終戦、その24~発動と覚醒⑤~
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「防げ防げぇ!」
「もうここで最後なんだ。後には退けないぞ!」
「矢が尽きます!」
「あるものでもなんでも落とすがいい! 死ぬ気で防げ!」
イェーガー、ミュラーの鉄鋼兵、そしてローマンズランドの軍が合わさって三の門を死守していた。総勢5000ほどにもならぬほどだが、まぎれもない精鋭。それを率いてるのは、なんとヴォッフだった。
最初は鼻もちならないヴォッフが指揮官となったことで動揺が走ったが、ヴォッフは誰も想像していないほどよく働き、よく守った。いつ寝ているのかと思えるほど門を見回り、細かい穴を埋め、兵士たちに叱咤の声をかけた。
最初は不気味で、ミュラーの鉄鋼兵の隊長たちの家族を人質にとったと聞かされていたヴォッフにわだかまりをもっていた兵士たちも、いつしかそれを忘れていった。この門を守るという一点において、たしかにヴォッフは優秀だったからだ。それが証拠に、ろくに防衛のための準備をしていないはずの三の門が既に一月以上防衛されているのだ。
相手はアルネリア神殿騎士を中心とした精鋭部隊と、グルーザルドを含めた合従軍である。それに城攻め屋も加わっている攻勢になお耐えている事実は、守備をする兵士たちの気力を奮い立たせるに十分だった。
城攻め屋団長代行トレヴィーは、この現状を見て盛大に溜息をついた。これから定例の会議だが、気が重くなる一方だ。諸侯は焦れ、被害は目に見えて広がっている。そうなってくると、今後非常な手段に訴えてもこの三の門を強引に突破する方法を提案しなくてはいけなくなる。その案が既にあるから、余計に気が重かった。
「しぶとすぎるでしょうよ・・・ここまで戦う理由なんてさほどないでしょうに」
「強引に落とす手段はないのか?」
三の門を仇を見るような目つきで睨み据えるトレヴィーの横に、ドライアンとマサンドラスがやってきた。会議に先駆けてトレヴィーに質問することこそが老将の優しさだと、トレヴィーも理解している。
「ありますよ、ありますがね。使いたくはないですね」
「その口ぶりだと、道徳的な手段ではなさそうだな」
「道徳。道徳なんて、戦争にあると思いますか?」
「ひねくれた発言はよせ。そなたがどういう人物か、もう諸将もわかっている。そなたがそれしかないと言うのであれば、道徳的であろうがなかろうが誰もが認めるさ。この狂った戦争は一刻も早く終わらせるべきだと、誰もが感じ始めている。誰かがやらねばならぬことなら、誰かがやり遂げて見せるさ」
「・・・発破をね、使おうかと考えているんですけど」
トレヴィーがぼそりと呟いた。どうやらただ力攻めをしていたわけではなく、寄せ手に工作兵を紛れ込ませながら、ちょっとずつ仕掛けをしていたようだ。
問題点はうかつに爆破させて通路を崩落させようものなら、そもそも攻め上がることが不可能となる。そしていかに吹雪があっても、敵も目の前で堂々と工作をさせてくれるほど無能ではない。さらにはみぞれ混じりの雪の中、火を起こすことは簡単ではない。
導火線を付けたような炸薬は、この中では使えない。また火が点けばそれだけで目立って狙われる。そうなると、至近距離で点火して確実に爆破させる必要がある。つまりは、自爆特攻だ。
そこまでまくしたててはっとしたトレヴィーが見たものは、冷静に彼を見つめるmサンドラスとドライアンだった。彼らはトレヴィーを軽蔑するわけではなく、冷静に考え事をしているようだった。やがてドライアンの口がゆっくりと重々しく開いた。
「マサンドラス殿、何人募れる?」
「・・・老兵ばかり200人ほどはいけるだろう」
「こっちも重傷者を中心に、同じくらいは募れるだろうな。それで足りるか?」
そう言って話の水をトレヴィーに向けた2人に、トレヴィーが真っ青になった。
「ちょ、ちょっと待った! あんたら、今のは仮の話だぞ? 真に受けてどうする!?」
「だが、事実でもある。春がくれば凍てついた門の側面を、我々がよじ登って攻略するだろう。だがそれまではブラックホークの部隊も、城門を駆けあがれるミレイユも、獣人の精鋭の爪をもってしてもあの門を登れなかった。さしものヴァルサスも、城門を相手にしては歯噛みするしかないようだ。そうなるとだな」
「破城槌は持ち出せない。あとは炸薬で強引に突破するか、魔術で破壊するか」
「後者は?」
「ここに来ている征伐部隊に、そこまでの大規模魔術の行使は不可能だそうだ。本当かどうかは知らんがね」
マサンドラスが肩を竦めた。
「ならば春が来るまで待てばいいだろう!」
「アルフィリースの伝言を忘れたか? 春までは待てぬ。それはアルフィリースの手紙がなくとも、俺の直感もそう告げている。いますぐにでもあの城門は破るべきだ」
「勘で400人を死なせますか!?」
「そうでなければもっと死ぬだろう!」
ドライアンの怒号にも一切引かぬトレヴィーを見ていて、マサンドラスはむしろ安堵すら覚えた。このような者が正規の軍人だったら、合従軍ももう少しやりようがあったろうにと思われる。
そうしてほっとしたのもつかの間、彼らのにらみ合いを中断させたのは、三の門の方向から聞こえた轟音だった。彼らは同時に顔を見合わせると、矢が跳んでくるのも構わず門が視認できるとこまで駆け上がっていく。
ざわつく兵士たちに聞こえるように、吹雪にも負けぬ声でトレヴィーが叫んだ。
「何が起きた!?」
「門が破壊されました!」
「誰がやった!?」
「わかりませんが、門が『内側から』崩壊しました!」
「内側からだとぅ!?」
トレヴィーの叫び声に反応するように、さらに轟音が響くと、たしかにこちらに向けて三の門が何かに突き破られるように崩壊する瞬間が見えた。まるで巨大な生き物の咢に食い破られたように、無残な姿を晒す三の門。
吹き飛ばされた破片を合従軍は防御しながら、崩壊した門から谷底に向けた落下していくローマンズランドの兵士たちを幾人も彼らは見ていた。彼らの叫び声が谷に吸い込まれるのに思わず見とれていたので、ギ、ギギギ、と大きな軋む音に気付くのが少し遅れていたのだ。
「門が崩れるぞー!」
「じょ、冗談じゃない!」
トレヴィー以下、将兵はその場から我先にと逃げ出した。その中でドライアンだけが、逆に門の方向へと走っていった。誰かが叫ぶ声が背中から聞こえたが、今はそれよりも己の直感に従うことにしたのだ。
途方もない邪悪な気配が、すぐそこにいる。その正体は確かめずにはいられないと思い、強引にドライアンは前進した。
続く
次回投稿は、12/26(火)18:00予定です。