終戦、その44~発動と覚醒㉕~
「要件を手短に言おう、アルフィリース。僕と手を組まないか?」
「またですか? 早々何度もそんな誘いには――」
「狙いと条件によるわね」
「ちょっと、アルフィ!?」
受けることを前提で返事をしたアルフィリースを、リサが思わず咎める。だがドゥームはどこかその返事を予想していたように、口の端を軽く歪ませてにやりとしただけだった。
「さすが話が早くて助かる。当然ながら、カラミティのような化け物が大陸全土を利用するような大規模な儀式魔術を完成させて、超常の力を得るのはこちらとしても困る。というか、絶対に避けなければいけない事態だ。僕は闇に属する生物だし性格もこんなのだが、全ての滅びを願っているわけではない。それは信じてほしいな」
「どう判断するかは、話を聞いてから決めるわ。それで、条件は?」
「既にカラミティに対する腹案はある。それらが全て駄目だった場合、君にカラミティを仕留めてほしい」
「私が? なぜ?」
「レーヴァンティン」
ドゥームの一言に、空気が瞬間的に凍り付いた。だがそのアルフィリースの反応で、ドゥームには十分だったようだ。
アルフィリースは小さく息を吐くと、首を横に振った。
「あれは私の制御下にないわ。私に頼んでも無駄かもよ?」
「いや、君が頼めばきっと大丈夫さ。どんな代償を払っても、きっと彼はやり遂げてくれる。そういった意味では今、大陸の命運を握っているのは君だとさえ思っているよ」
「期待はしないで頂戴。それで、見返りは?」
「オーランゼブルの工房の場所を教えよう」
その言葉に、アルフィリースの視線が揺れ動いたのをドゥームは見逃さなかった。
「さすがに興味があるようだね?」
「・・・その情報、正確なのでしょうね?」
「まぁ、場所だけなら以前から知っていたんだ。ただ侵入方法がなかった。それを解決できるようになったというべきかな」
「さて、それはどうかしらね? 侵入だけならいつでもできたけど、オーランゼブルの隙を待っていた、が正確なんじゃない?」
「いやいや、本当につい最近のことなんだ。今なら侵入方法と合わせて教えちゃう大サービスさ」
アルフィリースの指摘の鋭さにドゥームは閉口しそうになったが、そこは得意の軽口でごまかすことにした。だが思えば、こうやって緊張感のある会話ができるのは貴重な機会かもしれないとさえ感じる自身の変化に、驚いてさえいた。
アルフィリースは慎重に悩もうとしたが、階上で何かを突き破るような大きな音がしたので、大股で再度歩き始めた。
「場所だけでいいわ。侵入方法は自分で考えるもの」
「いいのかい?」
「あなたの罠でない保証がない。それに、あなたが罠だと気づいていない可能性だってある。やるなら自分の責任においてやり遂げるわ」
「それならばそれでいいさ。だがオーランゼブルの工房だけあって、侵入者対策は厳重だ。それだけは伝えておこう」
「わかったわ。それより腹案の説明をして頂戴」
「ティタニアとライフレスを呼んである。彼らをぶつけてカラミティの気を逸らす」
ドゥームが小走りのようにして、アルフィリースに並走しながら説明した。アルフィリースとドゥームでは身長が違うので、自然そうなるのだ。
だがアルフィリースはさほど驚いてもいなかった。
「ブラディマリアは?」
「彼女には貸しがない。そろそろ気づく頃だろうが、彼女がカラミティと戦ったなら、間違いなく大災害になる。それではあまり意味がない」
「ドラグレオは?」
「見つけてない。いや、見つけてもどうしようもないかもしれない。ドラグレオなら自分でこの状況に気づくだろうし、いまだ姿を現さないところを見ると、本当に良くない状況なのかもしれない。今回はあてにしていない」
「ティタニアとライフレスを呼んで気を逸らす、と言ったわね? ということは、誰かが正面から対峙するのでしょう。誰がやるの?」
「僕が受け持とう」
その言葉に、さすがにアルフィリースが驚いてドゥームを見下ろした。ドゥームもそういう反応をされるだろうと思っていたが、思ったよりも悪くない気分だった。
「あなたが? どういう風の吹き回し? いかに悪霊といえど、痛みを感じないわけではないでしょう?」
「そうだね、蟲についばまれる趣味はないわけだけど。言い出したのは僕だから、さすがに責任を感じているさ。それに、ちょっとばかり確認してみたいこともある」
「確認したいこと?」
「今、どのくらい戦えるかってことさ。そうしないと、オーランゼブルに対抗することなんて、夢のまた夢だからね」
「まさか――オーランゼブルを自分で仕留めるつもり?」
驚きの声を隠せないアルフィリースに、ドゥームは少し頬をかきながら頷いた。
「そうだね。そうする必要があると思っているよ」
「理由を聞かせて」
「大勢の運命と意志を捻じ曲げて当然と思っている、その高慢ちきな鼻っ柱を折ってやりたい」
「本音は?」
「オシリアとの約束だ。廃都ゼアの悲劇は、オーランゼブルがいなければ起こっていないかもしれない事態だった。僕は自分の起源を知らないが――もし僕のような存在がオーランゼブルのせいで生み出されたというのなら、一発殴ってやらないと気が済まない。悪霊でいることそのものには感謝しているが、カラミティやサイレンスほどじゃなくても僕の中にもどうしようもないほどの怒りはある。これが奴のせいだというのなら――こんな怒りがなければ悪霊であっても、もうちょっと自由な存在でいられると思うのさ」
本音だ、とアルフィリースは感じた。同時にドゥームもまた、掛け値なしの本音を語ったことに自分で驚いていた。こうする理由はなかったわけだが、不思議とそうしてしまったのだ。あるいは、誰かに語りたかったのか。
後ろでオシリアとリサが、同じように驚いた顔でドゥームを見つめていた。ドゥームはなぜかそれが気恥ずかしかった。
「2人してそんな表情をしないでくれる? なんだか恥ずかしいんだけど」
「・・・そんなことを考えていたのね。私のため?」
「そういう約束だったろ? 半分は自分のためでもある」
「愛されていますね、あなた」
リサがオシリアの方を見て言うと、オシリアは無言で頷いていた。目だけではなく、その頬が少し赤かったのは見間違いではあるまい。悪霊であっても、照れることはあるとはリサも初めて知った。
そしてアルフィリースは前を見たまま、頷いた。
「今回に限っては信じるわ」
「本当に? 話してみるもんだな」
「ええ、でもまずは脱出してからね」
「その点はご心配なく。いざという時の策はいくつも――」
ルォオオオオオン! という耳をつんざく咆哮がドゥームの言葉を遮った。階上から聞こえた大音量に、思わずドゥームも耳を塞ぐ。
「なんだぁ!? 何が起きた?」
「・・・いきなり正念場かもね」
「アルフィリース、上には――」
「策は授けてある。信じるしかないわ。私たちも、自分のことで手一杯よ」
アルフィリースはそう言うと、駆け足になって目的地へと一直線に走り始めた。
続く
次回投稿は、2/9(金)14:00頃の予定です。