表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2647/2685

終戦、その31~発動と覚醒⑫~

***


「・・・ったく、キリがねぇな」


 ベッツは向かってくる相手を片手で斬り伏せながら独りちた。目の前には、血走った目で涎を垂らしながら襲い掛かってくるローマンズランドの兵士が続々と出現している。そんなに俺はうまそうかよ、ととうの立ったベッツは苦笑しながら、また一人を斬り伏せた。

三の門周辺で奮闘しているはずのイェーガーの救援に来たはよいが、どの館も想像以上の乱戦で、もはや敵と味方の区別もろくにつかない状態だった。

 敵の様子を見れば原因がエクスペリオンだということはすぐにわかったが、少し前まで敵側にいた自分がブラックホークであること明かしたところで、逆にまっとうな連中にも敵視される可能性があることに、突入してからベッツも気づいたのだ。

 さて、どうしたものかと思案するうちに戦いに巻き込まれ、既に30人からは斬り伏せていた。幸いにしてここまではまっとうな人間の敵には出会っていないが、気配だけなら普通の人間の気配もそこかしこにある。特に上の階にはまとまって防戦をしている気配があるので、逆にチャスカを解き放つわけにもいかなかった。


「面倒だな・・・いっそバックレるか?」


 烏合の衆が100人集まろうと何とでもできるだけの自信があるが、自分が奮闘するのはここではないと感じていた。もっと重要な場面、戦いの趨勢を決するような場所はどこかと、先ほどからベッツは探っていた。


「こういう時にはヴァルサスやレクサスが頼りだよなぁ・・・昔からこういうのは俺は向いてねぇ。ゼルドスがいりゃあ、理知的に割り出すのか?」


 グルーザルドに合流して存分に力を振るっている4番隊のことを思い、ため息をつきながらさらに一人を斬り伏せた。

 その時、壁を突き破ってヴァイカが魔王へと変化した個体を締め上げながら出てきた。


「旦那殿、敵が変化を始めた。想像以上にまずい状況だ」

「おお、混乱の極みってやつだな。殲滅するだけならやれるかもしれねぇが、要救助者の中にこうやって変化する奴が紛れているとなると、一筋縄じゃいくまいよ」

「良い手はないか? 敵の中に突貫するだけならどれほど大群が相手でも成し遂げてみせるが、人間が相手ではそうもいかぬ」

「うーむ」


 ヴァイカという最強に近い駒がありながら、この状況ではそれも使いこなせない。下手をすると、怪我人はヴァイカが通過しただけでも命を落としかねない。ヴァイカはその気になれば音をも置き去りにする速度で動くことができるが、細かな制御がきかないその能力による余波で、周囲には甚大な被害を与えてしまうのだ。

 ヴァイカは手の中にある魔王へと変化しかけた敵の首をへし折ると、その体を瞬間で

八つ裂きにしてベッツに向き直った。


「旦那殿。思うに、我々の戦場はここではないのでは?」

「そうだなぁ・・・」


 ヴァイカの指摘通りのことをベッツも考えていたが、かといって直感が働くわけでもない。ベッツの特徴は、ヴァルサスにはない経験則から積み上げた洞察力だ。ゼルドスもそれは同じだが、やはり獣人は本能が強いので、戦いの「際」では常に直感に従った判断となる。

 ベッツの人生の哲学として、他人が熱している時ほど自らは冷静でなくてはならないと思っている。それができなかった若かりし頃、ブラックホークの初代の面子はほとんど死んでしまった。今の面子はヴァルサスを始めとした古参の生き残りで集めただけに、愛着もひとしおだ。若者も多く、あのような目に合わせたくないと心から思う。

 戦場の狂乱、混戦にはびこる悪意。その中心点が必ずあると、ベッツはそれを見極めようとしていた。

 そして、忘れてはいけない者を忘れていることに気づいた。


「そういや、チャスカは?」

「ふらりと離れたが、心配いらないだろう。いかに不安定で虚弱だろうと、腐っても銀の戦姫。こんなところで不覚を取りは――」

「旦那様、ヴァイカ。ここにいた」


 ひょっこりとチャスカが壊れた壁の向こうから姿を現した。どうやらヴァイカが蹴破った壁を追ってきたらしい。それが一番確実といえば確実な手段だ。

 そのチャスカが握っている鎖には、エクスペリオンの末期症状とみられる兵士が繋がれていた。無造作に巻き付けられて首が閉まって苦しいのか、泡を吹きながら鎖を外そうと抵抗しているが、それを許すほどチャスカも気を抜いているわけではなかった。

 その様子を見てベッツが、明らかに不快感を露わにする。


「おい、なんだそりゃあ。新しい趣味か?」

「まさか、旦那殿との営みの練習をしているわけじゃあるまいな?」

「マジか」

「そうか、その発想はなかった~じゃなくて! ちゃんとした真面目な実験だよ!」


 チャスカは頬を膨らませて起こった。どうもチャスカの価値観は人間のそれとは異なっているが、それでもベッツが本当に嫌がることはしない。人間の命を粗末にするなとは伝えているが、それをようやく理解し始めたところなのだが。


「エクスペリオンに犯された人間を、元に巻き戻せないかって試していたの」

「巻き戻す――時間遡行か。できたのか?」

「できなくはない、けど、時間を再開させるとまた魔王化しちゃう」

「どういうことだ?」

「エクスペリオンを摂取して魔王化したという事実を、消せなかった?」

「そう」


 チャスカの説明では、怪我などの肉体的な損失は時間遡行で修復することができても、一度自ら変質したものは決定されてしまうものらしい。なんでも周囲のマナを巻き込んで魔王化するから、ということだが、ベッツには違いがわからなかった。



続く

次回投稿は、1/6(土)17:00頃を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ