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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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終戦、その20~発動と覚醒①~


***


「ドゥーム、こんなところにいたの?」


 お知合は雪渓に佇むドゥームを見つけた。厳寒のローマンズランドには珍しいことだが、谷深いこの場所には雪が積りこそすれ、入り組んだここにまで吹雪は届いてこないようだった。だからこそ雪は深く、何年も融解しない万年雪が堆積して鎮座している。

上から見れば純白に佇む黒と赤の染みような2人は、この純白をも浸食するように禍々しい気を発している。ただ本人たちからすれば、むしろ静謐なここの空気を楽しんですらいた。

オシリアにしては穏やかな表情で、ゆったりと髪をかき上げながらふぅと息を吐いた。


「静かな場所だわ」

「気に入ったかい?」

「ええ、とても。人間たちの住む世界も、このように静かならどれだけいいか」

「人あるところに喧騒あり、だろ。それが当然さ」

「あなたはおしゃべりだから気にならないと思うけど」

「五月蠅いからこそ、黙らせた時に快感なんだろ。そう思えば喧騒も愛しいさ」

「あなたは人間が好きだからそんなことが言えるのだわ」

「愛しいさ。愛しすぎて殺し尽くしたくなるほどには」


 ドゥームが雪の上に闇の泥で地図を描いた。その地図に示された印を順々に×と示していく。無数に示された印のうち、最後がここの場所だった。


「ここで最後なの?」

「そのはずだ、僕の計算が正しければね」

「違っていたら?」

「効果が落ちるだけ。大勢は変わらないと思うけど、実際はどうかな。本当はもうちょっと早く来たかったんだけど、思いのほか紛争地帯の調整に時間がかかったからね。次の仕掛けにも時間がかかったし、ローマンズランド軍が瓦解するのが早かったのも予想外だった。それに、もっと第三層は乱れると思っていた。あれは竜騎士団の奮戦と、天馬騎士団とイェーガーの女性たちの献身ありきかな。そっちにも手を取られたから、まぁ最大効果の七割ってところかな」

「・・・悪霊の私が言うのもなんだけど、人間の欲望には吐き気がするわ。生きている人間の方がよほど恐ろしく見えたもの」


 嫌悪感を露わにするオシリアに対し、ドゥームは苦笑いをした。


「まぁね。グンツですら『あいつらイカれてるわ』って言ってたしね。その分、次の仕掛けが楽しみじゃないか」

「本気でやるつもり? あなたの楽しみを邪魔するつもりはないしお手伝いしたいけど、さすがに対象には同情するわ」

「それは君が女の子だからでしょう」

「かもね」

「それよりも今は、こちらだ。思わぬ拾い物、いや、拾い者があった」

「さっき助けた女の人のこと? よく生きていたわね」

「偶然、だと思う」


 ドゥームは唸った。わずかな生命を感じたので魔術で掘り起こしてみれば、礼もなく怒りの咆哮と共に崖を飛び上がっていった。凍っていて上がれるはずもないのだが、壁に腕と足を突き刺しながら登っていく姿は、魔獣の方がまだましだと思えるほど野性味が溢れていた。


「余程悪運が強いんだろう。この場所じゃなきゃあ、助けたところで動けなかったはずだから。ただ、雪の重みで動けなくなって、印が組めないから魔術すらも発動できずに生き埋めになっていたみたいだ」

「普通なら死んでるわ」

「あの程度じゃ死なないさ、彼女は」

「でも、助けてどうするの?」

「ちょっとばかり上が面白くなるだろう。今のままじゃイェーガーに不利すぎるし、カラミティにはもうちょっと驚いてほしいんだよ。それに、ちょっとばかり気になることがある」

「気になること?」

「この戦争、誰が本当の図面を描いたんだろうね?」


 ドゥームの質問の意味がわからず、オシリアは首をひねった。


「オーランゼブルじゃないの? それをスウェンドルとカラミティが利用して、あなたが悪戯した」

「そう思っていたんだけど、どうにも違う気がしてきた。最初は間違いなくオーランゼブルだったと思う。カラミティはそれに気づいて自分に有利になるように立ち回っているし、それに僕も協力したまでは、まぁいい。スウェンドルはそのカラミティすらも利用して、国が生き延びるために策をいくつも練った。オーランゼブルは大魔法の完成だけが望みだろうから、誰が死のうが生きようが気にしてもいないだろうし。その結果を全て知ったうえで、さらに利用している奴がいると思う」

「利用。どうやって?」

「そこまではわからない。いくつか思い当たる節はあるけど、少なくとも誰かはすぐにわかる」

「誰?」

「決まっている。この戦争が終わった時に、一番得をしている奴さ」


 ドゥームの思考をオシリアは全て知りうるわけではないが、何を言っているかはわかる。ドゥームは遺跡の地下で叡智に触れてから、随分と雰囲気を変えた。以前はただの快楽主義者だったのに、今では趣味に没頭する時間は減り、より思索に耽る時間が増えた。時間があれば魔術の研究もしているし、グンツやケルベロスと組み手のようなことをする機会すらある。

 成長することは頼もしくもあるが、遊ぶ時間が減ったことに関してはオシリアは不満を覚えている。それも、「より大きな楽しみのためさ」と言われてしまうと、黙らざるを得ないのだが。

 オシリアが口を尖らせているうちに、ドゥームは仕掛けを終えていた。オーランゼブルが仕掛けた魔法陣に細工するのも、数をこなすうちにどんどんと早くなっているようだ。


「もう終わったの?」

「ああ、コツさえ覚えれば簡単さ。オーランゼブルは魔術を体系化した第一人者だが、発展に関してはさほど興味がないらしい。理解してしまえば、明快で理論的な術式だけに利用しやすい」

「これで終わり?」

「完璧じゃないけど、限られた時間の中でできることはやったさ。あとは結果をごろうじろ、ってね・・・っと」


 そう言って悪戯っぽくウィンクして見せるドゥームだったが、その途端に地面が揺れた。揺れは大きく、頭上から大きな雪の塊が無数に落下してくるのが見える。


「予想より早いね。ここから出るよ」

「もう春なの?」

「悪戯のせいで発動が早まったかもしれない。それとも、思ったよりも人が死んだか、あるいは――」

「あるいは?」

「精霊が、人間の悪意と愚行にお怒りか、というところかね」


 そう告げたドゥームの表情が晴れ晴れとしていると思ったのに、思わぬほどに曇って煩悶の表情だったので、オシリアは何も言えず転移魔術を唱えるドゥームのローブの裾を黙って掴んでいたのだった。



続く

次回投稿は、12/18(月)18:00を予定しています。

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