終戦、その56~発動と覚醒㊲~
「気づいているかな? 上空にライフレスが来ている」
「え? どこに――」
「まぁ後で探しなよ。ティタニアもどこかにはきっといるだろうけど、この状況では探す方法はないだろう。だけど、きっと彼女は必要な時に出てくるか、力を貸してくれるさ。それより、第三層にいる仲間を救いたければ早くするといい。おそらくは崩壊まで一刻程度しかない」
ドゥームがそう予言すると同時に、王城から見える山肌で大規模な地滑りが起きた。まるで巨獣が吠えたかのような轟音と共に、地盤が雪ごと崩れて谷底に消えていく。
遠目に見れば、そこかしこの山が少しずつ崩れてきているのがわかる。
「カラミティが姿を消したのは、策が敗れたからじゃない。復活を遂げればこんなところでちまちま戦う必要がないからだ。ここもいつ崩れるかわからない、さっさとやるべきことをやりなよ」
「あなたはどうするの?」
「オーランゼブルの策を邪魔しつつ、カラミティにも一泡吹かせるところまではやったことで溜飲は下がったんだよね。だけどあれほどの化け物と戦うだけの大規模な魔術や力は僕にはないからね。せいぜいここからは竜脈を使って、多少の邪魔をするくらいが関の山さ」
ドゥームはどうやら正面切って戦うつもりはないらしいが、背を預けるほど信頼できる相手でもない。逆にさらに共闘しようと言われても困ったことになっただろうと、アルフィリースはほっと胸を撫でおろした。
「なら、もう行くわ」
「そうしなよ。ああそれと、これを渡しておこう」
ドゥームが懐から取り出した小さな羊皮紙が鳥の形になり、アルフィリースの手元でくるりと回転して一つ折りの紙へと戻った。見れば、そこには竜脈に沿ってどこに妨害工作を行ったかの一覧が書かれていた。
「これは――」
「君ならその走り書きのような作戦図からでも、オーランゼブルの工房の場所が割り出せるだろう。大規模な儀式魔術である以上、当然ながら魔法陣には核がある。そこがオーランゼブルの工房さ」
「なぜこれを私に?」
「オーランゼブルの工房には、いまだ多くのハイエルフが眠っている。彼らがこの大規模魔術の核だ。彼らはオーランゼブルの策を信じて、千年以上を儀式魔術の一部として眠り続けた。その中には、奴の娘も入っている」
「え?」
予想していなかった答えに、アルフィリースも虚を突かれた。ドゥームは遠くの空を見つめながら、腹立たしそうに答えた。
「奴にしてみれば、それは大いなる犠牲だと思っているんだろうね。ハイエルフである自分たちも、犠牲を払ったとでも言いたいんだろう。だからといって他者に犠牲を強いても良いわけはないだろうし、尊厳や命を奪われる他の種族や人間にしてみたら、傲慢に過ぎるよ。結局、奴は心のどこかで他種族を見下しているのさ。黒の魔術士だって、奴には作戦完遂までの使い捨てでしかないだろう。儀式魔術が終われば、ゆっくりとハイエルフたちは覚醒し始める。長であるオーランゼブルほどではないにせよ、それに比肩する超常の魔術士――あるいは魔法使いたちが」
「――何人いるの?」
「実際にある程度までは確認したが、正確なところは不明だ。それだけ工房の警備は頑丈だった。だけど少なくとも100人、多けりゃ500人はいるはずだ。黒の魔術士が勢ぞろいして対抗しても、なんともならないだろうね。他の古き種族がいない今、奴らに抵抗できるだけの勢力はない」
唯一できるとしたらカラミティなのだろうが、どちらが勝っても人間にとっては別の形で終焉が訪れるのだろうとドゥームは思っている。カラミティが勝てば明白で苦痛にまみれた死が。オーランゼブルが勝てば、人間ではなく家畜として扱われた尊厳の死が待ち受けるだろう。
どちらも、ドゥームが望まない展開だった。
「そして厄介なことに、奴の娘であるサーティフルーレはオーランゼブルよりも格上の魔術士である可能性が高い」
「オーランゼブルよりも?」
「ああ。そもそもこの魔法陣の全体像を描いて、かつ起動させることができたのはサーティフルーレがいたからとかなんとか。僕も直接見たわけではないけど、その情報が真実ならここからが本番だ。手番を間違えると、一気に詰むぜ?」
「なら、いつもと変わらないわ。いつだって綱渡りのようにぎりぎりの状況で戦ってきたんだから」
アルフィリースに言葉に同意するように肩を竦めたドゥームは、それ以上何も言うことなく消えた。そして同時に、目を閉じて動かないダロンの方を見てどう声をかけるべきかと、悩んだ。
ダロンの性格からすれば、これ以上何かをしてほしいとも言わないだろう。彼はいつだって高潔で、孤高の戦士だった。
「ダロン、してほしいことはある?」
「ない。常に戦士として悔いのない人生を歩んできた。俺がいなくても、既に他の戦士はそれぞれのやりたいことを見つけている」
「グレイスは?」
「戦士ならば、互いの知らぬ場所で死ぬこともある。最後までダロンらしく死んだと伝えてくれ」
「そう――」
「アルフィ、もう行きましょう。我々が優柔不断では、ダロンの決意が揺らぎます」
リサがアルフィリースの後悔を振り払うように腕を取った時、彼女のセンサーにこの場所に向けて急行する人物が引っかかった。
「・・・たまには優柔不断も悪くありませんね」
「え?」
「救いの手ですよ、まさに」
リサの言葉と共に目の前に出現したのは、銀の戦姫であるヴァイカだった。
続く
次回投稿は3/7(木)13:00です。