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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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終戦、その27~発動と覚醒⑧~

「いや、それはいい。そちらは今更大勢に影響はないだろう。だが、気になることがある」

「魔術の起点よりも気になる・・・?」

「ファーシル。そなた、この竜脈の変化を見て何か思うところがあるか?」


 ファーシルはオーランゼブルの竜脈図をしばし眺めた。竜脈というものは地殻変動などで大きく変化するが、一見それとわからぬ外的な要因でも容易に変化しうるものだ。

 かつて「全ては精霊の気まぐれ」と呼ばれた変化にも、オーランゼブルや導師に言わせれば、一定の変化があるものらしい。ゆえに彼らは竜脈の変化をつぶさに読み取り次の変化を予見できるが、その彼らをもってしても完璧ではないらしい。

 オーランゼブルほどではないが、竜脈を共に眺める機会の多かったファーシルにも、ある程度の竜脈の異常を見て取ることはできた。


「これは・・・自然な竜脈の変化ではありませんね」

「そうだ。私の魔術である程度竜脈の流れを操作してはいるが、それももちろん完璧ではない。私の魔術は最低5割が成功すれば、事は成ると考えている。絶えず変化する竜脈の流れを完璧に把握し、操作することは私でも不可能だ。現状では、最高の結果の七割というところか。予定よりは低いが、実行を止めるほどではない」

「そのように私も理解しています。ですが、いくつかの竜脈の流れが不自然です。これでは循環するのではなく、どこか一点に流れが集中してしまうのでは?」

「その通りだ。おそらくは3割近い竜脈の流れが、一つに集まろうとしている。これだけの魔法の流れが一点に集中すれば、下手をすれば大陸が壊滅しかねない魔法災害となる。仮にこの竜脈の流れがグレーストーンに集中すれば、グレーストーンの大噴火で大陸中央の生存権は壊滅。噴煙と火山灰が空を数年覆い、その間の作物の全滅で生物の数は10分の1から100分の1ほどにも減るだろうな」

「それほどの災害が発生することは・・・織り込み済みではないですよね?」


 オーランゼブルは目を閉じて、小さく唸った。おそらくはある程度の災害は想定していたのだろうが、ここまでの災害は想定していなかったのだろう。

 オーランゼブルは竜脈の図に、現在の大陸図を合わせた。その立体的な地図を見て、ファーシルは目を剥いた。


「これは・・・ピレボス山脈の西域ですか」

「そうだ――現在ではローマンズランドと呼ばれる国の周辺だな」

「? そこでは今、戦争が起きているのでは?」

「その通りだ。そして、魔術発動の核となる術式を設置した場所でもある」


 オーランゼブルの魔術の発動には、大量の生命力が――つまりは生贄が必要となる。竜脈の流れを操作するためには、どうしても生命力が不可欠だった。そしてそれはどんな生命でよいわけではなく、生命構造が複雑なほど、感情が豊かなほど生贄としては上質ということがわかった。それも、数百や数戦ではない。万単位での生命力が必要なことがわかったのだ。

 黒魔術ではなく、単なる儀式魔術による犠牲。さしものオーランゼブルとて、この発想を思いついた時に悩んだ年数は十年や二十年ではない。だが百年を経過した際に代替手段が考え付かなかった段階で、オーランゼブルは全てを諦めた。もはや実行に移さなければ、時がないことを知ったのだ。魔術の候補となりえる生命体として最も適当なのは、当時大陸の片隅に追いやられていた人間だと、種族を絞り込んだ。

 大量に人間を犠牲にし過ぎると、全滅してしまう。だが急激に人間が進歩すると不自然で、怪しまれる。自然発生する争いに紛れるようにして、オーランゼブルは戦争の犠牲者を増やし続けた。時には人間が勝つように誘導し、人間が発展してその数を増やすようにしたが、誤算は人間の中に想定以上に優秀な個体が複数出現したことか。

 いつしか歯止めの聞かなくなった人間の増加は、オーランゼブルの想像を超えていた。まさか魔物や魔獣のほとんどを駆逐し、大陸をたった千年そこらで席巻するとは思いもしなかった。おかげで計画は数百年の猶予をもって順調に進んだが、ただ精霊すらその土地から追い出そうとするその傲慢ぶりには呆れ果て、計画の実行を躊躇わなくなった点は良き誤算だったかもしれない。もし人間がハイエルフに届きうる知性を獲得していたのなら、もう少し話は違っていたのにと、オーランゼブルは嗜虐的な笑みをこぼした。


「一部の人間には期待したこともあったのだがな」

「? 何か言いましたか?」

「なんでもない――そう、ローマンズランドだ。あそこはかつてから目をつけていた土地だからな。最初の王にも、力を与えることにした。竜の紋章は私も預かっただけの遺物の一つだが、それを人間に付与してどうなるか経過を見たのだ。まさか余人の協力を得たとはいえ、大魔王さえたたき出すとは予想外の結果だった」

「代わりに、一部の土地を譲り受けることにしたと聞きました。それが最終的にあのーマリーの工房になったと」

「最初の王は私が誰か、何を目的としていたのかも知らぬ。勇敢ではあったが、知恵の回らぬ愚か者だった。私のことは便利な老賢者、くらいに考えているであろう。その選択が将来何をもたらすかなど、考えもしなかったはずだ。だが今の王は違う。かつての記述、地理的要因、そしてカラミティと接触を持ったことで、おぼろげながら私の計画に気づいた。だからこその国外への大侵攻だったろう。それすら私の計画に加担することになるとは、なんとも皮肉な結果だがな」

「ですが、今はその予定とは少し違う事態が起きている?」

「そのようだ。行って、確認する必要がある」


 オーランゼブルはファーシルの方を見た。その瞳が意味するところを、ファーシルは気づいている。


「予想される竜脈図と違うところ――詳細と、その終点がどこにあるかを探るのでございますね?」

「そうだ。それに魔術が既に一部起動しているような節がある。今起動してもさほど問題はないかもしれないが、まだやや早い。最大効果は、生命の芽吹く春が最も適しているのだ。このままでは最大稼働の5割近くまで効果が落ち込んでしまう。わずかな数値でも大切にしたい、わかるな?」

「はい、それがご命令とあらば。すぐにでも行ってまいります」

「問題があれば、まずは私に報告せよ。いいか、決して手を出すな」

「はっ」


 ファーシルはオーランゼブルの命令を受けると、最低限の注意事項を確認してすぐに転移魔術で姿を消した。ローマンズランド中枢部に直接の転移魔術は使えないが、ファーシルならば最寄りの起点から式獣を使って飛んでいくことも容易い。

 オーランゼブルはファーシルがいなくなったことを確認すると、奥に向かって魔法を成功させるための起点となるこの場所で核として稼働して続ける娘、サーティフルーレと一族の者が眠り続ける鉱石を眺めた。

 二千年近く、変わらぬ姿で眠り続ける娘。自分は年老いたが、この魔法さえ完成してしまえば、娘は解放され、再びその美しい姿で輝くこの大陸で生きていけるだろう。

 そのための魔法、そのための黒の魔術師。人間ではなく、かつての姿を取り戻したこの大陸で、再び自分たちが導き手として過ごす時代が迫っている。古巨人も有翼人もいなくなってしまったが、だからこそ我々がより素晴らしき導き手として活動せねばと、オーランゼブルは決意をあらたにした。


「もうすぐだ・・・もうすぐだぞ、皆の者。このオーランゼブル、二千年の献身をけっして無駄にはせぬ!」


 そうつぶやいたオーランゼブルは、薄暗い工房の中で功績の輝きに隠れた闇が一部揺れたことに気づきもしなかった。



続く

次回投稿は1/4(木)17:00を予定していますが、正月にも余裕があれば投稿いたします。

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