げた。そのような依頼はブラックホークにはない。ただひたすらに戦い、敵を駆逐する。魔王が跋扈するこの時代、敵には困らないのだ。高難度な依頼は、引きも切らない。
だがアルフィリースはそのような依頼をイェーガーの仲間が受けることを、制限した。
「巨人族は特に依頼を制限されている。戦いとそれ以外でおおよそ半々だ」
「納得しているのか?」
「納得できない者は去った。だがそのような者は、須らく早死にした。今ではそれが皆、わかっている」
「ダロン、その体格で園芸をやるのか?」
「傍目には滑稽だろうが、思ったよりも悪くない。そちらにもお薦めする」
にやりと笑って見せたダロンを見て、ダロンが小さな花壇に四苦八苦しながら花を植えている場面を想像すると、ミレイユは小さく噴き出してしまった。もうダロンと戦おうという気は、すっかり失せていた。
「そうか・・・あんたの団長、面白そうだな」
「それならば、確実だと保証する」
「もうちょっと早く知るべきだったかなぁ――」
「なぜだ?」
「いや、こっちの話だ。ワタシにも契約があるからな」
「契約が満了すれば来ればいい。ブラックホークからの引き抜きも検討しているようだったぞ?」
大胆なアルフィリースの発案に、思わずミレイユは声に出して笑っていた。大陸最強の傭兵団から、まさか人材を引き抜こうと考える傭兵がいるとは。どのような提案があるのか、聞いてみたくなった。
そのミレイユに、アリストが声をかけた。
「話がついたようでしたら、我々は何が起きたかを確認しに向かいます。できればブラックホークの方々には、撤退を合従軍に促してほしい」
「ワタシたちが言って聞くか?」
「いえ、もう始まっているでしょうから最後の一押しをいただければ。それにどのみち、殿軍は必要なので」
「それを神殿騎士がやろうってのか。損な性分だな」
「まぁ、職業病というやつですね」
アリストの言い訳に、ダロンは「そうではあるまい」と内心で毒づいた。さきほどのミレイユとダロンが戦っている最中にも、無視できぬほどの凶暴な殺気を時折放っていたことに気づかぬほどダロンは鈍くはない。
続く
次回投稿は、5/2(木)12:00頃予定です。