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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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終戦、その64~発動と覚醒㊺~

「ダロン・・・どうしてここに?」

「やはり、君か」


 ここまで同じ戦場で味方として、あるいは敵として会話をする機会すらなかったのは変な話だと思っていた。互いに所属する傭兵団の主戦力であり、また目立つ体格、容姿をしている。どこかで話し合うこともあるだろうと思っていたからこそ、あえて会いに行くこともしなかった。

 そもそもがすれ違いであったことも、巨人族の里を飛び出てからグレイスは何度も後悔していた。ダロンが悪いわけではない。むしろ彼は自分の行動に理解を示してくれたし、巨人族で一番の戦士でありながら保守的ではなく、どちらかというと革新的な考え方をしていた。強く、荒々しく、それでいて温厚で理性的な振舞いを忘れない。そんな彼に惹かれて妻になったのに、話し合いが足りない短気な自分を恥じていた。

 自分が必要以上に頑なであることは理解しているつもりだ。だからこそ、今更引くわけにはいかない。まだ何も成し遂げていない。そうグレイスは考えていた。


「ダロン、何の用? イェーガーはローマンズランド側についたはず。であるなら、私たちは敵同士のはずだわ」

「その通りだが、もはやそんなことを言っている場合ではない。双方今すぐ、ここから撤退すべき状況だ。そちらにはまだそういった指示はないのか?」

「ないわ。何を根拠にそう言うの?」

「カラミティが――そう言ってもわからないだろうな。地鳴りと戦場に渦巻く気配、それに戦士の勘がそう告げていないか?」


 そう言われてグレイスが最初に感じたのは、なぜか腹立たしさだった。自分だっておかしいと感じていないわけではない。だが雇われて戦場にいる以上、自ら撤退するのは傭兵としての戦歴に傷がつく。命令があるまでは戦場にとどまらなければならないし、何よりミレイユを放置して暴走させると何が起こるかわからない。

 そう頭では考えているだけに、いまだ撤退の準備をしていないことを「戦士としての勘が不足している」と指摘されたように思えてしまった。その根底には、ダロンに対する劣等感があることを、グレイスは思い出してしまったのだ。


「――たとえそうだとして、命令もないのに撤退するわけにはいかない。どうしても退かせたいのなら、私を打ち倒して見せなさい!」

「・・・正気か? 夫婦どうしで戦う必要がどこにある?」

「その賢しい態度が時に腹立たしいことを、たまには自覚なさいな!」


 グレイスは地面を蹴ってダロンに襲い掛かった。体重の乗った大上段の一撃を、ダロンはあっさりと受けていなしてみせる。

 その手ごたえの違いに、グレイスの脳裏に鮮やかな記憶が蘇る。巨人族最強の戦士と言われたグレイスだが、それはあくまで鍛錬の上でのこと。そもそも技術ではダロンよりも自分の方が上であるとは思っていたが、人間たちとの手合わせの中で相当研鑽を積んだのか、ダロンの技術が桁違いに上がっていた。

 もしそうなら、自分に勝ち目はない。なぜなら、ダロンが本気で戦ったのは人生で数えるほどしかないことを、グレイスは知っている。本気のダロンの相手は、あり余る膂力の前に全て肉片に変えられる。野生の獣からも、味方からも畏怖された極寒の大地の王者。それがダロンという戦士だったのだから。

 一合でわかる相手の実力。ダロンとてそれは同じはずだからこそ、目を見開いていた。それでも刃を収める気はないのか、と。しばしにらみ合う2人だが、グレイスの本気を感じ取ったのか、ダロンが小さくため息をついた。


「・・・本気、なんだな?」

「私はいつだって本気だわ! まだ何も成し遂げていない! 争いを好まないばかりに段々と生活圏を追われて僻地に追われていく巨人族の立場を挽回することも、私の戦士としての誇りを取り戻すことも。いくらヴァルサスが強いとはいえ、人間族にやられっぱなしでは恰好がつかないのよ!」

「それは建前だ。君は昔から短気だったからな、君はただ暴れたいだけだ。言ってしまえば君が一番巨人族らしい気性の持ち主だとも言える」

「そうやって、また馬鹿にして!」

「馬鹿にしてはいないのだが・・・むしろ羨ましいと言っている。そういう素直なところに惚れたのだから」

「え?」


 唐突な告白にグレイスの剣先が揺れる前に、ダロンから殺気が膨れ上がった。人がいなくてよかったと思う。今ここに人間がいれば、ダロンの殺気に当てられて気絶する者が出ただろう。

 ダロンが大剣と戦斧を構えた。ダロンの本気がその二振りであることを知る者は多くない。僻地の巨獣の群れを100体以上屠った時のことを知る者など、わずかしかいないのだから。

 グレイスは胃が縮み上がるような思いだった。本気のダロンと対峙した時の圧力は感じたことがなかったからだ。ヴァルサスの殺気は例えるなら鋭い刃だが、ダロンの圧力は自分めがけて落下してくる山崩れのようだった。

 ダロンが長い呼気を吐いた。そして聞いたこともない低い声で唸るようにグレイスに言った。


「我が妻よ、どうか死んでくれるな。そして願わくば、俺の理性が残っている間に降参してくれ」

「何を馬鹿な――」

「巨人族の流儀でいくとしよう。では、参る」


 ダロンが自分に向かって地面を蹴った様はまるで巨岩が自分に向けて突撃してくるようで、グレイスは初めて巨人の里を出てから戦いに恐れを覚えていた。



続く

次回投稿は、4/19(金)12:00頃です。

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