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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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終戦、その61~発動と覚醒㊷~

 幼い時からハイエルフの中でも群を抜いて優秀で、精霊に親しみ、ハイエルフたちから畏敬の念を集めていたサーティフルーレ。次期族長よと褒め称えられ、良き後継者ができたと誇りに思っていた。魔術や魔法の研究に没頭し、その代わり他の種族とはほとんど触れあうことはなく、その存在を他の種族はほとんど知らなかった。その娘がまさか、あんな凶行をするとは思いもしていなかったのだ。

 ハイエルフというものは、おおよそ感情が薄いというのは知っていた。そもそも我々の出自を考えれば、それも当然のことかもしれない。だからこそ、苦境を知る我々だからこそ、他者を導いて然るべきだと思っていた。族長である私の考えに、娘を含めた誰もが理解をしているものだと思っていた。

 だが違っていたようだ。サーティフルーレが自分を見る目の意味くらい、オーランゼブルにもわかる。「愚か者」という対象には、自分も入っていたようだ。


「一族の当主は私だぞ、娘よ。次はお前であることは間違いないが、今はまだ私の方針に従ってもらう!」

「(もう待てないのよ、父様。それに、もう誰もあなたのことを族長だとは思っていない。自分たちをこんな培養槽に二千年以上も閉じ込めて、そのうえで成果が出ないのであれば当然のことね)」

「馬鹿な、彼らとて眠りについて――」

「(意識はあるのよ、父様。そうなるように、眠る前に装置に細工をしておいたの。そも、この装置は誰が作ったと思っていて?)」


 そうだ、この装置そのものすらサーティフルーレが考案したものだ。彼女は遺跡攻略者にして、叡智を授かった存在。この儀式魔術も調整こそ自分がしたが、おおよその構成を考えたのは彼女であることを今、思い出した。

 サーティフルーレが培養槽の内側にそっと手を当てた。その掌に、魔法陣が浮き出るのが見える。


「(決は取ったわ、父様。497対、23。あなたに付き従う者はすでに、ほとんどいない)」

「馬鹿な、認めぬぞ!」

「(ふぅ――やはり愚かなのね、父様。老人には退場していただきたいところだけど――今は火急の時だわ、まだ約に立つことがあるかもしれない。もうしばし、生かしておいてあげましょう)」


 サーティフルーレの魔法陣がかっと光を放ったかと思うと、オーランゼブルの意識は一度霧散し、その次の信じられない光景が目に浮かんでいた。彼の視界には、先ほどまで意識を映していたはずの体があった。その肌が見る間に瑞々しさ取り戻したかと思うと、髪には艶が入り、胸はふくよかに膨らみ、女性らしい丸みを帯びてあっという間にサーティフルーレの姿になった。

 培養槽にはサーティフルーレの本体は入ったままだ。つまり、自らの意識を押しのけて人工生命体ホムンクルスの体を乗っ取ったうえで自らの体として書き換えたということだ。

加えてもっとも屈辱的だったのは――自らの使い魔であったはずのブロンセル、エティラカ、ドラウゼグ、シェリーの4体が、その場で真の主を前にしたように平服したことだった。

あるいは、そう命じたのだとしたらその性を疑うところだ。オーランゼブルはあまりのやり様に叫ぼうとして声が出ないことに気づいた。そうだ、自分が使っていたあの体や本体が目の前にあるのならば、自分はいったいどこに――そう考えて、それぞれの体の位置から気づいてしまった。

これは、研究に使っていた標本の中だ。机に飾っていた、少年のころに初めて使い魔にした今は絶滅した種類の鳥の剥製。その視点で物事を眺めていることに気づいたのだ。剥製に意識を移されたのでは、当然ながら話すことなどできるはずもない。

動けもせず、精一杯の抵抗はわずかに机を揺らすにとどまった自分に、心底侮蔑した視線を向けるサーティフルーレ。その視線を向けられてきた相手がどうなってきたか、オーランゼブルは知っていた。

サーティフルーレはエティラカが持ってきた女性用のローブに着替えながら、心底くだらなそうにつぶやいた。


「憐れな父様。どうして自分が仕える魔術は私も使えないと思っていたのかしら」

「(出すがよい! まだ計画は終わってはいないぞ!?)」

「ええ、だから私が完成させに現地に向かうのです。災厄を燃やし尽くし、竜脈から溢れる力を回収してまいりましょう。まだ上手くすれば魔法の書き換えができるはず。災厄ごとき、何するものぞ」

「(それだけではない! あそこには御子が――)」

「古き種族の御子ならまだしも、人間の御子など何ら障害になりえません。あとひとつ、父様に最後の忠告をしておきましょう」

「(?)」

「あまり暴れて机から落ちると――砕けて元に戻せなくなりますわ。そうなれば本当の死が待っていますのわ。せいぜい大人しく待っていらっしゃることね?」


 オーランゼブルはその言葉を聞いてぴたりと抵抗を止めた。サーティフルーレがいなくなってから、少しずつ動いて本当の体の近くまで行ければ何とかなると思っていた。だが万一を考えると、それは得策ではないことがわかった。

 オーランゼブルは恐怖と怒りが半分ずつになったような気持ちで、心底面倒そうに工房から出ていくサーティフルーレの背中を見つめていた。そしてしばらくして再度工房の扉が開いた時、オーランゼブルはかつてユグドラシルに言われた言葉を思い出した。

 そう、あまり他の者を――人間を舐めるな、と言われたことを。それは人間に類するものならば全て当てはまることを、オーランゼブルは身をもって知ることになる。



続く

次回投稿は、4/13(土)12:00です。

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