終戦、その48~発動と覚醒㉙~
アンネクローゼは混乱しながら、オズワルドが老齢とも思えぬ速度で自分の部屋へ飛び込み、壁に備え付けてある燭台を引っ張るようにして右に倒すのを見た。すると、暖炉の奥ががらがらと横に開いたではないか。
アンネクローゼも知らぬ仕掛けに、頭は完全にパニックだった。腰をかがめねば勧めぬほど狭い通路を、オズワルドはアンネクローゼを抱えるようにしたまま中腰で駆け抜けるように進んでいく。
通路が左右に分かれるところで一度オズワルドは右へ行き、壁に手を当てるとそこの壁石がその分奥へと進み凹む。そして後ろから続くシェパールが足元の石を踏み抜くと、行き止まりだったはずの通路の下側が空いて梯子状の通路が出現した。
シェパールが先に降りて通路が無事なのを確認すると、オズワルドはアンネクローゼをおろし、階段を先に降りるように促した。
「さ、姫様。お早く」
「まて、聞きたいことがある! クラスターのあの姿はなんだ? それに、ウィラニアはどこだ? それに父上・・・だったのか? あの姿はなんだ?」
「順を追ってお話します。まずは下に」
下に降りると、そこは少し開けた空間となっていた。見れば年季こそ入っているが、小さなテーブルと、蝋燭を置くための場所と、それに仮眠をとるようなベッドすらあった。小さな本棚まであり、そこには日記のようなものが何冊も置いてあった。
アンネクローゼがその一冊を手に取って開いてみると、見覚えのある名前があった。たしか七代ほど前の王の日記だ。それに他にも――次の日記も手に取ろうとして、シェパールが苛立ちの声をあげた。
「ええい、仕掛けが複雑すぎる! 脱出路にここまで凝ったものを作る必要があるのか?」
「落ち着け、代々の王の遊び心に、スウェンドル様が手を加えられた。何か意図があってのことだろうよ」
「何の意図だ?」
「そこまで聞いておらぬ」
オズワルドも仕掛けの解除に取り掛かるのを見て、アンネクローゼはできることがないと悟り、日記を手に取った。順番に並んでいるのならば、最後の一冊は父上のものか――そうあたりをつけたが、事実その通りだった。
スウェンドルに日記をつける習慣があったのは驚いたが、思ったよりも細かに記載されていたそれは、彼が皇太子の頃からの日記のようだった。
オズワルドが仕掛けを解除しながら、アンネクローゼに説明した。
「アンネクローゼ様が使われている部屋は、代々王が使用される部屋でした。スウェンドル様のお父上――先代の王は長らく病の床に臥せった故に、スウェンドル様は皇太子の頃からこちらを使われておいででしたが」
「聞いたことがある。そしてごく最近まで使われていたはずだ。アウグスト兄上は私室を別に与えられたし、ブラウガルド兄上は軍部の指導があるからと第三層に邸宅を構えられた。オルロワージュを愛妾とした際に部屋を移られたが、王の使用していた部屋を空けるわけにもいかぬからと、半ば強引に押し付けられたのだったが・・・まさか?」
「はい。万一のことを考えて、脱出路のある部屋を割り振られたのでございます。ここはかつては初代国王が使用された部屋。その時から少しずつ、歴代の王が手を加えて改造した場所にございます」
「なぜそのようなことを・・・それに、どうしてそれを爺が知っている?」
「直接スウェンドル陛下より聞きました。そして万一の際には、我々3人がアンネクローゼ殿下とウィラニア殿下を脱出されるようにとのご命令にございます」
「訳がわからぬ」
「その日記の最後に、理由は全て書いてあるとのおおせでした」
そう言われて、アンネクローゼは日記の最後をめくった。その冒頭には、「おそらくは爺どもが仕掛けの解除に手間取るだろうから、その時に読んでいるだろう我が娘アンネクローゼへ」と書いてあった。
我が娘と呼ばれたのは、いつ以来だったろうか。幼少のみぎり以来のことに、思わず気が緩みそうになると同時に、父の思いを垣間見た気がする。
そしてその内容を見て、アンネクローゼはは思わず日記をテーブルに叩きつけた。
「爺! ここに書いてあることが真実か!?」
「・・・なんと書いてあるかは存じ上げませぬが、おそらくはその通りにございます。その日記の内容と同じことを、私には話すとおっしゃっていましたから」
「では、そなたは全て知っていたのだな!?」
「私もその内容を聞いた時、不敬にも陛下の胸倉を掴み上げました。私はその時の殿下の悲しそうな顔を一生忘れることができませぬ」
背を向けたままのオズワルドの声に力がなかったことで、アンネクローゼの怒りは向かう場所をなくした。
同時に仕掛けが解除されると、またしてもシェパールが先行して安全を確かめた。冷えた空気が流れ込んできたので、外が近いようだ。
オズワルドは告げた。
「クラスターの細君は、不治の病でした。ハイランダー家の末子のように、時にこの国に発生する肺の病にございます」
「余命が長くないと聞いていた。それが社交界にまだ参加し続けているとも。どうなっている?――まさか」
「エクスペリオンです。正確には、魔王になっていたのです」
最初は特効薬があるとの話だった。何人かの者がその薬で快癒したとの噂が静かに貴族の間に広がり、人に言えぬ病を抱えた者たちはその薬を密かに求め、水面下でエクスペリオンは広がっていった。
だがその薬とは、人を治す薬ではなく、人を人ではないものへと変質させる薬だった。そのことに気づいた時には、どうしようもないくらいにエクスペリオンは貴族の間に蔓延していた。
薬の元締めはハイランダー家のようだったが、それ以外にも流通路は複数存在していた。それがクラスターの妻である、元子爵家だった。
続く
次回投稿は、2/26(月)14:00頃の予定です。