終戦、その38~発動と覚醒⑲~
「え・・・ちょっと待ってください。オーランゼブルは多数の人間の生命力を代償に竜脈――地脈を活性化させ、この枯れていく大陸を再び豊かな大地に戻すのが目的なのですよね?」
「おそらくそれで合っているわ。オルロワージュにもかまをかけたし、私も地脈を探っていてそう思った。そしてスウェンドルがさきほどの手紙にそうはっきりと書いてあったわ。まずこれで間違いない」
「精霊の力が徐々に弱まっているのはウィンティアやユーティの証言からもそのような兆候があるのは知っていましたが、それにしたって大地を活性化させるような力を自らの中に取り込むですって? そんなことが可能なのですか?」
「普通は無理よ。でも、ひょっとしたらカラミティなら。そのための準備を数百年以上にわたってしてきたのなら。神樹と王蟲と、御子の素質をもった生物の融合体なら可能にしてしまうのかもしれない」
「可能だとして――もし成功したら、どんな怪物が誕生すると思いますか?」
「まず、この大陸はカラミティに支配されるわ。そしてカラミティにその気があろうがなかろうが、この大陸から人間は死に絶える。カラミティが存在しているというだけで、私たちは生きていけないはず」
「なぜそう言い切れます? 神樹の性質があるなら、ひょっとしたら自然や精霊を活性化することだってあるのでは――それにあなたとカラミティ。つまりオルロワージュは仲が良いのでは?」
「八重の森にあった巨大な穴をあけるような生物が存在するだけで、大地とその上に住む生物の栄養を吸い取りきってしまうはず。現に、南の大陸は枯れ果てたわ。それに、オルロワージュは――」
アルフィリースが何事かを言いかけた時、一段と大きな地鳴りが城を襲った。地鳴りがあるのに、揺れがじわりと足元からせり上がってくるような振動がある。
アルフィリースは直感でこれはまずいと感じ、リサを抱きかかえるように庇った。
「リサ! 伏せて!」
「アルフィ、こちらの隙間に!」
アルフィリースが駆け寄ると同時に、リサが手を引いてアルフィリースを書架の下に誘導した。そこでアルフィリースがリサを抱きかかえると同時に、すさまじい揺れが彼女たちを襲った。
一斉に書庫の本が飛び出し、貴重な資料が飛び散っていく。書庫の壁にひびが入り、備え付けていた本棚が次々と倒れて折り重なった。
アルフィリースとリサが隠れた書架だけは造りが余程頑丈だったのか、なんとか耐えてくれた。アルフィリースは落下する本からリサを守り、ほとんど怪我することなく揺れを過ごすことに成功していた。
「ふぅ・・・なんとか無事か。さすがリサのセンサーね。下手したら本棚の下敷きになっていたわ」
「まぁ、このくらいは。それにしてもアルフィ、今のは――」
「身じろぎよ、カラミティのね」
「あれで、みじろぎ程度?」
「完全に覚醒したら、この周辺の土地なんて吹き飛ぶわよ。でも、想像よりも一ヶ月以上早いみたい。これは強引にでも脱出した方がいいかしら・・・?」
アルフィリースがそう呟いた時、書庫に飛び込んできた人影がいた。汗ばんで顔にはりついた髪を振り乱し、普段の優雅な様子などはおくびにも出さず、焦った様子を隠そうともしないオルロワージュがそこに立っていた。
「アルフィリース! ここにいたのね!?」
「オルロワージュ? どうしたの、そんなに慌てて」
「逃げて!」
オルロワージュの切羽詰まった様子はリサにも感じ取れたが、アルフィリースは同時に冷静でもいた。そしてオルロワージュの言いたいことを、端的に一言で言ってのけた。
「何が――いえ、オルロワージュ。あなた、カラミティじゃないのね?」
「――」
「何も言えないか。じゃあもっと言うと、あなたの本体が帰ってきたのね。覚醒が近いの? それとも、今この瞬間から覚醒するの?」
何も言えず息を飲むだけのオルロワージュ。そのまま数舜が過ぎたかと思うと、外の廊下からカツン、カツンという足音が2つ聞こえてきた。その足音が聞こえてくるとオルロワージュは見てもかわいそうなくらいに体を硬直させ、そして錆び付いた人形のようなぎこちなさで、背後の廊下を振り返った。
「間に、合わなかった――ごめんなさい、アルフィリース」
「何を今さら。謝る必要なんてないわ、最初から覚悟の上だもの。それに謝るとしたらこちらだわ」
「?」
「分体のあなたは本体の支配下にあったはず。それをすり抜けるように、必死に誰かに伝言を残そうとしていたのでしょう? 思えば私に近づいてきたのも、私なら何かを察することができると思っていたから。気づくのがちょっと遅かったのよ、私も」
「アルフィ、何を気づいていたのですか?」
リサの質問と大きくなる足音に、アルフィリースは身構えながら答えた。
続く
次回投稿は、1/30(火)15:00です。