傍らに潜む危機、その8~再び、潜む~
そしてブルンズが扉を閉めた音を合図に、再び部屋の中では死闘が繰り広げられる。3人がかりで戦っても、連携次第では必ずしも良い方向に作用しないわけだが、ジェイク、ミルトレ、マリオンの3人はよく剣の練習をする仲である。完璧とは言えないまでも、即席にしてはかなり上手く連携をこなしていた。ミルトレが斬りかかり、マリオンが間隙を埋め、ジェイクが虚を突く。正規の神殿騎士でも苦戦するであろうこの戦い方に、執事は難なくついて来ていた。
「く、そ!」
「当たらないっ」
ミルトレだけでなく、マリオンにも焦りが見える。通常騎士は人間を相手にする時の戦い方を学ぶが、神殿騎士団候補であるグローリアの生徒は、魔物・魔獣との戦い方を中心に学ぶ。魔獣や魔物は人間よりはるかに優れた身体能力を持つ者が多いが、彼らにも弱点はある。
それは人間ほどの精神的構造の複雑さを持たない事。魔獣は次にどうするなどの行動が表情からすぐに読めるし、攻撃の予兆が多い。攻撃の予兆をわざと変えたり、消し去るなどは人間固有の能力であろう。もちろん人間型の魔物を別にすれば、であるが。だからグローリアの生徒は魔物に限らず、相手の攻撃を読むのが上手い。それはそのまま神殿騎士団にも当てはまる。
だが目の前の執事には、次の行動に移るための予兆がほとんどない。動きが雑なためかろうじて全員が致命傷を避けているが、反射神経の勝負では結果は目に見えている。その中でも、意外な事はもう一つ。
「はああああ!」
「何をなさいますか、ジェ、ジェイクさまままままま」
金属音が6つ、7つと響く。ジェイクが執事と剣を合わせているのだった。体中から飛び出た刃と、変幻自在な関節の動きを合わせての攻撃を執事は繰り出すが、ジェイクは今やそれらを全て捌いていた。そして、あろうことか徐々に深く斬りこめるようになっているのだ。
そのことが執事にも当然わかっているのだろう。ある程度打ち合うと、自分から距離を取るようになっていた。
「(末恐ろしいな・・・戦いの中で成長するのか)」
「(これは卒業までに一本取られちゃうかもね。だけど)」
嬉しい心の悲鳴を2人が上げる中、マリオンが気づいたのは、既に限界が近いジェイクの体。このままジェイクが戦い続ける事が可能であればあるいは執事を上回るだろうが、既にジェイクの足が小刻みに震えている事を見ると、彼の限界が近いことは一目瞭然だった。
ジェイク自身もその事を理解したか、一か八かの突撃に出るべく、前傾姿勢に構える。緊張感が高まろうとする中、部屋の扉がゆっくりと、そして重々しく開いたのだった。
「クルーダスか?」
「そうだ」
ミルトレが真っ先に気がついたのだが、部屋にゆっくりと入ってきたのは現時点でグローリア一番の使い手であり、同時にラザール家の三男でもあるクルーダスだった。手には長い「刀」と呼ばれる東の大陸で好んで使われる武器を持っている。
「それを持ちだしたのか」
「ああ、必要だろうと思ってな」
クルーダスが、ずらりと剣を抜き放つ。並の刀より刃渡りは40cm程も長く、刀身も無骨なほど太い。斬馬刀とはいかないまでも、人間なら簡単に一刀両断にする武器である。これはクルーダスが特注で作らせた刀である。
刀を抜き放ったクルーダスは、ジェイク達を押しのけて自分が矢面に立つ。そしてその剣をクルーダスは上段に構え、執事と相対する。執事の方もただならぬ使い手だとクルーダスを認識したのか、体を主に彼に向けて、新たな緊張感を走らせる。
「ご、ごごごしんんぱぱぱいいいな、くくくく」
「異形め」
執事がもはや意味をなさない言葉と共に突撃する形をとった瞬間、クルーダスの構えが上段から、刀をやや引いて胸の前で握る袈裟斬りの構えに移行する。その姿のまま一歩を踏み出したクルーダスの踏み込みの速度は、異常なまでの速度だった。
ミルトレは知っている。クルーダスの恐ろしさは剣技の巧拙ではなく、その異常なまでの身体能力だということに。普段が物静か過ぎて理解されにくいが、彼の身体能力は魔獣をゆうに上回る。実戦演習を兼ねて森オオカミを狩りに行った時など、森を逃げるオオカミに背後から追いつき、そのままオオカミの首をはねた事もある。オオカミの首は、「なぜ人間が追いつける?」といわんばかりの驚きに満ちたまま、ミルトレの目の前に転がって来た。以来ミルトレはクルーダスに一対一で勝とうという気はなくなり、指揮官としての能力を高めることに専念していた。
ともあれ、抜き身の居合いとでもいうべきその異常なまでのクルーダスの踏み込みの速度に執事は反応する間もなく、咄嗟に出した刀も虚しく、クルーダスの無骨な刀に剣ごと袈裟がけに斬り下ろされた。あまりの剣圧に斬り飛ばされた上半身が空中を舞うが、クルーダスは見もしない。というより、身動きが取れなかった。二の太刀のない、一撃必殺の剣。そうでもしなければ、仕留められないとクルーダスが判断してのことであり、戦いは結果から見るほどの差はなかった。
空中を舞う執事の目には既に光がなかったが、その目が不意にぎょろりと焦点を合わせる。
「クルーダス!」
「!?」
異常を感じたマリオンが叫ぶと同時に、執事の口から飛び出た刃がクルーダスに襲いかかる。クルーダスは刃を認識しながらも、最大の一撃を放った後の彼の体は動くことができない。刃はマリオンの叫びと共に、クルーダスの命を奪わんと彼に迫る。
その時、さらに一筋の剣が煌き、クルーダスに向けられた刃は軌道を外した。
「なんと!」
「なぜそこに?」
執事の上半身をさらに斬り飛ばしたのはジェイクだった。今度こそ動きを止めた執事を足元に見下ろし、ジェイクは悠然と、あるいは呆然と佇んでいる。
だが呆然としたのは、周囲の方だったであろう。ジェイクはクルーダスが斬り飛ばした上半身をさらに叩き割ったのである。全ての流れを予測していないと出来る事ではない。
「ジェイク、今のは・・・」
「クルーダス先輩、これを」
クルーダスが何かを訪ねようとした瞬間、ジェイクがクルーダスを促した。冷静なクルーダスは自分の疑問は胸にしまい、とりあえずジェイクが促した物を見る。それはクルーダスの疑問を胸から吹き飛ばすに十分な衝撃のある物だった。
「これは?」
「なんとなくやりあってて違和感はあったんだけど・・・」
クルーダスが珍しく表情を変えるが、ジェイクもまたうろたえている。二人が見つめる物、それは執事の死体だった。
執事の死体は一見人間の様だが、決定的に足らない物があった。脳が詰まって無かったのである。その代わりに、脈打つ拳大の何かが入っていた。真っ二つになり、緑色の液体を撒き散らしながらなお鼓動を止めないその物体を、2人は何とも言えない面持ちで見直していた。
「これは何なのだ」
「俺が聞きたいよ。でも確実なのは、こいつは人間の形をしているだけで、人間じゃないみたいだ」
「どうした二人とも」
ミルトレが近づいてきたが、執事の死体を見るなりやはり絶句した。そしてさらにマリオンが続いたが、彼は驚きつつも、さらに一つの提案をした。
「この死体を詳しく調べるべきではないだろうか?」
「死体を?」
ミルトレが聞き返し、マリオンは頷いた。
「ああ。こんな奴の存在は聞いたことが無いし、実際にブルンズは彼を人間だと思っていたようだ。もしこういったものが一体でなかったら?」
「それは・・・由々しき事態だな」
「では、さしあたり学園よりも神殿騎士団に報告だな」
クルーダスの言葉に、ミルトレが疑問を呈する。
「なぜだ? 学園の方が早いだろう」
「学園にこんな奴を招き入れた人物がいないとも限らない。それよりは神殿騎士団の方が無難だ」
クルーダスの言葉に全員がはっとするが、ジェイクだけは別だった。
「大丈夫だと・・・思うけどな」
「どういうことだ?」
「それは・・・」
ジェイクが言葉をつなごうとした時に、先ほど倒した執事の死体が煙を立てて崩壊し始めた。肉の焼ける匂いに、思わず顔をしかめる一同。
「なんだ突然?」
「まさか、痕跡も残さないつもりか?」
見る間に崩れ落ちた死体は、白い泡のように分解されてしまった。もはや原型もとどめていない。この場に居合わせなかった者が見ても、何が存在していたかはわからないだろう。
「これでは調べようがない・・・」
「くそっ、徹底してやがる!」
ミルトレの悔しそうな声が部屋に響き、後に残された白い泡の様な物体は何も語ることが無かったのであった。
続く
次回投稿は7/26(火)14:00です。一日空きますのでご注意を。
次回より新シリーズです。サブタイトルは「天駆ける乙女達」です。
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