終戦、その59~発動と覚醒㊵~
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「あっさり行ってしまったわね」
「俺らはここで待機だとしても、それはそれで危険じゃないか?」
ヴァルガンダの意見はもっともで、彼らはダロンさえいなければシェバの魔法道具でその気になれば地上まで脱出することも可能だが、さすがにそれは躊躇われた。
まず、この第三層に続く細く長い坂の傍を通る必要があるが、それ以外の場所を通過しようとすれば谷から吹き上げたり吹き下ろされたする突風で転落の危険性があること。それ以上に、成り行きとはいえ世話になっているイェーガーの面子が危険な目にあっているのに、それを放置して脱出することは、彼女たちといえど躊躇われた。
イェーガーの面子は、原則気分が良い連中の集まりだった。魔術協会所属でもなく、いわゆるもぐりの魔術士であるシェバの弟子たちは様々な場所で迫害を受けてきたが、彼女たちが唯一気分よく過ごせた場所と言っても過言ではない傭兵団なのだ。クランツェは脱走も視野に入れることを提案したが、冷淡で知られる彼女でさえ本気ではないようだった。
「マジで言ってんのか、クランツェ」
ヴァルガンダが嚙みつくように反論した。クランツェは溜息をつくばかりである。
「マジじゃないわよ~? だけど、私が言わないと誰もこんなこと提案しないだろうしねぇ~。あなたは魔術士らしからぬ熱血漢だし、白藤は絵にかいたような気真面目だし? ガルチルデだって無表情だけど、黙ってイェーガーの危機に何もしないってわけがないでしょうし? こういう憎まれ役は私がやらないとねぇ」
「逃げてもいいぞ、お前ら」
ダロンが戦斧を担ぎながら一歩を踏み出した。いつもと変わらぬ無骨な表情の彼だが、周囲を見回す限り今まで彼が経験した数多の戦場のどこより悲惨であることは一目瞭然だったので、悲痛な願いでもある。
ダロンは思いやりからその言葉を発したのだが、4人は逆に渋い表情となったので言い方を変えた。
「だがもし脱出する気がないのなら、一つ頼まれてくれ。可能な限り仲間を助けてほしい、お前らならできるだろう?」
「もうやっているわ」
ガルチルデは既に小型のゴーレムを無数に放っていた。自ら動き回るのが危険なら、まずは安全な退路の確保と、周囲の様子を探ること。誰にいわれずとも、そのくらいの機転は利く。
そしてどこからともなく飛んできた矢を、ヴァルガンダが金属性の魔術で強化した腕で止めながらダロンに質問した。
「ダロンの旦那はどうするんだ?」
「ライフリングと共に、フォスティナを探す。アルフィリースの施術が切れてしばらく時間が経過している。どのような影響が出ているか不明だからな」
「ダロン、そちらは私一人でもいい。お前はブラックホークが攻めてきているようなら止めてくれ。奴らに戦場をかき回されたら、助かる者も助からん」
ライフリングが戦支度を整えながら答えた。やや長くなった髪を一つにくくり、腰には調合した薬剤を封じた小瓶やスキットルを満載し、丈の短いローブの下にいつもより多めに仕込んでいる。
「なぜ俺に?」
「お前はブラックホークの0番隊の切り込み隊長と夫婦だろう? ブラックホークがいるなら、先頭には必ずグレイスとミレイユがいるはずだ。あの戦闘狂どもがこんな極上の狩場を逃すわけがない」
「俺が言って止まるような妻なら苦労はしないが」
「なら実力行使だ。夫だろう?」
その時正気を失くしたローマンズランドの兵士たち彼らに襲い掛かってきたが、その全てがライフリングに触れることなく倒れた。
その倒れ方を見て、ダロンは思わずライフリングから跳びずさって距離を取った。その反応を見て、ライフリングがにたりと笑う。
「さて、これが私が分かれた方が良い理由だ。しばらく私の周囲は接近禁止になる。わかるだろう?」
「・・・大丈夫なんだろうな?」
「これでも大陸に50人もいないS級傭兵の一人だ。お前たちはよりは修羅場をくぐっている、案ずるな」
ライフリングの右斜め前方に、さらに正気を失くした兵士たちが何名か襲い掛かってきたが、その前に小瓶を投げつけた後に指を鳴らすと、相手はまとめて爆散炎上した。
魔術ではないはずだが、一応は味方であったはずのローマンズランドの兵士たちに対する容赦なさに、シェバの弟子たちは血の気が引く音を聞いた気がした。
「さて、分かれるぞ。各々の成すべきことをやろう」
「わかった」
彼らもまた、崩壊寸前の大地でやるべきことを成すために動き出した。
続く
次回投稿は、3/18(月)13:00頃を予定しています。