終戦、その53~発動と覚醒㉞~
「あれは封印されていたんじゃない、封印と偽ってシーカーたちに守らせていたんだ。もし今の体に万一があった場合。いや、オーランゼブルの策が失敗した場合、いかにして生き延びるか。保険をかけておくのは至極当然なことだし、まぁわかるよ。ただねぇ・・・」
「ただ・・・何かしら」
「いや、死ぬのが割と怖いんだなぁと思ってさ」
「黙れ!」
くすくすと笑うドゥームに、カラミティの表情が徐々に歪み始めた。その顔が醜く、徐々に人間でないもののように変形していく。苛立ちからか、カラミティが腕を伸ばすように放った一撃をドゥームは難なく避け、その一部をたたき割って観察していた。
「あるいは本体が異常に脆弱なのか。よくある話だよね。不死者は色んな形で不死を作るけど、実は不死だと思っていた相手が使い魔でした、なんてのは。ドラグレオは馬鹿みたいに体力があるだけ、ブラディマリアは単純に強いだけ、ティタニアは極端に代謝を落として冬眠して延命しているだけで不老でも不死でもない。サイレンスは本体を別に隠して使い魔で活動していて、ヒドゥンは半吸血種だから寿命が長いだけ。アノーマリーは人口生命体で分体を作って活動していただけ。ライフレスは肉の身を捨てて、マナを取り込む永久機関と化した。では、君は? 考えた結果、サイレンスに近しい状況だと考えた。というか、蟲や樹にできることなんてたかが知れているしね」
「だから、なんだと言うの?」
「火が怖いんだろ? だから生存に適していないと知りながら、こんな極寒の大地に来た。ここなら砂漠や乾燥地帯にありがちな自然な火事で死ぬことはない。そんな死に方したら間抜けの極みだからね」
「証拠は?」
「これだ」
アルフィリースの問いかけに、ドゥームは今たたき割った樹木を投げてよこした。アルフィリースも一目では確信が得られなかったが、先ほどの話を合わせてなんとなく理解ができた。
「これ・・・ひょっとして、ヒュージトレントと同じ材質かしら?」
「多分ね。実際に育てていないからわからないけど、アノーマリーの地下工房近くに根を張っていた植物の植生が、たまたまヒュージトレントと似ていることに彼は気づいていた。北と南の樹の性質が似ていることは通常ありえない。そこから導き出される仮説と、そして大陸の各所を回った僕だからわかること。大陸各所で封印されているような魔物のうち、蟲や植物にまつわるものはかなり多い。これが全てカラミティの保険だとしたら――面白いと思わないか?」
「なるほど」
「だから、なんだ?」
そう告げたカラミティの――モロテアの表情が人間ではないかのように変形していた。片方の眼窩は広くなって歪み、眼球を支えることができず眼球が垂れ下がっていた。髪は抜け落ち、眉や髭の場所はは逆に毛深くなって顔を毛で覆っていた。口は片方だけが歪んで吊り上がり、唇はめくれあがって肥大した舌でさえ隠すことができず、垂れ下がっていた。
当然、乾燥した舌はひび割れ、血が流れて蛇のような真っ赤で割れた舌先へと変わる。人ではあるが――あまりの醜さに、誰となくシェバの弟子たちからうめき声が漏れた。
ドゥームはその顔を見て、けらけらと笑いながら手を叩いた。
「それが君の真の顔かい? アノーマリーと良い勝負だ、煽ってみるものだねぇ。もうちょっと冷静になりなよ、魔術士だろ?」
「うるさい!」
「アノーマリーは危険な薬物の実験を繰り返してああなったと言っていたが、君は生まれつきそれなんだろう? さぞかし周囲には心無いことを言われたろうね。いや、だから生贄にされたのかな? なんて名前だっけ、君の幼馴染。マーテル、クラテラ――ああ、セヴなんてのもいたか」
「? な、なんで――」
「君の思い人だろ? いや、それは幼い淡い恋心で、愛していたのは初代ローマンズランド国王か? それとも、本当は妃か愛妾にと望まれたのに、彼に真実を晒す勇気がなかった? だからオルロワージュに辛く当たった? それとも、オルロワージュが延命を望んだ理由の一つに後ろ盾のない君を心配していたことが屈辱だった? 自分が叶えられない望みをいとも容易く叶える美しき友人に、嫉妬した? それとも、本当のことを告げて相手を失望されることが怖かった? アンネクローゼ王女殿下、日記になんて書いてあるか教えてあげなよ。初代国王もまた君のことを愛していて、最後までその身を案じていたと。ただ政治だからね。得体の知れぬ平民の魔術士ではなく、身分たしかで見栄えもするオルロワージュとの婚姻を周囲が勧めて断れなかったと。なんなら、君が人間でないと知っていたとさえ、言ってあげたら?」
ドゥームが得意げにまくし立てるその言葉に、モロテアの刺すような視線がアンネクローゼの手の中にある日記に注がれる。その日記をアンネクローゼが反射的に強く抱いたことで、モロテアはドゥームの言葉が真実だと判断した。
「あぁ――アアアアァアアアッ――?」
モロテアの悲痛な叫び声は、途中で掻き消えた。姿と気配を極限まで消していたルナティカの一撃が、その頭を口の部分で輪切りにしたからだ。
噴き出したのは血ではなく、樹液。致命傷となる一撃を加えたルナティカは、油断なくアルフィリースの傍に合流した。
「この間合いでよかった?」
「――上出来よ。いざという時のために伏せさせておいてよかったわ」
「でも、飛竜の大半がやられた」
「まだ脱出できるだけの頭数はいるわ」
「煽って隙を作った甲斐もあったというものだね。魔術士は冷静さを失わせるに限る」
得意げなドゥームに、アルフィリースは険のある視線で釘を刺した。
「楽しんでいただけでしょ? 冷静さを失わせるだけなら、他にも方法があるわ」
「とはいえ、似たようなことは君も考えていたはず。記憶のなる杖をもっている僕の方が、彼女ですら忘れえた真実を知ることができたというだけで」
「一歩間違えれば全滅よ?」
「君たちはそうかもね。僕は生き延びることができるけど? それより、さっさと脱出しようぜ」
ドゥームがくるりと背を向けたが、生き延びることができると言ったその言葉に、どこか寂寥感が漂った気がしたのは気のせいかと、アルフィリースは一瞬気を取られた。
その隙に、モロテアが動いた。
続く
次回投稿は、3/4(月)13:00です。