終戦、その63~発動と覚醒㊹~
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「どけどけぇ! アタシの前に立ちはだかる奴は、全員蹴り殺すぞぉ!」
「あまり突っ込み過ぎるな、ミレイユ!」
三の門が破られたと同時に、先頭を駆けたのはブラックホークのミレイユだった。その背後にはグレイスが続き、ブラックホーク0番隊が鮮やかに戦場を切り裂いていく。
ベッツからは「俺が内から崩す、門が空いたら外から攻めろ。ただし、適当に暴れたら必ず撤退しろ」としか言われていない。まさか門が内側から突き破られるとは思っていなかったが、言われた通りのことをやるだけだとミレイユは一も二もなく突っ込んだ。
ミレイユはブラックホークの中でも随一血気盛んだが、愚かではない。切り込むにしろ退くにしろ、自分が先頭の方がやりやすいに決まっているのだ。矢の雨も問題にせず、危険を嗅ぎ分けるだけならカナートよりも精度が高いと自負している。ましてや隣にグレイスがいるなら、引き際を見誤ることはない確信があった。
血が騒ぐ。これほど大規模な戦場は、ミレイユの経験をもってしてもそうあるものではない。南方の戦いはいつも不完全燃焼だった。もう少しで相手を全滅できるところまでいくと、必ずと言っていいほど横やりが入った。
戦争が相手を殲滅するものではないことは、頭ではわかっている。だが生まれた頃からのこの血の滾りを、一度でいいから完全燃焼させてくれる戦場が欲しいのだ。たったの一度でいい。たったの一度完全燃焼できれば、あとは自制ができる気がする。「三月ウサギ」などといった、血塗られた渾名で呼ばれてグルーザルドを去るような真似をせずともよかっただろうという確信がある。
これが後悔というものなのだろうかと、ミレイユは感じていた。そんなことを考えながら眼前に迫る敵を蹴り倒した直後、視界が開けるとミレイユの歩みが一度止まった。後続にはグレイスしか続いていない。少し遅れて獣将バハイアと、ロッハの部隊が戦っているのが見えていた。
ミレイユとグレイスは怪訝な表情をしながら、周囲を警戒した。ミレイユが戦場で独り駆けを止めるのは、余程の脅威か空腹だけである。対人戦ではヴァルサスかベッツ以外で止まることは決してない。そして魔物相手では、王種級の相手がいない限りミレイユを妨げるような相手は誰もいなかった。
突然戦場に現れた空白は、グレイスにとっても不気味である。その異常性に警戒しながらも、おそるおそるミレイユに話しかけた。
「ミレイユ、これはなんだろう?」
「さぁね・・・ドライアンってさ、門の内側にいるよね?」
「そのはずだ」
「あのおっさんがこの異常を見逃すのかなぁ・・・」
仮にも大陸最大の軍事大国の王を「おっさん」呼ばわりできるのはミレイユくらいのものだが、そのミレイユも歯切れが悪くなるような違和感だった。おそらくは人避けの魔術と結界なのだろうが、単独で突っ込んだがゆえに気づいてしまったのか、あるいは今しがた張られただけなのか。
もう一度背後を振り返れば、他の部隊はこちらには向かっておらず逸れていく。アルネリアの部隊を指揮するのはイークェスだろう。銀世界でも白一色の彼女が指揮を執る様は遠目にも確認できる。
ミレイユがふぅ、と一つ息を吐いた。そしておもむろに誰もいない空間に向かって進み始める。
「おい、ミレイユ!?」
「ちょっと何があるか確認してくるよ。グレイスはここで待機ね」
「待て、一人はまずい」
「カナートがいればよかったんだけど、そういうわけにもいかないからね。ワタシの直感が教えてくれるんだ、この先に行くべきだって」
見れば、ミレイユの長耳が双方ぴんと天を衝いている。ミレイユは理性的で、微塵も
油断はしていない。だが一人で行かせるのは――そう思った時に、ミレイユがひらひらと手を振った。
「心配しなさんな、ちょっと様子を見て帰ってくるだけだから。100数えて戻らなければ、様子を見に来てくれればいいよ」
「・・・わかった、100だな?」
「じゃあちょっと行ってくる」
それだけ告げると、素早く、そして足音も立てずにミレイユは走り、屋敷の壁にとりつくとあっという間に登り、その向こうに姿を消した。
3も数えないうちにこれだけの行動を起こせる相棒を見て、今更ながらグレイスは100は長いと思ったが、自分もまたそれどころではないことに今更気づかされることになった。
続く
次回投稿は、4/18(木)12:00予定です。