終戦、その55~発動と覚醒㊱~
「怒りは晴れるものだ、特に元が人間であればなおのこと、そういう風にできている。いや、生き物は全てそうだと言うべきかな。アノーマリーが言っていたよ。激しい感情を起こす物質というものは、全ての生物にとって猛毒なのだとね。憤死ということばがあるように、人間はいつも怒っていると死んでしまうのだそうだ。なのに君たちときたら――ちょっと元人間とは思えないんだよね。だからこれもまた仮説なんだけど――君の怒りは君のものなのかなぁって?」
「――意味がわからないわ。私の感情は私だけのものよ、他の誰のものでものないわ。そう、あるわけがない」
「そうか、それもサイレンスと同じ答えだね。だとしたら妙なことでもある。君たちは既に人間ではないはずなのに、人間のように怒っている。これは実に興味深いことだ――と、アノーマリーなら言っただろう。だけど、僕はアノーマリーとは違う」
「・・・何?」
ドゥームの言葉に、カラミティは嫌な予感がした。ドゥームが悪霊らしく、怖気のする笑みを浮かべたからだ。
「興味深いけど、それは利用するべき感情でしかない。もっと怒り狂ってもらおうか」
その言葉と同時に、地鳴りとはまた違う別の揺れが起きた。ズズン、という地鳴りと共に、カラミティは異変を感じた。
「・・・? 私に流れてくる魔力が急に減った・・・ドゥーム、あなた何をしたの!?」
「言っただろ、保険はかけておくのは自然なことだと。ええ、ええ。当然僕もやらせてもらいましたぁ~」
「ドゥーム、あなたまさか・・・」
カラミティに向けて舌を出して煽り立てるドゥームの隣にいたオシリアが、いつだかの言葉を思い出す。ドゥームはオシリアに向けて、快活に笑ってみせた。
「言ったとおりさ。どいつもこいつも歯ぎしりするような展開にするってね」
「だから、何をしたの!?」
「君に向けた竜脈の一部、その流れを断つように地下を爆破した音ですよ~と。これで儀式魔術で集めた人間や他の生物の生命力は、半分近くが台無しだねぇ? さて、予定では君に5割、大地の還元に3割、あとの2割はどのみち利用できない予定だったけど、君には何割が入るかなぁ? 3割? それとも2割? 大地には1割もいかないかもねぇ。その分、溢れた魔力が噴き出すからこの大地の崩壊がひどくなるかもしれない。ひょっとしたら、この王城は跡形もなく吹き飛ぶかなぁ? 君の本体も無事では済まないだろうね」
アルフィリースだけではなく、蒼ざめることなどないはずのカラミティの表情が抜けるのを見て、きゃきゃ、と子どものようにドゥームが笑った。
怒りからか、腕を棘のように変形させたカラミティが一斉にドゥームを貫こうとして、その姿が靄のように掻き消え、空中にドゥームが再度出現する。
「おおっと、単純な攻撃はどのみち僕には効かないぜ? それに、大地の崩壊も無意味だ。そもそも魔術なんてなくても、悪霊である僕たちにとって浮くことは簡単だしねぇ」
「小僧・・・なんとしても殺してやるわ!」
「やれるものならやってみてくれ。僕も自分がどうやったら死ぬか知りたいんだ」
けらけらと笑うドゥームを前にこれ以上は無駄だと悟ったのか、カラミティたちは姿を消した。
ますます大きくなる地鳴りを前に、それぞれが脱出の準備を始める。アルフィリースは目を瞑って動こうとしないダロンを見て、それからドゥームの方をじっと見つめた。
何を言うわけでもないアルフィリースを見て、ドゥームはにやつきながらも提案をした。
「そこの巨人を助けたければ、僕と取引するかい?」
「・・・結構よ。ダロンの命と、悪霊の親玉との取引では、割に合わないでしょうね」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「だからこれは取引でもなく、ただの負け惜しみでもなく、あなたに一つ言っておくことがあるわ」
「? どうぞ?」
「誰もが歯ぎしりする展開にすると、あなたは言った。その言葉は自分にも返ってくるわよ?」
アルフィリースの言葉に、ドゥームはふわふわと漂うのを止めて真剣な表情で返した。
「無論そうだと思っている。僕もまたその例外ではないとね」
「わかっているのならいいわ。せいぜいあなたも苦労するでしょうし、してほしいわね」
「もうしている気もするけど・・・共闘はどうする?」
「勝手にやって、私も勝手にやるわ。どのみちカラミティを放っておけないのは、私だけじゃない」
「あーはいはい、そうですか~。そうでしょうとも~」
実はここにティタニアとライフレスを呼んだ以上、彼らがこの現状を見て何もしないとはドゥームも考えていなかった。契約や取引などなくとも、彼らは勝手に戦うだろう。それにかこつけて恩を売れればと思っていた浅い策だったが、簡単に見抜かれたようだ。
人間関係がそもそも希薄で人とのやり取りなどに長けてないカラミティなどよりも、やはりアルフィリースの方が余程やりにくいとドゥームは思っていたし、事実そのとおりになった。
なので、ここまではドゥームの考えたとおりになっている。少し上手くいきすぎているとドゥームですら不安を覚えるほどで、だからこそアルフィリースの言葉は心の内に刺さってきた。一事が万事、上手くいくなどとは思っていないからこそアルフィリースの言葉は聞き流せなく、喉に刺さる骨のようにドゥームの思考を妨げた。
なるほど、悪霊に対するこういった有効な攻撃があるのかとドゥームはむしろアルフィリースへの好感度を上げていた。
だからつい、余計なことをしたくなったのだ。ドゥームにしてみれば無条件で、あるいは感心したからこそ相手に何かを差し出してしまったのは初めての経験だった。
続く
次回投稿は、3/6(水)13:00です。