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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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終戦、その60~発動と覚醒㊶~

***


 静寂に包まれた工房で、オーランゼブルはゆっくりと目を開いた。目の前には娘であるサーティフルーレが眠っている培養槽が薄く青い光を放っており、代わらず命をつないでいることがわかる。

 大陸全土を巻き込む儀式魔術の核であり起点でもあるこの場所で、オーランゼブルはじっくりと魔力を練っていた。いや、それだけではない。彼は来るべき時に備えて体調を整えていたのだ。これほどの規模の儀式魔術となると、発動も一朝一夕ではできず、下準備に魔力を練り込むことが必要だった。

 何もオーランゼブルは全てを黒の魔術士に委ねるほど、彼らを信頼していたわけではない。むしろ集めた者共の背景を考えれば、信頼できたのは賢者ドラグレオと剣帝ティタニアだけで、その他は全て唾棄すべき存在だと思っている。その2人をもってしても、自分の行為に同意や協力が得られるとは思っておらず、むしろ唾棄されるべきは自分だろうことくらいは理解していた。かつての自分であればそう考えただろうし、事実友にも同じことを言われたからだ。

 だからこそ、長い間独りで動いた。それができず黒術士を集めたのは、手数の問題と、一番は自らの体に限界が迫りつつあることに気づいたからだった。彼は好んでこの工房に籠っているのではない。外に出て積極的に動くほど、既に体が動かぬことを知っているのだ。悠久に近い寿命を持つハイエルフにとっても、二千年、あるいは五千年という時は決して短くはない。

 オーランゼブルはゆっくりと、サーティフルーレの隣の培養槽に視線を移した。その中には、自らの本当の体が眠っている。まだ見た目は人間で言えば40歳相当程度の壮年であり、培養槽から出ればまだこれから先2000年は健康なままでいられるはずだ。

 全てが終わった後、この大陸を正しく導くためにオーランゼブルはこの決断をした。そもそも使い魔を作製するのなら、自分たちの劣化複製を作ることはさほど難しくはなかった。古巨人ブロンセルや有翼人のイェラシャは一目で気づいたが、大雑把なグウェンドルフがゴーラはこの体が人工生命体だと気づきもしなかった。だからこそ、彼らを積極的に排除するまでもないと思ったし、真実を打ち明ける気にもならなかった。同じ五賢者と評されていても、共に語るべきはブロンセルとイェラシャだけだと思っていた。

 そしてオーランゼブルが最も得意とするのは、精神束縛などの精神に作用する魔術だった。素材さえそれなりのものを使えば、自分たちに似せた人工生命体に自らの意識を移植する程度のことはやってのけれることは五賢者たちでも知らぬことだ。アノーマリーと契約する時、この技術と魔術を彼はもっとも欲しがった。惜しむほどの魔術でもなかったので与えてやったが、その後のアノーマリーの働きを見る限り、オーランゼブルにとっては利益の大きい取引だった。

 だがその人工生命体も限界が近づいていた。代わりを作ろうにも、もう素材となるもののいくつかは滅びてしまい、さらなる粗悪品しか作れない。そして粗悪品では十全な能力を発揮できず、今の役目を果たすこともままならないどころか、グウェンドルフを制することもできまいと考えている。

 だからアルドリュースに計画を邪魔された時には、本当に焦ったのだ。彼らの長い命からすればたかだ十数年程度の計画延長だが、器の限界が迫っていたのだ。器はこれで最後の個体だ。限界が来る前になんとか計画達成を迎えられて、安堵していたのは否定しない。

 だというのに。最後の魔術の起動のために十分な力を溜め込んでいたというのに。まだ起動していないはずの魔術が、なぜ勝手に発動しようとしているのか。オーランゼブルは怒りのあまり魔術士としてはあるまじき瞑想に集中できない状態となり、自らの杖を叩き折りそうな衝動に駆られていた。いや、器の限界が来ておらず力が籠められるのならば、確実に叩き折っていた。

 それがようやく杖を支えにして立ち上がり、目を見開いてぎりぎりと歯ぎしりをするにとどめていた。四半刻経っても、まだ怒りが収まらない。オーランゼブルは思わず呪いの言葉を吐いた。


「ここまで――ここまで2000年以上の時をかけて、これほど我々の手を煩わせながらここに来て何が起きた!? どうしてこうも上手くいかぬ!? おのれ矮小な生命どもよ、せめて生かしてやろうと考えていれば、余計なことばかり! それほどまでに勝手に死んで儀式を台無しにするくらいならば、いっそ根絶やしにしてやろうか!?」

「(だから、私は反対したの。最初から愚かな者たちのことなんて考える必要なんてなかったのよ、父様)」


 その時、突如として冷たい声を工房内に響いた。驚いたオーランゼブルが顔を上げると、目の前のサーティフルーレの目がうっすらと開き始めていた。

 外から操作をしない限り、覚醒はしないはずだ。オーランゼブルは娘と二千年ぶりに会話をする喜びも忘れるほど、この突発的な事態に対処できないでいた。


「馬鹿な、娘よ。目覚めたのか? 覚醒は計画が成った暁のはずでは――」

「(いつだって万が一のことは考えているわ、父様。そう、あなたが失敗することだって、もちろん考えていた。一族の当主の責務として、愚か者の監視と管理は当然のことだわ)」


 開いた娘の目の冷たさに、オーランゼブルはぞくりと背筋を凍らせた。そうだ、かつての話し合いで――有翼人のイェラシャと古巨人のブロンセルとこれからの大陸に行く末について話している時、この娘は淡々とこう告げたのだ。愚か者と劣化種は未来に必要ない、と。

 結果、イェラシャは精神束縛をかけられたせいで一族郎党、大陸から処刑も同然の放逐をされた。精神束縛が効かぬとみられたブロンセルは、その場で娘に殺されて使い魔に仕立てられた。友人であり、宵闇の一族の代表だった剣士は戒律に乗っ取り一切の抵抗をせずサーティフルーレの説得を試みたが、娘はその話を聞こうともせず何ら感慨も持たず剣士の精神を破壊して使い魔に仕立てた。その成り行きを見ていた、自分の妻であり、サーティフルーレにとっては母でもあったはずの銀の一族の初代の戦士エティラカの説得ですら、眉一つ動かさずに娘は精神を破壊して操り人形に仕立ててみせた。

 正気ではない。オーランゼブルですら娘の行為に立ち尽くし、目の前の行為が信じられなかった。だが娘は――サーティフルーレは笑顔であっさりと言い放ったのだ。


「誰も使い物になりませんね、父様。彼らも所詮は劣等種。やはり女神様の意図を汲んで、至れるのは我々しかいません。もう、我々だけでことを起こして全てやりなおしましょう。ね?」


 その時の薄ら寒い笑顔が、オーランゼブルが見た最初で最後の娘の笑顔だった。



続く

次回投稿は、4/12(金)12:00です。

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