終戦、その35~発動と覚醒⑯~
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「アルフィリース、いますか?」
「はーい、ここよー」
書庫の奥から手だけがひらひらと動くのをリサは感じ取り、そちらに向かう。明かりになるような燃料は用意されないなか、アルフィリースは自らカンテラの中に魔術で火を熾し、ローマンズランドの書物を読み漁っていた。
ヴォッフの軟禁は10日ほどで唐突に終了した。外からの威圧感を感じなくなったアルフィリースが扉を開けると、扉はすんなりと開いたのだ。外には枯れ果てて残骸となった何らかの植物があるだけで、ローマンズランド王宮内は明かりもなくしんと静まり返り、かえって不気味な宮殿と化していた。
アルフィリースはリサとルナティカ、ライフリングを伴い慎重に王宮内を散策した。王宮内には最低限の人員しかおらず、給仕すら姿を消していた。吹雪で凍り付いたのか封がしてあるのか外へと通じる大門は開かず、さりとて強引に破るわけにもいかないので中だけをアルフィリースたちは動くしかなかった。
警護の兵は王の間にしかおらず、呼びかけても微動だにしない彼らが置物にしか見えなかったので、アルフィリースがそっと王の間に入ろうしたところ突然動いた槍によってアルフィリースは押しとどめられた。吃驚したアルフィリースからは「きゃあ!」という女性らしい悲鳴を上げたので、リサが珍しがってしばらく真似をするほどだった。
話しかけても返事すらしない彼らは既に人ではないように思えたが、王の間からは威圧が強くなったような印象を受けたのでアルフィリースはそれ以上何もせず、大人しく引き下がって別の方法を考えた。
それが今の状況を作り出した。逆にアンネクローゼやウィラニアの私室へと訪れやすくなったのだ。彼らと打ち合わせをする中で、第二皇子のブラウガルドは長く王城を空けていて、生活拠点をほとんど第三層に移したままにしていること。既にこの王城にいる王族は、スウェンドル以外には自分たちだけであること。使用人たちや兵士も少しずつ姿を消していて、ほとんど姿を見せなくなっていることがわかった。
女中長のカーネラやモロテアなど最後まで残る決断をしてくれているわずかな女中や、あるいはアンネクローゼの親衛隊であり古参の軍人である陸戦第六師団のオズワルドとその側近、そして王の親衛隊の一部だけがこの王城で生活しているのみになっていた。
「オルロワージュは?」
「もう長いことを私も姿を見ていない」
王の私室は、王の間の奥にある。他からも行けるが、そちらもまた頑丈に封鎖されており、オルロワージュとスウェンドルはその奥にいるだろうと推定していたが、アンネクローゼが謁見を申し出ても会おうとすらしないそうだ。
「今までは、せめてオルロワージュが出てきていたのだがな」
「オルロワージュが?」
「王の言葉を伝えるという意味で。まどろっこしくはあったが、今考えれば国政が完全に滞ったことはなかったな」
アンネクローゼの言葉にアルフィリースは何事かを考えた後、王城の書庫に行きたいと申し出た。そちらは封鎖されていない――というか、誰も警備していなかったので、簡単に入ることができた。時にカーネラやモロテアが軽食や暖を取るように様子を見てくれたが、既にアルフィリースが書庫に籠るようになってから10日以上が経過している。
蔵書の数に限りがあるとはいえ、一国の書庫にある蔵書をその程度の時間で既にアルフィリースは読破しようとしていた。相変わらずのその速度に、リサは舌を巻く。
「本を読むのが速いのは知っていましたが、それほどまでに何を探しているのです?」
「この国の歴史ね。特に、創世記のあたり」
「手分けをしては?」
「たまにライフリングやクランツェ、ヴァルガンダにも頼んでいるんだけどね。自分の目で確認したくて。彼女たちでは気づかないかもしれないから」
「何を」
リサの質問に、アルフィリースが指で円を描いた。センサーで遮断しろ、の合図だ。センサーで会話を外に聞こえないようにして、アルフィリースは視線を合わせずそのまま話し続けた。
「この国、かつては大魔王の拠点だったわ。知ってる?」
「ええ、それを奪還して利用しているとか。時に人にそぐわぬサイズの丁度品や門、設備がありますものね」
「その大魔王の名前と特徴を?」
「いえ」
「ペルパーギス。ティタニアがその体に封じ続けている個体よ」
リサの目が見開かれた。そこでその名前を聞くことになるとは思わなかったからだ。
「馬鹿な、どうやって?」
「そう。そこの記載と詳細を探しているの。ティタニアをもってして討伐できないほどの個体を、どうやってかつて封印したのか。ミリアザールにも少し聞いたことがあるのだけど、アルネリアがかつて派遣した軍団は1人を除いて全滅したそうよ。そして残ったわずかな戦士――具体的には6人の戦士ね。彼らがペルパーギスを封印したそうだわ。そこまでは調べた」
アルフィリースは当時の記録から、そこまでの創世記は調べ上げたようだ。当時の戦術、過酷な戦いの様子は、吟遊詩人が王の英雄譚として歌い上げている。だが肝心の戦士たちの記録が非常に乏しいのだ。
「2人は後のローマンズランドの王と王妃よ。王が竜を駆り、王妃が宥めたと記載にあるわ。彼らは2人で一対の竜騎士だったそうよ」
「始まりの竜騎士の伝説ですか」
「特性持ちが2人いたと考えるべきかしらね。そして2人の女戦士――なんと、赤髪の勇者シルメラと、氷冷の女神官イークェスだそうよ。ブラド=ツェペリンの眷属となった2人ね。こんなところで共闘していたのだわ」
「アルネリア側で参戦していたあの2人ですか――そういえば敵の中にはシルメラの姿はなくなっていたようですが、何かありましたかね?」
「さぁてね。当時からこの2人は険悪な関係だったそうだから、浅からぬ因縁があるのかも――という邪推はさておき、気になることはそこじゃないのよ。6人の戦士――なんと、初代の王様以外は全て女性だったそうよ。あと2人――1人は剣を奉じる一族となったティタニアの祖先だとして、もう1人の記載が一切ない。それを探しているの」
アルフィリースの説明に、リサは何をアルフィリースが言いたいかはまだわからない。
「もう一人が気になるのですか?」
「ええ、気になるわね。いかほど優れた竜騎士だとしても、大魔王を討伐するような竜騎士だとは思えない。仮に真竜を従えるような能力を持っていたとして、そのような記載が一切ない。シルメラとイークェスが大魔王を討伐するような実力者なら、そもそも私たちは三の門で持ちこたえていない。ティタニアの祖先がティタニアよりも強かったのなら、封印なんて甘んじて受け入れていない――そもそも、そんな高度な封印を作ったのは誰なのか」
「まさか、その記載のない1人が」
「ええ。私はこの人物こそがカラミティじゃなかったのかと疑っているわ」
ひゅう、とリサが息を飲んだ。もしそんな昔からカラミティがこの土地に関わっているのだとしたら、全てはカラミティの掌の上だと言わざるを得ない。いや、そもそも「カラミティの上」で舞い踊っているにすぎないかもしれないのだ。
続く
次回投稿は1/26(金)16:00頃投稿予定です。