終戦、その45~発動と覚醒㉖~
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「・・・っ、大事ないかウィラニア、イルマタル!」
「姉様、私は平気」
「私も!」
アルフィリースたちがカラミティと対峙しているその時、カラミティのみじろぎで倒れる本棚を躱したアンネクローゼと、テーブルの下に入って身を守っていたウィラニアとイルマタルが、互いの無事を確認しあっていた。
アンネクローゼは自身が率いる空戦第三師団の指揮権を、兄であるブラウガルドに移譲していた。この寒気と戦況では空戦師団の出番はないと考え、ブラウガルドが全て預かる形になったのだ。
空戦第三師団は、本来ならばブラックホークのアマリナが指揮するはずだった軍隊だ。アンネクローゼにはその負い目もあり、また戦時中に指揮権を移譲するなどもっての他と考え猛反発したが、ブラウガルドの一言が全てを諦めさせた。
「ウィラニアを誰が護る?」
多くを語らぬブラウガルドだが、その一言にアンネクローゼは頭を殴られたような衝撃を覚えた。アンネクローゼもアルフィリースも、ブラウガルドにはカラミティの詳細を話していない。ブラウガルドとて竜紋を持たない以上、彼女の影響を受けていないと確信が持てないからだ。
だがブラウガルドは自らの才覚で、あるいは情報網で、必要なことは全て知っているのだろう。アウグストの出陣に際して「私は最後までローマンズランドに残る」と即座に発言したことも、父王であるスウェンドルに指示を仰ぐことなく全て自らの才覚で軍を動かすことも、アンネクローゼがイェーガーを引き入れたことに関しても、彼はあえて何も問いたださず、ただ全てを覚悟したうえで指揮を執っているように見えた。
そして統制の取れなくなっている陸戦師団の指揮権も全て預かると、アンネクローゼの教育係でもあった陸戦第六師団のオズワルドを解任し、アンネクローゼとウィラニアの護衛につけた。そしてアンネクローゼの身の回りの世話をするのは、オズワルドが自らの屋敷から連れてきた信頼のおける年配の女中と執事に任せたのだった。
老齢の将軍らしくオズワルドは落ち着いた態度でアンネクローゼとウィラニアに接しながら、「引退したらこのような気分でしょうかな?」などと冗談交じりに語らいながらも、油断なくアンネクローゼとウィラニアの周囲を警戒していた。彼の一人息子は、魔物の討伐中の事故で亡くなっている。一人娘は出産後の肥立ちが悪く子ども共々亡くなっており、後継者をなくしたオズワルドにとって、アンネクローゼとウィラニアは娘か孫のように思っていることをアンネクローゼは知っていた。
そんなオズワルドの元に、陸戦第三師団のシェパールと、空戦第五師団のクラスターがある日訪れた。聞けば2人とも師団長の立場をブラウガルドに解任されたという。だが2人は憤怒ではなく、不安そうにむしろブラウガルドのことを案じていた。
「殿下は何かあった際の責任を全て、お取りになるつもりだ」
「たしかに統制は取れなくなっていた。だが全てを擲つのは早いのでは」
「陸戦師団にも心ある者はいる。彼らだけでもなんとかならないか」
そんな会話が連日、護衛たちが控える間から聞こえてきており、アンネクローゼも剣呑な話し合いだと憂鬱な気分になっていた。
だが言われずともわかっていたことだ。そもそもこの王宮は暗く陰鬱なところで、親衛隊もフルフェイスの全身鎧をつける習慣があったせいで、その表情が読み取れないこともアンネクローゼは嫌っていて、王宮に寄り付きたくない一因だった。
それでも彼らからは王族に対する敬意を感じてはいたが、最近ではそれすら怪しくなっている。またその数も徐々に減っているようで、王宮内を巡回する兵士たちが10人1組から、今では4人1組程度にまで減っていた。
消えた兵士はどこに行ったのか、また誰がその指示を出しているのか。王宮内のことはスウェンドル王の直接の指揮下にあるとはいえ、あまりに得体の知れない現状にアンネクローゼですら部屋の外にでることが億劫になりつつあった。
唯一の救いはアルフィリースの部屋との間をこっそり行き来するイルマタルが、外の情報を持ち帰ってくることくらいか。だが彼女が持ち帰ってきた何気ない情報が、驚くような真実を孕んでいた。
アンネクローゼもまたその情報を聞いた時、ブラウガルドや、あるいはスウェンドルの気持ちがわかったような気持ちがした。この国は、最初から行き詰まっていたのだ。ただそれでも、信じてきたものが崩れる音をただ聞くしかできないのは辛かった。
腹を据えるのに十日以上が必要だった。アンネクローゼは初めて自らのことを女々しいと思ったかもしれない。
互いの無事を確認したアンネクローゼは、護衛がいる控えの間の扉を開けた。真実を明らかにしなければならない。
続く
次回投稿は、週明けになるかもしれません。ちょっとネット環境が不明な場所に行くので…