終戦、その40~発動と覚醒㉑~
前に出たモロテアの傍で、カーネラが膝をつく。この2人の主従は逆だった。今から思えば、他には厳しかったカーネラがモロテアにだけは厳しい言葉を投げたことはなかったのも、このせいだったとアルフィリースは今更ながら理解していた。そしてオルロワージュは、今までのやや尊大で自信に満ち溢れた態度が鳴りを潜めてしまい、いっそ怯えた態度でモロテアから一歩、二歩と遠ざかっていた。
「モ、モロテア――私、は」
「オルロワージュ、伏せ」
その言葉で、オルロワージュは両手を地面にべたりとつけた。唇がわなわなと屈辱に震え、怒りに満ち溢れているのがわかる。だがそうしなければいけないほどの、圧倒的実力差があるのだ。いや、そもそも女王依存の生物において、主に逆らうことなど許されていないのだろう。
従順な配下を前に、モロテアは優雅にメイド服のスカートをつまんで礼をした。その瞬間、彼女が来ていた服が一瞬で脱皮したかのように黒と緑を基調とした優雅なドレスへと変貌した。そしてその威厳もまた、オルロワージュが纏っていたような気配へと一瞬で変貌した。入れ替わったかと錯覚したが、むしろその威厳たるや、まさに女王そのものだった。
同じような威厳を纏う存在を、アルフィリースは知っている。統一武術大会でブラディマリアが垣間見せた圧と同等以上の存在が、目の前に降臨したのだ。
「改めましてご挨拶を。私が南の災厄、あまねく神樹の森の蟲と精霊の女王カラミティですわ」
「――よかったの?」
「なにがでしょう?」
「完全復活はまだのはずよ。私に正体を知られてもよかったの? この場で倒されるとは考えもしていない?」
アルフィリースの挑発にカーネラが憤怒の形相になり、その顔を蟲へと変化させて顎をキチキチと鳴らし合わせて威嚇した。だがモロテアはおかしそうに、ただ優雅に笑うだけだ。
「フッフフ! どうして私があなたごときを気にしないといけないのでしょう。まさか、たかが御子であるというだけで、私と同格になったおつもり?」
「人間なんて、取るに足らないと?」
「あなただけではないわ。ブラディマリアもドラグレオも、ライフレスの坊やだって取るに足らないの。オーランゼブルですら、ね。たかがハイエルフの魔法使いごときに、私をどうこうできる力なんてないわ。だって、私の行動そのものが魔法と同じなのだから」
カラミティが指先をくるりと回すと、壁を破壊して大樹の枝が伸びてきた。その大樹の枝がしゅるしゅると優しくカラミティを包みこむように、椅子へと姿を変えてカラミティを持ち上げた。カラミティは自らの魔力で作った樹の椅子に腰かけ、頬杖をついてアルフィリースを見下した。
「オーランゼブルは私たちを三すくみだと表現したけど、実際には違う。ブラディマリアやドラグレオが必死に防戦している間、私は指先一つ動かしてはいない。全ては私の軍勢が溢れるにしたがって、彼らは必死にそれらを打ち払っていただけ。そもそも戦いにすらなっていないわ」
「なるほど、格が違うと。そこのカーネラとオルロワージュは、最初からあなたの配下なの?」
「カーネラは元々神樹の森に存在していた、特別に強く知恵のある個体よ。私の親衛隊長といったところね。でもオルロワージュは違うわ。彼女はこのローマンズランド初代国王の王配にして、大魔王と戦った女戦士その人よ。私の配下として、人間から熟成した個体としては最初の一体にして最古参。熟成型としては数百年になるのかしら? 同じく近衛兵といったところだけど、別の意味で気に入っているわ」
「別の意味?」
「そう、別の意味」
モロテアが嘲笑めいた表情を作り、オルロワージュは唇から血を流すほど強く噛んで、抵抗の意志を示した。だが会話する自由は与えられていないようで、一言も発することはできない。
「オルロワージュという女戦士は勇猛果敢にして自信家、そして尊大だったわ。当時人間の反抗を画策したローマンズランド初代国王に同調し、共に勇敢に戦い、彼に恋して女王となった。当時魔術士として同行していた私のことを特に可愛がり、同時に見下してもいたわね。彼女にとってみれば、私はさぞかし頼りなく役に立たない後衛だと思っていたでしょう。ペルパーギスは魔術の類が一切効果がないと思われていたからね。でも本当に滑稽だったのは、どちらだったのかしら?」
「・・・」
オルロワージュは好き勝手につらつらと述べるカラミティを前に、ただドレスの裾を握りしめていた。
続く
次回投稿は、2/3(土)14:00です。