傍らに潜む危機、その4~聖都の綻び~
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その夜、アルネリア教会の深緑宮での事。
「ジェイクは?」
「もう寝ているでしょう。さしもの彼も今日は疲れたようです。それでもロクサーヌとはしばし手合わせをしていたようですが」
「そうか、剣に関しては本当に真摯よな。もう少し机の上の戦いも頑張って欲しいものだが」
話しているのはミリアザールとラファティである。その場にはアルベルト、モルダードと梔子もいる。
「遅くなりました」
「マナディルにドライドか、入れ」
そして大司教であるマナディルとドライドも現れた。特にマナディルはグローリアの責任者も兼任しているため、今回の事件の責任を問われるとしたら彼なのである。
部屋に入るなり、マナディルが謝罪の言葉を述べる。
「今回の事は何とお詫びを申し上げてよいか」
「その通りじゃ。あそこでジェイクが食い止めたからよかったが、他の生徒に被害が出ていたらどうなったか。なぜこのような事が起きたか、申し開きがあれば述べてみよ」
「いえ、言い訳はいたしません。処分はいかようにでも」
マナディルが頭を垂れたままなので、ミリアザールは大きく息を吐いてマナディルに面を上げるように促した。
「お主の禿げ頭を見てもしょうがないわ。管理体制に問題が無い事くらいは承知しておる。それより調査は既に進めておる。ラファティから報告を聞くがよい」
「はい。重ねてお詫びを申し上げ・・・」
「だからその糞真面目なのがいかんと言うておる。もうよいわ。ラファティ、報告を」
「では調査報告をいたしましょう」
ラファティが手元の資料をめくる。
「まずはわかったことから申しましょう。今回ジェイクが倒したのは森オオカミではありません」
「ほう。では何だと?」
ミリアザールの眉がぴくりと動く。
「はるか南部に生息する亜種、ヴァルトハウンドです」
「あまり聞かんが・・・要はどうなのじゃ?」
「基本的に南部の魔物は大陸の中でも尤も凶暴で戦闘的です。つまり、森オオカミの上位種と考えていただいて結構かと」
ラファティが淡々と報告する。そこまで聞いてミリアザールの顔が一層険しいものになった。
「つまり、誰かが魔物を入れ替えたと?」
「そこまでは確認しておりません。そもそも今回の森オオカミはギルドを通さず、グローリアの6年生の課外演習を通じて捕獲したもの。つまりは・・・」
「グローリアに内通者が?」
マナディルが驚きの声を上げる。さらに何か言いたげな彼を、ミリアザールが制する。
「その点に関して、それ以上の調査は出来ているか?」
「いえ、そこまでは。いつ入れ替わったのかすら定かではありません」
「ならば全てここからの議論は推測になろう。そのつもりでなら各自意見を申すが良い」
ミリアザールの言葉にモルダードが手を上げる。
「モルダード、申してみよ」
「では僭越ながら。森オオカミがすり替えられた時期ですが、それによって事情は変わるでしょう」
「例えば」
「まずは最初に捕獲した段階で森オオカミではなかった可能性。これは最近の魔王が頻発していることを考えれば、知らぬうちにそのような事があったとしても不思議ではありません」
「その可能性に関しましては、私から一言」
ラファティが手を上げる。
「なんじゃ」
「森オオカミは集団行動を好み、群れのボスを作る傾向があります。集団の総数は少なくても20.多ければ100体以上になることもあります。一方でヴァルトハウンドは我の強い種で、単体で狩りをすることもあり、集団は多くても10にも満たぬ数しか形成しません。今回の捕獲時には30を超える群れを相手にしたとの報告があります。可能性として、捕獲時には森オオカミだった確率が高いかと。もっともこの2種に関しては、一見では見分けがつきにくいです。なので確実とは申しませんが」
「なるほど。ではこの時の可能性は低いと一端結論付けよう。モルダード、他にあるか」
「はい。では続きを」
モルダードがさらに続きを述べる。
「次に輸送中にすり替えた可能性ですが、これはありえません」
「なぜじゃ」
「捕獲した個体には識別のため焼印を付けます。そして聖都アルネリアに森オオカミを運び込む時、私が自ら確認いたしました。聖都アルネリアに入った時は、間違いなく捕獲時の個体です」
「父上の・・・いえ失礼、モルダード殿の言うことは正しいかと。我々が魔獣や魔物を捕獲する時は焼印にて識別を行います。これは義務です。そして今回ジェイクが倒した個体に焼印はなかった」
「ほほう」
ミリアザールが満足そうに微笑む。
「では可能性は絞られるな」
「はい。グローリア内でオオカミは入れ替えられた可能性が高いかと」
「そのようなことができるわけがない!」
憤慨したのはマナディルである。彼にしてみれば、自分の膝元でそのように大それたことが行われたとは信じたくないのだろう。そんな彼をドライドが制する。
「マナディル、落ち着け」
「これが落ち着いていられるか! だいたいそんな魔獣を持ちこむのにどれだけの検閲を突破する必要があると・・・」
「その必要はなかろう」
ミリアザールが突然マナディルの言葉を遮った。意外な言葉に、マナディルが目を白黒させる。
「ミリアザール様。それはどういう・・・」
「そなた達、戦において攻められても落ちない砦を作るには、何に気を付けるか知っておるか?」
「いえ、それは・・・」
「一か所だけ弱い部分のある砦、ですね」
アルベルトが静かに言い放つ。その言葉に頷くミリアザール。
「その通り。砦というものは、全てを堅固にすると思わぬ場所から打ち破られる。だからわざと弱い部分を作り、そこをしっかり押さえるのが守の基本。アルネリアもしかり。密輸ルートはこの都市にもあるし、そこの長はワシの息のかかった者じゃ」
「ではその長に聞けば」
「うむ。今回そのような魔獣を誰が仕入れたかわかろう」
「早速手配いたします。今夜中にでも明らかにしましょう」
「頼むぞラファティ」
ラファティは一礼して部屋を出て行く。残された面々にミリアザールが意見をさらに促すと、今度はアルベルトが手を上げた。
「ジェイクに話を聞いてはいかがでしょうか?」
「なぜじゃ? 一通り話は既に聞いておろう」
この質問にはミリアザールも訝しがる。だがアルベルトは思った以上にジェイクを高く評価していた。
「ジェイクの勘は侮れない。彼の意見は貴重です。もっと彼が学校生活や普段の生活の中で何か違和感を覚えなかったか、追求すべきです」
「ふむ。確かにな」
ミリアザールは、ジェイクがドゥームとの戦いで見せた不思議な才能を思い出す。確かにミリアザールですら気づかない事柄に、ジェイクは気が付いている可能性があるのだ。
「だが明日にしてやろう。今日はジェイクも疲れていよう」
「はい。ではまた明日にでも」
「よし、まだ他に提案のある者は?」
ミリアザールの言葉に、今度は誰も答えない。
「ならば今日は夜も更けた。だが各自まだ仕事はある者もいよう。一度ここで解散とするが、マナディルは現場に入った可能性のある者を調査し、情報統制を徹底せよ。一般民衆には知られるな。ドライドは現状維持。アルベルトは演習のために赴いた神殿騎士団の者に口止めをし、状況を説明させろ。モルダードは、ヴァルトハウンドの輸送に関わった者を洗い出せ。以上だ」
「「「「御意」」」」
そうして部屋からそれぞれ出て行く。残されたのは梔子とミリアザール。
「梔子よ、グローリアに潜り込んでいる口無し共から報告は?」
「実は怪しい人物がいたとの報告が」
「なるほど、裏は取れそうか?」
「経歴などの一次報告は来ましたが、全く怪しい部分はありませんでした。それはもう、怪しすぎないほどに」
「・・・それが逆に怪しいと?」
「はい」
梔子の顔はいつになく真剣である。かなりの確信が彼女にはあるのだと、ミリアザールは察した。
「よかろう。いつ頃判明する?」
「早朝には」
「わかった。報告が上がり次第ワシに伝えろ」
「御意」
そうしてミリアザールはそのまま仮眠を取りに行くが、翌朝、その報告とラファティの報告を受けたせいで、ジェイクの話を聞くことは後回しになってしまった。それが失敗だったと、ミリアザールはその日の内には後悔することになるのだ。
続く
次回投稿は7/21(木)12:00です。