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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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終戦、その49~発動と覚醒㉚~

「それ以外にも古傷、かんの病、あとは――そうですな、婦人との夜の営みに悩む者へも効くとまことしやかに囁かれていました。中央ほど華やかではないものの、ローマンズランドにも社交場はあります。そこで少しずつ広がり、私の耳に入る頃には既にどうしようもなかった」

「責めることはできぬ、か・・・」

「はい。誰もがただの便利な薬だと思っていたのです。それがまさかあのようなことになるとは、当のクラスターですら思っていませんでした。クラスターが気づいたのは、眠ることをしなくてもまったく疲れを覚えなくなり、ある日の訓練で部下の一人を意図せず半殺しへと追い込んだと時だと言っておりました」


 普段通りの木剣どうしの手合わせのつもりが、相手の鎖骨を粉々に粉砕した一撃を加えた時だ。その時クラスターの中に走った感情は、快感だった。はっと我に返って周囲を振り返った時に、半数の部下が目を爛々と輝かせながら、クラスターのことを羨望の眼差しで見つめていた。

 その時初めてクラスターは気づいた。自身の変化に、部下の変貌に。そして死の床に少しまでついていた妻が、毎夜自らを獣のように求める変容に。

 調べた結果、妻が内服していた薬はエクスペリオンなるものだと判明した。そしてそれがターラムで流行した、魔王へと変質させる薬だとも。それを妻が自らの酒に少しずつ混ぜて服用させていたとも。


「クラスターから相談を受けた時、シェパールも既に内偵を進めている最中でした。結果、気づくのが遅すぎたことを知りました。既に軍部の何割かが汚染され、取り除くことは不可能になっていた」

「王に報告は――しなかったのか?」

「しました。そして、もっと衝撃の事実とこの通路の存在を伝えられました。それが日記の内容です。私も見たのです」

「そうか――」

「よし、開いた」


 成程、それならば納得できるとアンネクローゼが理解した瞬間、シェパールが仕掛けを解き切った。扉がゆっくりと傾き外側に倒れていくのと同時に、凍てつくような寒気がアンネクローゼの顔を叩いた。

 それが火照った頭を覚ましてくれるようで、あるいは叱りつけてくれるようで。アンネクローゼは久しぶりにローマンズランドの冬に純粋な感謝をした。

 またしてもシェパールが先行して、危険を確かめる。アンネクローゼとオズワルドがそれに続こうとして、オズワルドが動かないことに気づいた。


「爺、どうした?」

「姫様、私はここまでにございます」


 オズワルドの見つめる先には、先ほどのスウェンドルとは別の巨大な蟲がいた。全身鎧のような甲殻で身を固めながら、形状は細く美しく、虹色のような輝きを放ち雪風の中を静かに浮いていた。

 まるで高貴な騎士を思わせるその蟲が変化した女中のカーネラだと気づけたのは、かろうじて顔だけが彼女のものだったからだ。


「カーネラ? あやつも蟲になったのか?」

「いえ、違います。やつめは最初から蟲。南の大陸から来た、カラミティの親衛隊にございますれば」

「なぜわかる?」

「むしろ、なぜわからぬのです? いえ、だからこそのアンネクローゼ様とウィラニア様なのでしたな」

「爺、まさかそなたも・・・」

「左様にござりまする」


 首だけ振り返ったオズワルドの左眼が一部、蟲のような複眼へと変化していた。アンネクローゼは息を飲んだが、後退することだけはかろうじて思いとどまった。


「心臓を悪くしておりましてな。本来ならば数年前に死んでいたはずの体にございます。エクスペリオンを使いながら、かろうじて生き延びてまいりました」

「しかし、その眼は」

「これこそが証拠にございます、アンネクローゼ様。エクスペリオンなどよりもはるか前に、この国はカラミティめに汚染されていたのです。ですがあなたがた2人だけは――アンネクローゼ様とウィラニア殿下だけは、違う運命を辿ることができます。本来ならばスウェンドル陛下もそうすることができたのに、あの御方は自らローマンズランドと運命を共にすることを選びました。陛下の末路を見届け、殿下御2人を逃がすことこそが我らの最後の忠義にございます。さ、お行きなされ。足止めくらいはしてみせましょうぞ」

「姫様、こちらに」


 いつの間にかアンネクローゼの足元に跪くシェパールも、一部が魔王へと変化しつつあった。足元がぐらつくようなめまいを覚えたアンネクローゼだが、ここでよろめくわけにはいかない。そんな暇も許されないのだ。

 アンネクローゼの後を押すように、アウグストが言葉を発した。


「アルフィリース殿は全てに気づいておいでで、それでもカラミティをなんとかするためにこの国に乗り込んでまいりました。あの女傑ならば姫様のこともきっと助けてくださいます」

「まさか、待ってくれているのか?」

「ウィラニア殿下はイルマタル殿が連れ出してくれています。さ、合流を。あまり時は稼げませぬぞ!」


 その言葉を最後に、オズワルドが咆哮を上げながらカーネラに向かって突っ込んでいった。結果を見ている暇はない。アンネクローゼはオズワルドに背中を向け、シェパールの案内で走り始めた。雪風が弱まり、竜舎がしばし先に見えた。助かる者だけでも――ウィラニアだけでも助けなければ。

 今はそれしか考えることができなかった。



続く

次回投稿は、2/27(火)14:00頃予定です。

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