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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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終戦、その22~発動と覚醒③~

「親父!」

「親父殿!」


 2人同時に叫んだが、部屋の様子に慄然とした。簡素だがドードーが暮らしやすいように大きな調度品で揃えられていた室内は、血を水瓶でぶちまけたのかと言うほどに真っ赤に染まっていた。

 部屋にいたのは何人だったのかわからぬほど、肉片が部屋の壁に、天井に飛び散っていた。かろうじて残っている武器と女中の衣服から、それが人間らしかったことがわかるが、同時に蟲らしき残骸も転がっていることから、戦いがあったことは明らかだ。

 だがここまで激しい戦いがあったことに、誰も気づかぬものか。そういえばこのフロアには人気がなかったと、今になってゼホは気づいた。人払いの魔術。それが施されていた可能性に、今更ながら気づく自分の至らなさを恥じ入るばかりである。

 2人が固まっていると、ソファーの向こうから血に濡れた手がにゅっと突き出された。その手がドードーのものだとわかると、2人は血の海の中を駆けだしていた。


「親父、無事か!」

「おーう、来てくれて何よりだ。まぁ、見てのとおりだな」


 ドードーはいつものように鷹揚に答えたが、その声には明らかに力がない。そして見てのとおり、ドードーの左脇腹はごっそりと抉り取られ、一目で致命傷とわかる状態だった。いまだ血が噴水のように噴き出しているところを見ると、残された時間は長くないだろう。

 サティラは手で口を覆って固まってしまったが、ゼホはぐっとこらえてドードーの傍に膝をつき、その目を正面から見据えた。


「カラミティか」

「ああ、とんでもねぇ強さだった。お前らの気配がなきゃあ、俺も肉片にされていただろうな」

「親父、言い残すことはあるか」

「・・・この後のことだ。ヴァール、ディフ、コルータ。全部やられた。レイフとは連絡が取れているか?」

「昨日から連絡が取れねぇ」

「ベッキオは?」

「3日前からだ。そのことで相談に来たんだ」

「そうかよ。なら、誰とも連絡が取れなきゃお前が次の団長だ、ゼホ。サティラ、お前が証人だ。しかと聞いとけ」

「は、はい」

「親父、それは・・・!」


 反論はゼホが自ら飲み込んだ。血を吐くドードーに、余計な時間はない。長男、三男、四男が死んだ。次男のレイフと五男のベッキオが死んだのなら、実質の指導者はもういないに等しい。ならば、団長たるドードーの最後を看取った者が継ぐべき。そう考えても全くおかしくはない。

 覚悟は突然必要になる。戦場での経験が多いゼホは、それを知っていた。


「・・・しかと承った、親父」

「すまねぇな。だがこの場で伝えておかなきゃならねぇことがいくつかあるんだ、心して聞け。お前らにゃ、ミュラーの鉄鋼兵の闇の部分も知ってもらわなけりゃならねぇからな。ベッキオまでは知ってるんだが、それ以下のガキどもにゃ言ってねぇことだ・・・俺がいつも使っている毛皮の裏地を探れ」


 それはドードーの外套として使われている、辺境の魔獣の皮だった。お気に入りだと言って肌身離さず、羽織っていない時には敷物として、数多いる妻以上に傍に置いているかもしれない代物だ。未討伐個体として相当強力な魔獣だったらしく、多少の魔術や炎、それに武器も通さない優れものだといつも自慢していた。その分加工が難しく内ポケットなどないと思っていたが、一部が二重になっている。

 その中を探ると、手帳があった。筆不精なはずのドードーが、思わぬ精緻な字で記してある。その記載の一頁目を見ただけで、何を記しているのかわかってしまった。


「・・・裏取引の記録か!」

「ああ、そうだ。しかも、国相手のな。それがありゃあ大抵の国は脅しつけることが可能だろうよ」

「親父、一つ聞く。今回のローマンズランドの侵攻、親父も関わっていたのか?」

「と言うか、そのために大きくなったのが鉄鋼兵さ。人材、物資の供与。全てスウェンドルが若い時から企んでいたことだ。あいつは大陸を統一したかった、俺は紛争地帯を統一して王になりたかった。その利害が一致していたのさ」

「そうまでして・・・! どれほど人が死んだと!」


 ゼホは怒りにかられたが、殴りつけるのだけは思いとどまった。ドードーも兄たちも、そのツケを結局は払わされたのだ。

 ドードーの目は、許しを乞うてはいなかった。だが、ゼホの感情もわかるようだった。


「今ならわかるがよ、俺はどうかしていたんだよ。だけどなぁ、俺が生まれた時代はもっと荒っぽかった。そんな中で体がデカくて腕っぷしが強いだけの俺が生きて、何かを成したいと思っちまった。そんな俺についてきてくれる連中と女に、何か残してやりたかった。その思いに共感してくれたのがスウェンドルであり、ミストナだった」

「フリーデリンデのミストナもグルか?」

「あいつは真面目だから、多少便宜を図らったくらいだがよ・・・もう責めてやるな。あいつはもう、とっくに死んでる」

「は? いつ?」

「ロックハイヤーに帰る途中に、竜騎士団に襲われてるはずさ。首も見たから間違いない。口封じと、フリーデリンデの他の部隊をここから逃がさないために。ミストナが言っていたよ、因果は巡るってな。ミストナはフリーデリンデの総隊長になるために、同期を汚い方法で蹴落とした人間だ。それに俺が一枚噛んで、あいつの弱みを握ってた。だからフリーデリンデは今回の戦に全部隊で参加したが、若い奴に追い落とされる順番が来たって言ってたよ。それも、甘んじて受け入れるとさ。それが、自らの罪だと」

「フリーデリンデに裏切り者が?」

「誰がここまでエクスペリオンを運んできたと思う? ま、そういうことだ」


 輸送を請け負うのはフリーデリンデ五番隊・・・そうか、そういうことかとゼホは納得がいった。閉鎖的な国のはずなのに、やたらに東側の国で見かけるような調度品が多いとは思っていたのだ。だがそれも、定期的に五番隊が物資を輸送しているのなら納得がいく。その際に、物資に紛れてエクスペリオンを運び込んだのだろう。

 閉鎖空間になってから、急激に混乱が加速していくのでゼホを始めとした体調がエクスペリオンを取り締まっていたのだが、あまりに摘発される量が多いとは思っていたのだ。ターラムで禁制品に指定され、締め出されたとはいってもこれだけの量を一度に運び込み、保存ができるのかと不思議に思っていた。

ゼホは手帳をめくり、その取引に関わった連中の名簿を見た。その中にハイランダー家の名があり、フリーデリンデ五番隊隊長の名があった。



続く

次回投稿は、12/21(木)18:00予定です。

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