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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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終戦、その58~発動と覚醒㊴~

***


「本当に助かったわ、ヴァイカ」

「礼ならベッツに言ってくれ。彼の指示だからな」


 銀の戦姫ヴァイカが王城に来てくれたことで、アルフィリースたちはダロンを含めた全員で脱出が可能となった。重力を操作できるヴァイカにとって、ダロン一人を乗せた魔道具の絨毯にかかる負荷を軽減することなど造作もない。シェバ譲りの魔道具を使ったガルチルデの絨毯に乗って、彼らは無事に王宮から脱出することができた。

 

「貸し一つね?」

「そういうことにしておこう」

「第三層の様子はわかる?」

「見た方が早い」


 雪風が弱まる高さまで来ると、ヴァイカの言う通りそこは戦場よりも酷い混乱の坩堝と化していた。

 カラミティの影響が強まったせいだろうか、多くのローマンズランド兵士が蟲とも植物ともつかぬ姿に変化し、手当たり次第に破壊の限りを尽くしていた。その化け物に襲われているのは、合従軍の兵士だけではなく、アルネリアの神殿騎士も、イェーガーの傭兵も、同僚のまだまっとうな兵士ですら襲われていた。

 またその中からエクスペリオンの影響か、魔王化して戦う者もいれば、ただ手当たり次第に建物に対して破壊の限りを尽くす個体もいた。戦いの声だけではなく、多くの場所では魔物の寄生や、蟲の警告音や羽音、そして人間の悲鳴と怒号が飛び交い、まさに混沌としか表現できない状態になっていたのだ。

 蟲となった同僚に噛り付かれ、断末魔の悲鳴を上げる者。食虫植物ように変化した相手に、生きながら体液を吸われる者。そして掌の大きさくらいの蟲に大挙して押し寄せられ、生きながら食われている者もいた。

 思わず目を背けたく光景の中、まだイェーガーの仲間の見知った顔が少ないことがアルフィリースの心をわずかながら慰めた。万一に備えた避難策は授けてあるが、この状況でどのくらい効果があったのだろうか。


「これは・・・ひどい」

「またひどくなっているな。さっきはここまでじゃなかった」

「三の門が破られたのですか? 合従軍の手によって?」

「いや、おそらくはカラミティがやった。門は内側から破られたようだ」


 ヴァイカの視力は常人を遥かに凌駕する。彼女は千里とはいかぬまでも、一町先の人間の顔を見分けるくらいはできる。彼女が三の門は、内側から破られていることを伝えてくれた。


「まずカラミティの仕業でしょうね。犠牲者をとにかく増やすためだと思うけど」

「儀式魔術への生贄ですか?」

「この段階になってもそれが必要かはわからないけどね。むしろそれならまだ時間があると思っていたのだけど、これは――」


 まだ上空にいるアルフィリースが見ても、地面が大きく揺れたのがわかった。あまりの衝撃にカラミティの眷属や魔王ですら体勢を崩してよろめき、第三層に一瞬の空白ができた。

 アルフィリースはその間を逃さず、風の魔術を使って声を乗せるようにして大声を張り上げた。


「全員聞けぇ!」


 爆音の魔術も使って、第三層にいた者たちの注目を一斉に自分に向けた。なんて危険なことを、とリサは慌てたがもう時すでに遅い。もし弓矢で狙われたら、それこそ助かるかどうかは怪しいほどの状況なのだ。


「もうすぐカラミティが覚醒して、ここ第三層の大地は崩壊する! 合従軍、傭兵、他にも無事な者はすぐにここから脱出しなさい、争っている場合じゃないわ! イェーガーの者は小隊長以上には緊急避難時の方法を伝えてある! 近くの者をかき集めて脱出、自力で立てない者は見捨ててよし!」


 アルフィリースはそれだけ伝えると、イルマタルの背中から飛び降りた。まだ近くの建物の屋根は遥か下だったが、風の魔術を操って落下速度を調整することくらいは朝飯前だった。

 慌ててアンネクローゼや、ガルチルデが続く。


「なんて無茶を!」

「ママ・・・なんだか」

「イル、どうかした?」


 アンネクローゼの背にいるウィラニアが、イルマタルが呟いた疑問に反応した。


「気のせいかもしれないけど、ママが生き生きとしている気がして」

「なんですってぇ? こんな状況で?」

「でも、間違いなく調子がいい」

「どうしてわかるの?」

「それは・・・」


 イルマタルはアルフィリースの影響を強く受ける。それに、アルフィリースを背に乗せていると不思議な万能感に包まれる時がある。

 ただアルフィリースのことが好きだからそうだと思っていたのだが、どうやらそれだけではないらしいと気づいたのはまさに今のことだった。

 イルマタルの体は幻夢の実で成竜に近いほどの大きさになっているが、飛び方に慣れているわけではないので、ローマンズランドの雪風の中、まるで影響を受けることなくここまで降りることができるとは思っていなかったのに。アルフィリースが好調であることの影響を受けたのか、そしてそれはシェバの弟子たちも感じていることだった。


「なぁ、白藤よ」

「何だろうか、ヴァルガンダ」

「いやに調子が良くないか、俺ら?」

「多分、魔術を扱う者なら今は皆そうだろうな」

「これは、あれだな。魔力溜まりの近くにいる時、いや、それ以上の状態だ。これが儀式魔術の影響だとしたら、やべーどころの話じゃねーぞ」

「気分としては、噴火直前の火口の真上にいる気持ちねぇ」


 クランツェが普段の甘い声のまま、真剣な表情で感想を述べた。その言い方が実に的を射ていたので誰もが静かに頷き、リサがガルチルデに指示していた。


「アルフィリースの後に続いて降ろしてください。あなたたちはそのまま離脱の準備を上空でしておいてください」

「手伝わなくていいのか?」

「どのみちこの絨毯じゃ、乗せられる人間には限りがありますよ。できても、重傷者を一人乗せられるかどうかでしょう。アルフィはおそらくは、独りでも多く助けるために行きました。生きているかどうかは知りませんが、たしかに彼女が助かるかどうかでイェーガーの被害も決まるでしょうね」

「誰だ、それは」

「フリーデリンデ天馬騎士団、部隊アフロディーテの隊長カトライアですよ」


 彼女の生死でこの第三層の被害の桁が一つ変わるでしょうと言い残し、リサはダロンとルナティカを伴って混沌の坩堝へと、アルフィリースの姿を追った。



続く

次回投稿は、3/13(木)13:00を予定しています。

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