終戦、その29~発動と覚醒⑩~
「やぁ、ファーシル。こんなところで出会うなんて、奇遇だねぇ」
「・・・ピートフロート? なぜここに」
あまりに予想外の出会いに、ファーシルはしばし茫然として、すぐに表情を引き締めた。異常事態が続くこんな場所で、偶然に出会うわけがない。気を引き締めようとしたファーシルに、ピートフロートは無防備に近づいた。
互いの息がかかりそうな距離に無遠慮に近づかれたことで、思わずファーシルは赤面した。ここまで他人に近づかれた経験がないファーシルは、どうしていいかわからず赤面して迂闊にも顔を背けるほどだった。
その反応を見て「無垢だなぁ」とピートフロートは思わず嗜虐心をくすぐられたが、それは前面に出さないことにした。
「呼ばれたんだよ」
「呼ばれた・・・誰に?」
「あまねく戦争に存在するだろう阿鼻叫喚の渦に、あるいは果てしない絶望と怨念に。そしてそれ以上に、竜脈の流れに。ごらんよ、ハイエルフである君ならわかるだろう。吹雪が弱まった今ならわかるはずだ」
「・・・これは」
それは今までどうして気づかなかったのか不思議なほど、幻想的な光景だった。ここには冬でありながら、春の精霊がいた。吹雪でありながら火の精霊もいた。まだ昼でありながら、闇の精霊もいた。
数多の精霊が漂うように集い、何かに惹かれるように茫洋とした表情のまま、一点を目指していた。
それはかつての大陸にあったような、幻想的な風景。魔女の団欒も、本来は精霊が舞い遊ぶ精霊の団欒を模して始められたものだったように、精霊が一点に集いつつあった。ただそれが意図的に集まったものではなく、まるで光に集まる蛾のように強制的に集められたということだけはわかる。
見れば、限りなく上位精霊に近いような高位の精霊や妖精もいる。彼らは自分を導く何かに抗いながらも、抵抗しきれずにいるようだった。
ならば、目の前にいるピートフロートは何なのだろうか。この中にあってすら明らかに意図をもって立ち、ファーシルに話しかけた。呼ばれたとは言いつつも、明らかに自我を保っているように見える。見た目通りの精霊ではないことを知りつつも、ここまで交流を持ってきたファーシルはそのことを指摘できずにいた。物心ついてまもなく一族が魔法の一部として鉱石の中で眠りについてしまったファーシルにとって、初めてのまっとうな会話の相手であり、友人がピートフロートだったからだ。
ファーシルはもっとも肝心なことを指摘せず、そしてピートフロートの会話に乗ってしまった。
「精霊が・・・集まっている。いや、集められている」
「そうだねぇ。集中していないと一瞬で意識を持っていかれそうになるほど、圧倒的な魅力を持った魔法陣が僕たちを呼んでいる。これを作ったのがオーランゼブル様とやらかい?」
「そうだ・・・いや、これは意図したものとは少し違う。あくまで竜脈の流れを変えるためのもので、こんな風には調整していない。いったい、誰がこれを?」
「精霊たちが行く先を考えればわかるんじゃないのかい? この魔法の終着点はどこだい?」
ファーシルは魔力の探知を行おうとして止めた。探知などするまでもなく、精霊たちは一斉に山の中腹にある、ローマンズランドの王城らしき場所へと向かっている。
それが意味することは分かりきっていた。
「カラミティ・・・!」
「あそこに、凄い規模の生命体がいるねぇ。君は知っているのかい?」
「本体を見たことはないが、神樹と蟲の化け物だとは」
ファーシルは知っている限りの情報をピートフロートに話して聞かせた。かつて南方の大陸にブラディマリア、ドラグレオという三すくみがあったこと。その一つ、カラミティがこちらの大陸に移住したこと。そのカラミティの分体が黒の魔術士の一人であり、これまでローマンズランドの中に潜伏して、戦争を煽っていたこと。
その話をじっと聞いていたピートフロートは、少し呆れたように息を吐いた。
「南の大陸を壊滅させた化け物・・・それってさ、オーランゼブルだけで制御できるような化け物だったの?」
「なんだって?」
ピートフロートは既にオーランゼブルに対する敬称を使っていないが、ファーシルもそれを咎めることはしなかった。それどころではないと思っていたからだったが、ファーシル自身もオーランゼブルに対する敬意が薄れていることに気づいていなかった。
「話を聞く限り、南の大陸から生物が排除されたのはカラミティのせいだ。ブラディマリアは残虐であっても、その他の種族を全滅させるような奴じゃない。だって、彼女の本質は寂しがり屋だろう? だから彼女は多種族から夫となる生物を何度も召し上げ、執事と呼ぶ子どもたちを傍に置いている。違うかい?」
「・・・そう考えることもできるな」
「それにドラグレオは白銀公と呼ばれる古代種――かつての大陸の分け目となった決戦で、ウッコに致命傷を与えた英雄だ。彼がいなければ、そもそもこの大陸は滅んでいた可能性だってある。そんな白銀公が育てたドラグレオは、ひょっとして英雄の側だったのじゃないだろうか? オーランゼブルの精神束縛で正気を失くしてはいるが、そもそも彼が白銀公の役目を継いでいるのなら、正しく人間やその他の種族を導く『賢者』のような役割をするのが、本来の彼だったのでは? 五賢者にどうしてドラグレオは呼ばれていない? オーランゼブルが正しく理由を説明して、どうしてドラグレオと白銀公に協力を求めなかった? 何かやましいことがあると、勘ぐっちゃうよね」
「・・・」
ファーシルは反論できず、唇を噛んだ。自分でもそう思うし、ドラグレオは生物としては最強だと、かつてオーランゼブルですら認めていた。その彼を完全に制御するには至らず、おおよその時間を眠らせておくしかなかったことも。既にオーランゼブルの手には余る存在だったと、自分で認めていたではないか。
唇を噛むファーシルを見て、ピートフロートがさらに饒舌になっていく。
続く
次回投稿は、明日1/3(水)17時ごろになる予定です。