終戦、その42~発動と覚醒㉓~
モロテアもまたアルフィリースの魔力量に脅威を感じたのか、アルフィリースを注意深く観察しながら周辺から蟲たちを呼び寄せ始めていた。
「性根の腐った化け物の戯言に貸す耳はないけど、一つだけ聞くわモロテア、いえカラミティ。あなたがやっていることは、自らを含めて破滅へまっすぐ歩んでいるようにしか見えない。たとえ今回儀式魔術の魔力を得て全盛期以上の力を取り戻したとして、その先に見えるのはこの大陸の全ての生気を吸い取って滅ぶあなたの姿だけよ。そうまでしてやることに何の意味が? 元人間の御子だったあなたにとって、人間は憎悪の対象でしかないの?」
「――なるほど、状況を冷静に見れているようだけど、まだ私のことは理解できていないようね? 私は人間だけではなく、全てを憎んでいるの。私のことを御子と知ろうともせずに、ただ異端の能力と醜いというだけで生贄にした里の者たちも。私を、魔力を供給し続ける餌と知って、長く生かしながら貪った醜悪な蟲たちも。そして神樹の森の主となった私のことをただ討伐に来た魔人もその眷属も。私を御子と知りながら、苦しみの淵で何もしてくれなかった精霊たちも、何もかもが憎悪の対象でしかないわ。こんな世界、醜く干からびて滅ぶがいい――その点で私とサイレンスは気が合ったわ。彼に――アレに出会えた黒の魔術士という集まりには感謝しているかしらね。」
「・・・よくわかったわ。ただのいじめられっ子の癇癪だとしても、もう見過ごすわけにはいかない。呪印解放」
「いじめられっ子の癇癪、ですって?」
呪印を解放し、魔力を噴き出したアルフィリースの一言にモロテアの表情が歪んだ。その表情は醜く変化し、顔の左半分が焼けただれたように骨まで露出し、眼球が腐り落ち眼窩には闇のようにぽっかりと穴が空いた。
その眼窩が恨めしそうに、アルフィリースを見つめた。
「仲間に恵まれている貴様に何がわかる!? 私は集落の貧しい外れの家に生まれた! それでも諦めず里に貢献し、族長の子ども――私の友人を蟲の襲撃から守った時に、蟲の体液でこの火傷を負った! そうまでした守った友人は私のことをただ醜い化け物と罵り、次の生贄へと選定した! 私は復讐を誓ったわ。生贄になる代わりに、あの里の者たちを皆殺しにしろと。だけど、御子の素質があった私を蟲は簡単に殺してくれなかった。蟲たちは私の肉や皮を、内臓をついばみながら、実に数十年生かし続けた! 徐々に私の魔力を浸透させることで神樹の蟲をのっとり、主たる蟲を支配下に置いた頃には私が殺したい人間たちは全て死んでいた! わかるか、その時の私の空虚な気持ちが!? 私の行き場のない怒りが!」
「わかりようもないし、わかりたくもないわ!」
アルフィリースが部屋の背後に火を放った。ここが冷え切った王城とはいえ、乾燥した書物は実によく燃える。火はまたたく間に広がり、部屋を明るく照らし出した。
モロテアの操る樹木には意志があるのか、火が広がると嫌がるようにじわじわと後退した。蟲は樹木のうろから這い出てきているようで、包囲されかけていた部屋にも隙間ができ始める。
広がる炎に照らされた室内で、アルフィリースとモロテアが対峙した。
「私も御子の力の片鱗で周囲から疎外された人間だけど、たしかにあなたほど悲惨な目にはあっていない。だからあなたの気持ちがわかるようでも、きっと完全にわかりはしない。だけど、それはあなたにとっても同じことだわ。私の気持ちはあなたにはわからない。だけど、きっと私たちは歩み寄ることはできた。それをしたのが私で、しなかったのがあなたよ!」
「ならばあなたがこちらに付きなさいな、アルフィリース! 世界が滅ぶその瞬間まで、あなたは私の隣で生かしてあげてもいいわ! それとも、この滅びゆく世界に何を期待するの?」
「滅びゆく世界、ですって?」
違和感のある言葉に、リサが反応した。だがアルフィリースの表情は、少しだけ歪んだだけだった。まるで隠し事を突かれたかのように。
「アルフィリース? あなた、何を知っていますか?」
「・・・今ここで言うことじゃないわ」
「ふん、この世界はどうせ滅びるのよ。私が何もせずとも、数百年の後には沈んでしまう。他の大陸のように」
「・・・え?」
「あなたほど優れたセンサーでも知らないか。知っているのは御子の素質がある人間や、精霊の声を直接聞ける限られた者だけね。この世界に外なんてないわ、もうすでに滅んだから。ハイエルフも真竜も魔人も、かつての古い種族たちは全て亡びた大陸から逃れてきた脱出者よ。彼らは最後の楽園となったこの大陸に逃れ、なんとかわずかな生をつないだだけ。オーランゼブルがやろうとしているのは、せめてもの延命行為。この儀式魔術が成功すれば、この先大陸の命運をどうにかして永らえることができると信じているわ。そんなことができるわけないのにね。星そのものの地殻変動を一人のハイエルフごときがどうにかできるなら、とっくにかつての人間がやっているわ。かつての人間は、ハイエルフも神竜よりもよほど優れていたのだから。あの遺跡、誰が作ったと思っているの? 全てかつての人間が作ったものよ。そうでなければ、辻褄が合わないもの」
「辻褄?」
「そこまで話す義理はないわ。さぁ、交渉は決裂ね? 後悔はしないかしら、アルフィリース?」
「――1つだけあるわ。私は本当にオルロワージュと友達になれると思っていた。だけど、本当のあなたはカラミティから逃れられないのね?」
その言葉にモロテアがはっとする前に、オルロワージュは自らの首飾りを千切ってアルフィリースに投げた。アルフィリースがモロテアの意識を自分に向けた瞬間に、短い間だがオルロワージュはモロテアの支配に逆らっていたのだ。
その首飾りの中にある肖像画は、かつてのオルロワージュが仲睦まじく男性と寄り添っている絵だった。その男性には見覚えがある。王の間に飾ってあった初代国王の肖像画によく似ていたが、さらに年若い年齢のように見えた。
「あなたにあげるわ、アルフィリース。愚かな女が本当に幸せだったころの思い出よ」
「――たしかに受けとったわ」
「馬鹿ね、余計な事なんて考えずにただ彼の傍にいればよかったのに。私に為政者の才能はなかった。だから王妃になりながら病に侵された時、すぐに死ねばよかったのだわ。苦労したのだから、その分もっと報われたいと考えた。もう十分、幸せだったのにね」
「オルロワージュ、あなたは」
「私は誰も恨んでいない、アルフィリース。モロテアが私を利用するために近づいたのだとしても、彼女と旅した時間が楽しかったのは本当よ。だから言えるわ。カラミティの本体は巨大でも、核はさほど大きいものではない。だから彼女は心配して、この土地から離れられなかった。人間ですら、まかり間違えば彼女を殺しうるから」
「――オルロワージュ、何を勝手にぺらぺらと!」
モロテアが激昂する姿を見て、オルロワージュは寂しそうに微笑んだ。
「さよなら、モロテア。旅の途中に馬鹿をやった私たちを見てあなたが時々微笑んでいたこと、忘れていないわ。一度だけ、声を上げて笑ったわね。あなただって、本当は――」
モロテアがオルロワージュへの命令を強固にし、彼女の自由を奪う前に素早くオルロワージュは自らの懐に隠し持っていた油を飲み干し、火の中に飛び込んだ。
続く
次回投稿は、2/5(月)18:00くらいになるでしょうか。