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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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傍らに潜む危機、その6~普段通りの執事~

***


 その頃ジェイクは隠しておいた真剣を腰に差し、ブルンズの執事を探して校内を探し回っていた。普通ならどこから探すべきか想像もつかないほど広いグローリアであるが、ジェイクは見えない何かに導かれるように校内を探索していた。


「こっちか」


 ジェイクはいつもと様子の違う空間を探して歩いているのだった。同じ光景でも、そこははっきりとした異世界。その原因は何者かが残した違和感。微かに感じるその気配を彼は辿る。もちろんジェイクがそのような訓練を施されたわけではなく、また、たとえ梔子のように訓練された者だとしても追跡は無理だったろう。これはジェイクが生きる上で習得した、彼自身の能力である。

 ジェイクの能力。その事をジェイクは意識しながらも、どのような物かまでははっきりとは理解できていない。だが、使い方だけはわかっている。そして自分が間違う事など決してないことを。


「ここか・・・」


 やがてジェイクが辿り着いたのは、魔術実験教室。ここでは簡単な召喚魔術や、魔術訓練を行うために魔術障壁で囲まれた部屋である。当然のように防音魔術も施されており、その性質上普通なら立ち入り禁止の教室であるが。


「鍵が開いている」


 ジェイクが少し取っ手を動かそうとすると、すんなりと扉が動くのだ。その事実に、瞬時に集中力を高めるジェイク。下手をすれば扉を開けた瞬間に斬られることもありうる。ジェイクは警戒するように剣先でドアをそっと開ける。

 ギギギ、と立てつけの悪いドアが軋む音を立てながら重苦しく開き、少しカビ臭い匂いがジェイクの鼻をつく。いつもなら大したことに感じないジェイクだが、今はこの湿り具合が息苦しさを倍増させる。


「いない? いや・・・」

「おや、これはジェイク様。いかがなされましたか?」


 突然声を部屋の中からかけられ、ジェイクは思わず後ろに転びそうになった。声の主はブルンズの執事だった。彼の名前は何と言うのか確かに聞いたはずなのだが、ジェイクは忘れていた。まるで頭が覚える事を拒否するかのように。

 あるいは、ジェイクは名前を聞く必要を感じなかったのかもしれない。その理由を、ジェイクは執事と相対することではっきりと自覚し始めていた。


「ここで何している?」


 それでもジェイクは一つ呼吸を整えると、冷静に質問する。その答えに、執事もまた平静で返す。


「ブルンズ様が忘れ物をしたとおっしゃったので。不肖ながら、この老いぼれが探していたのでございます」

「勝手に動き回っているのか? 学園の許可は?」


 だがジェイクの質問は想定の範囲内なのか、執事は微笑みながら答えた。


「もちろん得ておりますよ。それに私はこの施設内でしたら、ある程度は自由に動けるような許可をいただいております。つまり私がここにいても何の不都合もないわけですが、失礼ながらジェイク様は授業中では?」

「俺は不審者を見たから追っ掛けてきただけだ。授業よりは優先されるだろう。それより、その証拠とやらがあれば見せてもらおうか?」

「どうやら私はジェイク様に信用されていないようですね・・・仕方がありません」


 ブルンズの執事は胸の内ポケットから便箋を取り出し、それを指先で掲げてジェイクの元に歩いてくる。そして彼の距離がジェイクから7歩のところに来ると、ジェイクはおもむろに彼に剣を抜き放ち様斬りかかったのだ。

 だが執事は事もなげにジェイクの剣を避けて見せた。その表情は平静そのもので、顔には驚きも敵意も見られない。それがジェイクに取っては余計に不気味だった。


「何をなさいますか、ジェイク様?」

「・・・今確信した。お前は敵だっ!」


 ジェイクはその一言と共に、ブルンズの執事を斬るべくさらに彼に踊りかかっていった。


***


 剣の風切り音を聞いたラスカルとブルンズが魔術実験教室に辿り着いたのは、ジェイクが戦い始めてから数分の後だった。


「え?」

「どうなってるんだ?」


 2人が状況を飲み込めないのも無理はない。部屋の中には抜き身の真剣を持ち、汗だくで剣を構えるジェイクと、涼しい顔をしたままのブルンズの執事が立っていたのだ。


「何をなさいますか、ジェイク様?」

「くそっ」


 執事の言葉にジェイクが苦々しい言葉を吐いた。その光景をはたから見たブルンズとラスカルは、それぞれ異なる反応を見せた。

 ラスカルという少年は普段はふざけつつも、基本的に冷静な性格である。彼はジェイクが一体何を成そうとしているのかを冷静に見極めようとし、ブルンズも最初は呆然としたものの、ジェイクが本気で剣を振るっているのに気がつくと、彼を止めるべく叫ぶ。


「おい、ジェイク! 何をやってるんだ!?」

「・・・話しかけんなよ、余裕がないんだ」

「いや、そうじゃなくてだな!」


 ブルンズはさらに言い返そうとするも、ジェイクの鬼気迫る表情にさしもの鈍い彼もただならぬ雰囲気を感じ取り、思わず言葉を詰まらせた。そこでブルンズは彼の執事を説得しようと試みる。


「おい、お前! 俺の許可も無く何をしている!?」

「ご心配なくおぼっちゃま。すぐに終わりますゆえ」

「いや、そんなことではなくてだな。俺は何をしているのかと聞いている!」

「ご心配なくおぼっちゃま。すぐに終わりますゆえ」

「だから・・・」

「ご心配なくおぼっちゃま。すぐに終わりますゆえ」


 その山彦の様に繰り返される言葉に、ブルンズも異常を感じた。確かに彼の目の前にいるのは、彼が良く見知った執事である。だが、あまりにも見知りすぎている。こんな緊迫した場に置いて、彼の執事は普段通りでありすぎた。


「なんだ、何がどうなっている?」

「ブルンズ、散開だ。もしジェイクが危なくなったら、俺達で時間だけでも稼ぐぞ」


 ラスカルはブルンズよりもやや早く異常を感じとり、既に戦闘態勢に入り始めている。もちろんラスカルに実戦経験などありはしない。また彼も下町育ちの人間とはいえ、ジェイクのように修羅場を経験しているわけでもない。だが、それでもラスカルは危険を感じとった。自分も傍観している場合ではないと。

 その緊張感はブルンズにも伝わったのか。どうすべきか彼には判断がつくほど頭の回転が良いわけでもなかったが、緊張感だけは高まっていく。だからこそ、ブルンズはラスカルの肩を掴んで動きを引きとめた。


「よせ、ラスカル」

「なんだよ、自分の執事の肩を持つつもりか? それなら・・・」

「そうしたいが、そうじゃない」


 やや息まくラスカルを見るブルンズの表情も、いつになく真剣であった。


「俺の執事は元騎士だ。それも若い頃、王国の剣技大会で騎士団の上位100傑に入る程の」

「は? ってことは・・・」

「俺達程度じゃ、ジェイクの邪魔にしかならん。ジェイクが執事を倒せるとも思わないし、それに俺の執事がジェイクを殺すとも思えない。あいつは優しすぎるほど優しいからな」


 ブルンズが、昔夜盗の群れに絡まれた事を思い出す。たかが5、6人だったが、彼の執事は夜盗を誰も殺すことなく、あっという間に撃退した。その時の執事の剣の冴えは、今もブルンズの記憶に鮮明だ。その記憶の執事が衰えていなければ、ジェイクがいくらかでも斬り結んでいることがもはや信じられないほどの状況なのだ。

 それでもブルンズは念のため、執事に釘をさしておく。


「おい、間違っても俺の・・・俺の級友を殺すんじゃないぞ!?」

「ご心配なくおぼっちゃま。すぐに終わりますゆえ」


 執事の返事は変わらなかった。その事に、ジェイクならずともラスカルと、さらにはブルンズさえもが薄気味悪さを覚えたのだった。

 そして息を整えたジェイクが再び執事に斬りかかる。


「おおっ!」

「何をなさいますか、ジェイク様?」


 ジェイクの全力の剣を、紙一重で、しかし確実に執事はかわす。ジェイクの表情にやや焦りと疲れが見える。まだ執事は武器をとろうとさえしていないのだ。もちろん学園に入る時に安全のため彼は護衛のための剣でさえ預けているわけだが、それでもこの教室には色々な器材がばらまかれている。ロウソクの燭台など、かっこうの武器になりそうなのだが、執事は触れるどころか目もくれなかった。だが戦闘の途中でも、まるで思考が壊れたかのように「何をなさいますか、ジェイク様?」と、執事は無表情で問いかけ続けているのだった。

 やがてジェイクの体力に限界が見え、彼の剣先が鈍り始めるころ、さらに教室に到着する者がいる。


「ジェイクか!」

「これは一体?」


 かけつけたのは、上級生のミルトレとマリオン。その後ろから息を切らしたロッテが続く。もちろん彼女が呼んで来たのだ。ロッテはクルーダスよりも早く一足早く彼らを見つけたため、まず彼らを呼び寄せたのだった。

 ミルトレとマリオンは状況を見ると判断に迷ったようだったが、まずは戦いを止めさせるべく、ミルトレがジェイクを後ろから羽交い締めにする。


「待て、ジェイク!」

「! 危ない!!」


 ジェイクは羽交い締めにされたまま、地面を足で思いっきり蹴った。ミルトレも虚をつかれて後ろに転ぶが、先ほどまでミルトレの頭があった場所は、執事が袖に隠していたナイフのような物で斬り払われていた。目にもとまらぬ早業である。


「なっ・・・」

「やっぱりそうか」


 ジェイクが得たりとばかりに納得した顔を見せる。


「何がどうなっている?」

「こいつは俺を殺すつもりはないんだ。でも・・・」


 ジェイクが敵意をむき出しに執事を睨む。


「こいつは俺とブルンズ以外は殺す気だ!」

「ご心配なくおぼっちゃま、すぐに終わりますゆえ。じきに静かになりますよ」


 そう言った執事の両手には、いつの間にか多数のナイフが握られているのだった。



続く


次回投稿は7/23(土)12:00です。

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