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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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終戦、その30~発動と覚醒⑪~

「そもそもだ。そのブラディマリアとドラグレオをして、大陸の滅亡すら手をこまねいて見ているしかなかったほどの相手であるカラミティが、どうして南の大陸を離れたのか。考えたことは?」

「・・・いや」

「答えは簡単だろう。栄養がなくなったのさ」


 言われてファーシルもはっとした。大魔王以上の2体と張り合える古代の生物。ならばその活動エネルギーは膨大だろう。ブラディマリアもかつて、倒せなくもないが夜も昼も絶え間なく軍勢を繰り出してくるカラミティと戦うことに疲れ、膠着状態にならざるをえなかったと当時の状況を説明したことがあった。だが、本当に膠着状態だったのか。カラミティが樹木としての性質を備えているのならば、自分ならどうするか。

 答えはピートフロートが容易く口にした。


「僕がカラミティならそうだね――大陸の栄養をまるごと吸い上げて、干上がらせてしまうかなぁ。どんな怪物でも、素となる食べ物やマナがなければ戦いようもないからね。兵站を潰すのは戦争の基本でもある」

「馬鹿な、それでは」

「そう、だからここから先は僕の推測なんだけど。それほど当たらずとも遠からずなんだと思うんだよね、聞いてくれる?」


 ピートフロートはつらつらと自説を語り始めた。その恐ろしさをどうして誰も一緒に聞いてくれる者がいないのかと、ファーシルは自分の運命を呪った。


「人間として御子の素養があったかつてのカラミティは、人間によって生贄にされた。彼女は人間を恨み、呪い、怨霊に近い存在になった。いや、ちょっと違うかな。彼女には闇をも貫く、稲妻のような苛烈さと輝きがある。強いて言えば、怒りの権化と表現するべきだろう。その彼女が神樹を乗っ取り、王蟲を従え、南の大陸を滅ぼすまでの存在になった。彼女にとってブラディマリアとドラグレオはどう映っていたのだろうね。おそらくだけど、さして問題にしていなかったはずだ。人間に比べて多少大きな障害、その程度のものだったんじゃないかな。だけど対峙してみて問題が生じた。多少大きい程度でも、戦ううちに大陸そのものまで滅ぼすに至ってしまったんだ。御子として、そして神樹と融合した存在として、大陸そのものを滅ぼすに至るのはおそらくは望んでいなかったはず。そこに現れたのがオーランゼブルというわけだ。合ってる?」

「・・・」

「だんまりか、まぁいいさ。オーランゼブルはこうもちかけたはずだ。『このままでは大陸ごと滅びてしまうが、それは望むところではないだろう。ならば、お前は別の大陸に移住してはどうか』ってさ」


 ピートフロートの説に、ファーシルの皮膚が泡立った。なぜなら、オーランゼブルから聞いたカラミティとの顛末と、ほとんど違うところがなかったからだ。

 だがピートフロートの説明はさらに違っていた。ファーシルはオーランゼブルから聞いただけで、それらが全て上手くいっていたと信じていたが、ピートフロートは違う説明を始めた。


「オーランゼブルの勧誘は、カラミティにとっても渡りに船だったろう。自分の本体だけをこちらの大陸に移すことは考えたが、あまりに巨大な姿はどうやっても目立つ。その手段をオーランゼブルは提案したはずだ。そうだね、いつの時代のことなのかな。まだ大戦期にもならない、人間がまだ大陸の東で細々と暮らしている頃だろうね。ひょっとして、大魔王がこの土地で魔王として振る舞う前のことかもしれない。そのころからカラミティはもうこの大地に根を張っていたんだと思うよ。ただ一つ、カラミティにも誤算があった」

「・・・その誤算とは?」

「根を張った近くに、黒緑鋼があったことさ。これではマナを吸収しようにも、思うようにいかなくなった。カラミティが地団太を踏んで、オーランゼブルがほくそ笑む姿が浮かぶようだね。ここまではオーランゼブルの計画通りだったかもしれない。だけど、ここからはオーランゼブルが迂闊だった」

「迂闊だと? 五賢者筆頭のオーランゼブル様が、迂闊だと?」


 色めき立とうとするファーシルの目の前で、ピートフロートが指を横に振った。


「迂闊さ。アルフィリースという御子を警戒していたのに、カラミティという古代の超強力な御子を放っておくのだから。どうして自然そのものと調和しうる御子を侮ることができるのだろうね。魔法使いならそんなことはよくわかっているはずなのに。御子が本当の意味で覚醒してその力を攻撃として振るえば、どんな魔術士も魔法使いも勝てるわけがないのにさ」

「それは――そうだ」

「だよねぇ? カラミティは静かに活動を始めた。無限に近い寿命――特に寒冷で冬眠状態となってほとんどエネルギーを使わなくいいカラミティにとって、静かに活動できることはむしろ利点だった。彼女は知られず勢力圏を伸ばし、この大陸の人間関係を調べ上げ、ローマンズランドを作り上げる手伝いをした。やがてきたる覚醒のために」

「ローマンズランドを作り上げる手伝いを?」

「そうだよ、知らなかった? 最初のローマンズランドの王様の傍には、カラミティが仕えていたのさ。そしてそれは、今も同じ」


 ピートフロートが指さす先は、上空の王城だった。同時に、再びの地鳴り。今までで最大規模の振動に、黒緑鋼でできているはずの岩盤にひびが入り始めた。

 恐怖に引き攣るファーシルと対照的に、ピートフロートがややうっとりとしたような表情で王城を眺めた。


「この国は、最初からカラミティのための国だった。それに気づいたスウェンドルの絶望はいかほどだったろうね。だから彼は取引を持ち掛けたのさ。自分を犠牲にする代わりに、国を見逃せってね。カラミティにとっては、もう覚醒間近の出来事だ。ローマンズランドがどうなろうと、知ったことではないだろう。それに腐っても魔術士。取引を持ち掛けられたら、聞かないわけにはいかなかったはず。ま、遠征が無謀なことはスウェンドルも知っていただろうし、せめて一部だけでも生き延びればくらいに思っているんじゃないかな。生き残らせたい本命は、自分の血を色濃く継いだアンネクローゼ殿下や、ウィラニア姫かもしれないけど」

「だからといって、ここまで竜脈を操作できるものか? そこまでの知識が、御子にあるのか?」

「馬鹿だなぁ、誰が一人でやったっていうんだい。協力者がいたんだよ。それも複数」

「誰だ、その愚か者は!」

「当ててごらんよ、と言いたいけど。正解は君のすぐ傍にいるよ」


 ピートフロートの言葉にぎくりとしたファーシルが振り向くと同時に、その意識が暗転した。意識がなくなったファーシルを見て、ピートフロートはその額に優しく口づけをした。


「そんな愚かなところも含めて愛しているよ、ファーシル。でも、愚か者の末路はいつだって同じさ。操られて踊るだけ。それが嫌だから、僕は精霊であることを捨てて魔王になったのさ。さぁ、この国の終幕を見届けよう。その後、僕たちには大役が待っている」


 ピートフロートはファーシルの髪を優しく撫でながら、崩壊する王城を静かに眺めていた。



続く

次回投稿は、1/5(金)17:00予定です。

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