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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2642/2685

終戦、その26~発動と覚醒⑦~

***


 ドライアンはたしかに見た。明らかに魔術を放った後の大流マナの余韻を残しながら、嘲るように崩れる門を眺める女を。

 あれだ、あれこそが元凶だ。そう思いながらも、跳びかかるための一歩が出なかった。恐れたのではない、ただただ足りないと感じた。それはかつて感じた剣の風に対する畏れであり、銀の継承者に対する畏怖に似ていた。若き自分なら間違いなく突撃し、そして死んでいただろう確信がある。それが老いからくる衰えではないはずだと、ドライアンは必死に自らを肯定していた。

 女はそんなドライアンに気づいたようだった。そしてふふ、と薄く笑うと一歩でドライアンの視界から消え去った。足が埋まりそうな豪雪の中、雪すらほとんど舞わぬほど軽やかで鮮やかな、一歩での跳躍だった。吹雪と慣れぬ地形の中、とても後を追えるものではない。

 たったそれだけで、相手の実力が知れようというものだ。


「体術だけでゴーラ並み、魔術の出力は導師以上。あれがカラミティの本体・・・? それにしても」


 何ら特徴のない女だったな、とドライアンは不思議に思った。カラミティは、オルロワージュが本体なのだと思っていた。華やかで美しく、同性でも異性でも魅了してやまない絶世の美姫。だが今見た女は、そんな思い込みとはまったくかけ離れていた。崩れ去る門も、それも巻き込まれた味方のことも一瞬忘れてしまうほど、ドライアンは茫然としていたのだ。


「我々は・・・カラミティという存在について、何か根本的な勘違いをしているのではないか。アルフィリース・・・!」


 ドライアンは断崖絶壁の上にあり、自らの爪だけでは登り得ない場所にあるローマンズランド本城を睨み据えていた。


***


「ファーシル、ファーシル!」

「ここに」


 ファーシルはオーランゼブルの苛立ちを隠しもしない声に反応し、即座に姿を現した。少なくともファーシルが知る限り、オーランゼブルが苛立った声を出したことはほとんどない。ただ一度、アルドリュースなる人間のせいで計画の発動が十数年遅れた時以外は。

 ファーシルがオーランゼブルの工房に参上すると、そこにはオーランゼブルが魔術で描いた、この大陸の模式図があった。そこにはこの計画で使用される魔法の全体像、そして起点となる魔法陣が仕掛けてある数十か所の点が光り輝き、その経路となる竜脈が描かれていた。

 その模式図を見て、ファーシルはいつも美しいとさえ思う。一種の芸術品のように、その模式図は輝き、ゆっくりと宙に浮かんで回っているのだ。

 その周囲には数多の光が漂っており、これがオーランゼブルの占星術の一つである。オーランゼブルはこれで大陸の運命と竜脈――つまりは精霊の流れと、大陸の命運に関わるであろう存在を、いつもつぶさに観察している。


――お前は人間を舐め過ぎだ――


 かつてユグドラシルと呼ばれた黒衣の少年が、師であり一族の長でもあるオーランゼブルに向けて放った一言を、ファーシルも聞いている。その言葉に師が何を思ったのかは聞いていないが、ファーシルの心はわずかに揺れた。なぜなら、数多あるはずの光は有限で、この大陸に関わりうる存在だけを示しており、有象無象はその中に入っていないから。そう、自分もその中に入っていないことをファーシルは知っている。

 そのことを、ピートフロートが指摘していた。


――君の師匠ってさ、本当にすべてのことを考えているのかなぁ――


 その言葉が胸にひっかかり、今も消えない。ピートフロートの疑問はもっともなのだ。自分だって、かつて同じことを考えた。さらに幼きとき、オーランゼブルに質問したことさえある。だがオーランゼブルの答えは常に同じだった。


――全てを救うことはできない、我々は選択せねばならぬ。それこそが、選ばれた種族である我々の宿命だ。業を背負うのもまた使命である――


 と。だが今になって思う。我々はいったい、誰に選ばれたのかと。ピートフロートと話していて、段々と強く思うようになっていた。

 オーランゼブルは計画の発動が時間の問題となってから、常にこの占星術とにらみ合うようになっていた。たしかにそこには、余人の入る隙は無く、それはファーシルですら同じだった。まして人間や、有象無象の精霊のことなど入っていないだろう。ピートフロートだってそうだ。

 計画が発動すればピートフロートのような存在は――そのことにファーシルの心がはっきりと揺れた。


「ファーシル、聞いているのか?」

「はっ! 魔術の起点を確認なさいますか?」


 ファーシルは心ここにあらずとも、オーランゼブルが何を言わんとしているかはわかっているつもりだった。この占星術はファーシルも何度も眺めた物だ。言われずとも、どこがいつもと違うかなど一目でわかる。

 いくつかの先が不自然に乱れていた。全体の一部に過ぎないだろうが、以前見た時よりも乱れているように思える。全体の二割は超えているだろうが、三割には満たないくらいだろうか。

 だがオーランゼブルの言葉は、ファーシルの予想とは少し違っていた。



続く

次回投稿は、12/29(金)18:00予定です。

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