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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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終戦、その33~発動と覚醒⑭~

「まったく、レクサスの直感がうつったかよ・・・」

「旦那殿、どうした?」

「なんでもねぇ。お前ら、絶対に顔を上げるんじゃないぞ」

「旦那殿が恐れるほどの相手か?」

「ああ、そういうことだな」


 ヴァイカは信じられないといった顔をしたが、チャスカは言わずとも理解しているようだった。可能なら息を潜めて、過ぎ去るまで視界にすら入れない方がいいだろう。だが。


「(やはり姿を・・・見るべきだろうな)」


 一つには好奇心。ベッツは生来好奇心の強い気質で、それが元で大きな損もしたし、それ以上の貴重な経験もしてきた。今の剣技も仲間も、この気質あってこその成果と思っている。

 もう一つは、この場に居合わせた戦士としての責務。戦闘よりも救出が優先される場面とはいえ、最強の戦姫2人を連れて相手の姿すら確認できないのではあれば、臆病の誹りは免れまいと。いや、臆病者と呼ばれても生き延びることの方が大切なことは理解しているが、相手を知らずに戦い続けるのとどちらが危険なのか、秤りかねていた。

 そうするうちにも、相手はあまりの吹雪と寒さに積もる端から硬くなる雪の上を、速足で歩いているのがわかる。どういうわけか、先ほどから吹雪が弱まり、かつ上から見渡せるこの場所ならば、相手に気づかれる心配は少ない。


「おあつらえ向きに、窓枠が壊れていますよ、と」


 視界に入った光景を言い訳代わりに、ベッツは意を決してそろそろと動き、そっと顔だけを壊れた窓枠からのぞかせた。こんな真似をするのは成人前に依頼で一緒になった年上の女剣士の風呂を覗いた時以来だが、その時も散々な目にあったことを、頬を叩くかのように痛い寒風を頬に受けて思い出した。

 少し前まで、10歩先も怪しい吹雪だったのに、今は50歩程度なら見渡せるくらいに吹雪も収まっている。今も徐々に収まっている吹雪の向こうに、目を凝らした。


「あれは・・・なんてこった」


 吹雪の先に見えた姿に、ベッツは思わず手で口を押えてしまった。空に向かって畜生、と叫びたかった。自分たちは何もかも勘違いしていた、させられていた。あの姿には、自分だからこそ見覚えがある。ベッツも面が割れて以降、統一武術大会で宴席に招かれて貴族連中と話す機会があった。その時に、ローマンズランドの一団の中に確かに見た姿だった。だが、自分以外のほとんど誰もがあの人物を覚えていないはずだ。それだけ目立たない恰好だったし、何なら一言たりとて話しているところを見たことがない。

 あれだ、あれこそがカラミティだ。ベッツにはその確信があった。あんな禍々しい者がただの女、まして人間であるはずがない。それが証拠に、これだけの戦場の気配の中、速足とはいえ実にゆったりと、そして堂々と、さらにはどこか小気味よく闊歩するではないか。あの歩き方をする者をベッツは知っている。王者、もしくは自分が最強だと自負するもの。その自信に裏打ちされた歩き方だ。今だって、半ば挑発しているに違いない。ここにいるぞ、私に気づけるものなら気づいてみろ、襲い掛かってみろ、と。

 口元にはうっすらと笑みすら浮かんでいるのを見ると、ベッツは斬りかかりたい衝動に駆られた。野郎、この虐殺を楽しんでいやがる。それがわかったので、明確に敵として認識できたのだ。

 だがすんでのところで漏れ出た殺気を押さえた。見ていることが知られれば確実に命はない。あれがカラミティだとすれば、この土地はあれの支配地域である可能性が高い。あれほど目立たぬように振る舞っていた相手が、ここで姿を晒したのなら、それは自信があるからだ。相手の腹の中で踊るような状況は御免だとベッツが大きく息を吐いたところで、思わぬ事態が発生した。

 ベッツの膨れかけた殺気に反応して、ヴァイカが臨戦態勢に入ってしまったのだ。ヴァイカは最強の戦姫だが、ゆえに細かな殺気などの調整は苦手だ。竜巻に、花を手折るなと言っても無理なように。漏れ出たヴァイカの闘気に、相手の首がぐるんとこちらを向いた。


「っ、馬鹿!」

「え?」


 瞬間、相手の手が高速で動いたのが見えた。前で手を組みしずしずと歩いていた姿勢から手だけが動き、何かを指で弾いたのが見えたのだ。

 ベッツは2人を下がらせようとして、腰が引けるのを避けた。腰が引けた状態では、具足をつけていない自分はどんな防御も無意味。ならばやるべきは、相手の初手を迎撃してからの行動。

 そう考えたベッツは、腰を下げたまま剣を引く動作で鞘を使って2人を後方に押しやり、抜く動作で相手の攻撃を迎撃するべく抜剣する。

 相手の攻撃が見えずとも、殺気の線は感じ取ることができる。そこに斬撃を置けば、相手の攻撃は迎撃できるはず。そう考えたベッツの集中力が極限まで跳ね上がり、自然、吹き付ける雪すらもゆっくりに見えるほどに周囲の時間と隔絶する。


「(種か・・・!)」


 相手が撃ち出してきたのは、親指の先ほどの花の種。それが矢よりも速くベッツたちに迫る。

 だが、この程度なら問題ない。ベッツがそう確信した瞬間、種が弾けて無数の小さな種になった。ベッツがいかに虚実を読むのが得意でも、種の感情など読み取れるわけがない。

 死んだか。少なくとも、致命傷。そうベッツが感じた時、こぼれたのは不思議なことに笑みだった。



続く

次回投稿は、1/18(木)16:00頃の予定。

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