終戦、その39~発動と覚醒⑳~
「出会った瞬間に気づくべきだった。私がカラミティならどうするか。南の大陸は資源が尽きてしまい、全盛期の力を失ったことを悟られずひっそりと移動しながらも、かつての、あるいはそれ以上の力を蓄えるだけの長い期間をどう過ごすか。どうしたって大規模に活動するごとに人の手を借りざるをえないけど、どうやって人に知られずに過ごすのか。答えは簡単。活動は堂々としながらも、本体が誰かわからないようにすればいい」
「つまり、このオルロワージュは――」
「ええ、カラミティ本体が用意した囮。人の目を引く、誘蛾灯とってところかしらね」
「――それだけじゃない。私は――」
「お二人とも、こちらにいらっしゃいましたか」
カツン、と足音が止まって同時に現れたのは、女中長のカーネラだった。ローマンズランドの女性らしく、体格が大きいながらも優美で気高い様は、今更ながらオルロワージュにも共通したところがあると思う。それはアンネクローゼや、あるいは成長したウィラニアも同じようにも共通していることだ。のみならず、ローマンズランド貴族全般に通じる特徴と言い換えてもいい。
その中でただ一人、異彩を放つ女性がいた。いや、放ってはいない。絢爛たるローマンズランド女性が輝くほどの、その輝きに照らされて存在を消していく一点の黒い染み。ただひとりだけ違う特徴を持ちながら、アルフィリースやリサですらその存在に注目することがほとんどなかった。いっそ認識疎外の魔術でも使ってくれていれば、まだ違和感に気づけただろうに。それすらも意図的に行わず姿を溶け込ませていた様は、まさに闇。それこそが何よりの証拠だと、アルフィリーすですら先ほど気づいたのだ。
カーネラが、オルロワージュとアルフィリースを交互に見る。その表情からは何の感情も読み取れなかったが、わずかな苛立ちがあることをアルフィリースは知っていた。
「お二人とも、何をなさっているのですか? さきほどの地震で王城の一部が崩落しそうになっています。安全な場所に避難をお願いいたします」
「私たちの避難よりも、スウェンドル王やアンネクローゼの避難が優先されるのではなくて?」
「王族の方々は既に避難されています。不慣れなお客人をこそ案内せねばと思い――」
「その割には軟禁したり、王宮内の案内もなかったけどね。もう演技はいいんじゃないの? ねぇ、モロテア――いえ、カラミティと言った方がいいかしら?」
アルフィリースはカーネラを無視して、その後ろにいる普段愛想が好かった地味な女中に話しかけた。影のようにカーネラの背後にいた女中がするすると前に進み出ると、目に見えてオルロワージュがびくりと身を震わせた。
アルフィリースたちの世話を愛想よくしていた女中モロテアは、その時の暖かい表情が嘘のように凍り付くような笑みを浮かべ、口にはアルフィリースを今初めて興味深い人物を発見したかのように、口の端を少しだけ釣り上げてしげしげと眺めていた。
「演技――ですか。何の証拠があって私がカラミティだと?」
「カラミティが誰か、とは聞かないのね」
「王城に勤めていますと、耳年間にだけはなるもので。南の厄災のことをそう呼ぶとだけは知っています」
「そう? だとしても肩についた雪くらいは払ったら? 外から帰ってきたばかりに見えるわ」
「これは・・・そうです、外で竜舎の様子をですね」
「凍り付いて門は動かないけど、どうやって出たの?」
「それは裏口から――」
「ついているのは雪だけじゃないわ。せめてブラックホークの紋章付きの投擲武器くらいは、ローブから払っておきなさいな」
「え・・・」
モロテアが意外そうな表情で指摘された何かを探そうとして、数瞬の後にそれがアルフィリースの罠だと気づいた。
モロテアは――カラミティは見事にアルフィリースに騙されたのだ。
「そう、第三層でブラックホークと戦ったの。ベッツからし、レクサスかしら。それともルイ? 彼らは三の門を突破したようね?」
「・・・なるほど。化かし合いではあなたには勝てなそうね、現代の御子?」
「ずっと北国で引きこもっていたからじゃない? もっと人間と関わりなさいな」
「言うわね。オルロワージュじゃないけど、あなたとの会話は楽しいわ。殺すのが惜しくなるくらいには」
モロテアが笑った様子を見て、アルフィリースにも怖気が走った。今までのような快活な笑みではなく、ただ人の皮を被った化け物が笑ったようにしか見えない残虐な笑み。昆虫に捕食される瞬間の生き物が見る光景はこのようになるのだろうかと、アルフィリースですら恐れる感情を抱いてしまった。
間違いなく、今まで出会ったどんな生物よりも危険。精神束縛で影響を受けていた時にオーランゼブルに抱いた恐怖よりももっと根源的な「畏れ」だと、アルフィリースは感じ取っていた。
続く
次回投稿は、2/2(金)15:00を予定しています。