終戦、その41~発動と覚醒㉒~
「オルロワージュが当時の人間の戦士として、かなり有能だったのは間違いがないでしょう。実際、実力で最後の戦いを生き延びたわけですし。ただあの戦いにおいて、最初から最後まで私が意図したとおりになった。最後まで生き延びた戦士が数名しかいないのも、最後に大魔王を封印したのも、初代国王となった戦士とそこのオルロワージュが恋に落ちたのも、全て私の計画通りだった。あの男が私の操り人形とも知らずに、実に彼を私の前で褒め称える姿が滑稽でなくて何なのかしら? 彼はたしかに優れた戦士ではあったけど、彼を見出し仕立て上げ、国王までに据えたのは全て私の手腕だわ。その彼に見出されたと有頂天になって、女王となった末に私を貧しい田舎に返すのは忍びないから王城で役職を作って雇ってあげる、ですって。おこがましいにもほどがあるわ。この土地は端から、見渡す限り私のものよ。その上で魔王が何をしようが勝手で、血を流してくれるならむしろ好都合だったけど、愚かな人間と争い始めたから羽虫を振り払うつもりで手を貸しただけなのに。当時、笑いを堪えるのに必死だったわねぇ」
「――だから?」
「うん?」
オルロワージュが震えながら口を開いた。どうやら相当の意志をもって抵抗しているようだ。少し意外そうな表情で、モロテアはオルロワージュをしげしげと眺めていた。
「だから私を、蟲に改造したの?」
「よしてちょうだい、誰が好き好んで人間ごときを眷属にするものですか。選ぶならもっと強い個体にしたわ。眷属になることはあなたが望んだのでしょう?」
「違う! 私は全盛期の肉体と美貌を少しでも先延ばししたいと、あなたに相談しただけよ! それがどうしてこんなことに――」
「20年も姿が一切変わらぬことをおかしいと思ったときには遅かったわね。あなたが必死に摂取していたのは、私の体液。神樹の樹液は精霊の飲み物として不老不死を願う南の大陸の人間の間では、本当に希少価値の高いものとして重宝されたのよ? ただし、それが私に汚染されていなければ、だけど。20年も私の体液を摂取していたのだもの。それは私の眷属にもなろうというものね。まぁ私にとっても意外だったのは、私の体液に対する適合性があなたにあったこと。ちょっとの間全盛期の肉体を維持できる代わりに、普通は途中で摂取過剰の副作用で死んでいるか、拒絶反応が起きているはず。幸か不幸か、あなたは生き延びてしまった。それが悪夢の始まり」
くすくすとカラミティが笑う。オルロワージュはカラミティに襲い掛かろうとして、その体の自由を奪われていた。アルフィリースはオルロワージュをちらりと見たが、怒り心頭のオルロワージュには他を気にする余裕はないようだ。
「あなたは私の眷属となり、本格的に覚醒した際に閨を共にしていた初代国王を食い殺すことになった。病死として処理されたけど、実際には違うことを知っているのは一部の重臣と私たちだけだった。自分の妻が化け物になっていたと知って顔のまま死んだ国王様の顔は、実に傑作だったわ」
「――貴様!」
「勘違いしないで。あれは事故で、あなたが勝手に覚醒しただけ。制御の仕方を教えたのは私。そうしないと、あなたは自分の息子たちも食い殺していたでしょう? 子どもたちにも一部私の体液の影響を受けた者はいたけど、それはただ肉体的に強いという特徴にほとんどの者が収まった。たまに残虐な者や、精神に変調をきたした者もいたけど、まぁおおよそ人間として許容範囲でしょう。あなたと私は蟲が変化した者が暮らす保養地で、ひっそりとローマンズランドの様子を眺めて暮らしていた。もっとも、私はときに人間の使用人へとなりすまし、王城の様子を見ていたけども」
「王城には常に配下の蟲がいたはず! そうやって自分が作った国で生活する人間たちを、せせら笑っていたの?」
「それもあるけど、自分が作った巣を観察、監督するのは女王たる私の務めでもある。そこまで怒らなくてもいいじゃない?」
オルロワージュが抵抗しようと必死にもがくさまを、さもおかしそうにモロテアが御していた。その様子は、まるで捕えた蟲の羽をゆっくりと千切る子どもように無邪気な残酷さを伴っているように見えた。アルフィリースはその隙に、リサに向けて後ろ手で指示を出す。当然、リサがそれを見逃すわけがない。
気づかぬのは、彼女たちだけだ。いや、オルロワージュはあえてそうしているのかもしれなかった。もし彼女が元来、アルフィリースが想像した通りの人物だとしたら。これが最初で最後の精一杯の抵抗なのかもしれなかった。
ならば自分がとる行動はどうあるべきか。アルフィリースは覚悟を決めた。
「ともあれ、自らの意志に反しつつも私の命令に逆らえないあなたを操るのは、とても良い暇つぶしになったわ。おかげでこの数百年あまり、ほとんど退屈せずに済んだことには礼を言いましょう」
「私は、あなたの道具じゃない!」
「いいえ、道具よ。あなただけじゃない、このカーネラだって道具。ローマンズランドは、私のための箱庭だわ。それに、命令されたからといって自分の末裔とあんなに必死でまぐわうのを拒絶できないなんて、道具じゃなければ何だっていうの?」
「おのれ! そうさせたのは誰だと――」
「――茶番はもういいわ」
アルフィリースが底冷えする声で、2人に口論に割って入った。リサですら滅多に聞かない、アルフィリースが心底から怒った時の声色。怒りに応じるように呪印を押しのけて沸き立ち始める魔力に、カーネラもまた反応し立ち上がっていた。
続く
次回投稿は、2/4(日)14:00です。