終戦、その67~発動と覚醒㊽~
「デカいくせに反応いいなぁ、おい!」
「・・・シッ!」
下なめずりするミレイユの鼻先を、ダロンの大剣が通過した。当たれば見目の良いミレイユは欠片も残らない恐怖の一撃。それを長耳含めて仰け反りながら、通り過ぎる大剣の傷すら数えるほど余裕で躱すミレイユ。
生死を分ける緊張感の中で、ミレイユの集中力が研ぎ澄まされつつあった。
「いいぞぉ、もっとくれよ!」
仰け反った体勢からどうやったものか、ぱぁんと弾けるように跳ね起きた勢いそのままにダロンの横を通り過ぎざま、針のような七連撃を浴びせて再び距離を取るミレイユ。それでも動かない巨岩のようなダロンを見て、ミレイユのステップが変化した。
「手での打撃は意味なしだねぇ。足だけに絞るかぁ」
ミレイユの歩法が速度重視から幻惑重視へ。不安定な足元すら、逆に特徴的な歩法に変化させてみせる器用さ。ゆらゆらと揺れるようにまるでミレイユが何人もいるかのように幻惑し、半ば狂戦士と化したダロンの攻勢が一瞬止まった。その隙を見逃すミレイユではない。
「脇ががら空きぃ!」
アリストは我が目を疑った。まるでミレイユの足が多足類のように何本にも分かれ、同時攻撃を行ったように見えるのだ。アリストの目で確認できる範囲で、10発以上の攻撃が命中すると、そこまで不動だったダロンの体が初めて揺れた。
「あれは――早いだけではなく、複数の打撃を使い分けているのか?」
「目がいいね、神殿騎士殿。ミレイユの攻撃は武器でいうところの斬、突、打を全て四肢で再現して見せる。本人は刃、錐、錘って言っているけどね。加えて払いも合わせて、最高集中の時にミレイユに触れる人間はそういるものじゃない。技術で勝てるのは団内ではベッツだけさ。今のはおそらく、全ての攻撃を同時に当てて、どれが一番効くか調べている最中だろう」
その言葉のとおり、ミレイユの攻撃が冴えわたっていく。幻惑しての攻撃から、まるでダロンの攻撃を見切ったとばかりに徐々に速度でゆさぶる。その合間に響く、乾いた高い音。アリストが見れば、ダロンの膝関節周辺が見る間に腫れあがっていた。
アリストをしてミレイユの動きは目でなんとか追える程度だが、その中でもミレイユが凶暴に笑っているのがよくわかった。
「どれだけ頑丈でも痛みを感じなくても、関節が腫れれば動けないよねぇ?」
ミレイユの攻撃が凶暴さを増す。その場から動けなくなったダロンの攻撃が空を切り、ミレイユの「刃」による流血が増えていく。血が流れれば焦り、徐々に動きが鈍くなるのは道理。ダロンの攻撃が鈍ったのを確認してミレイユが決めに出ようとした瞬間、当たるはずのないその鼻先をダロンの戦斧が掠めていった。
驚いたミレイユが一度攻勢を止めダロンの足元を見ると、ダロンが急激に方向転換をして、一歩を大きく踏み出していたのだった。
そんなことができるはずがないとダロンの膝を確認すると、ダロンの膝から激しい流血があった。動けなくなって無茶苦茶に武器を振り回しているように見せて、その実自らの膝を攻撃して血抜きをして動けるようにしたのだ。
一撃逆転を狙った、九死に一生の強引な策。ミレイユの背筋に電撃が走った。
「アハハハッ! マジでイイ男だなぁ、グレイス! ぶちのめして生きてたら、数晩借りるぞぅ!?」
「三月ウサギ! 悪癖が過ぎるよ!」
「うるさいね、昂ぶるんだからしょうがないでしょ! こんな戦いできる男、見逃す手があるかよぉ!」
「・・・悪いが、妻以外の女は不要だ。押し倒される趣味もない」
狂戦士と化していたはずのダロンが、突然言葉を発した。頭を振って払われた血が周囲に血飛沫をまいたが、丁度良い血抜きになったようだ。
冷静さを取り戻したダロンの瞳が、冷静にミレイユを射貫いた。射貫かれてミレイユが背中に感じたのは、電撃ではなく氷を敷き詰めたような感覚だった。一度熱してから、冷静になった時が一番怖い。最適な選択を最高の状態ですることになるからだ。
ミレイユが油断なく、ぽぉんと軽く舞って歩法を再開した。
「・・・マジで、腕か脚の一本は覚悟だね、こりゃあ」
「引く気はないのか?」
「ないね。極上の獲物を前にして戦わずして退くのは、戦士として死んだも同然だろ。最高の戦いの後に、旨い酒と適度な男。それがあればワタシの人生は満足さ。安寧や命の安全なんて、もっての他だね!」
「そうか、その気持ちがわからないでもない。ならば仕方あるまい」
ダロンがだらりと腕を下げて構えた。ミレイユの攻撃から反撃をするには、構えるよりは自然体の方がよいと感じたのだろう。
次の攻防で決着がつく。満身創痍はダロンのようだが、一撃入れば形成が逆転することはわかっている。徐々に周囲の空気が2人めがけて収縮するような緊張感が場を支配し、次の音が合図になる。それがわかっているから、誰もが息を殺してその瞬間を待っていたが――その合図は思わぬ轟音と衝撃だった。
続く
次回投稿は、5/1(水)12:00予定です。